第38話 「異世界の武器」(ストーリー)
気まずさが残るのか、口数の少なめな朝食を済ませ身支度を整えると、三人は装備品調達のために買い物へ繰り出した。
向かう先はクロスト最大の、冒険者向け武具販売店『パイク』。武器防具だけでなく、攻撃、回復、補助といった様々な魔法道具を取り揃える、三階建ての大型販売店だ。
「うぉおおおおおおお、こんな大きい店、初めて見たよ!しかも、ここに並んでるのって全部売ってるんだろ?どっから見ていいかわからないよ!」
朝の空気はどこへやら、セナは生まれて初めて目にする大型店の品揃えに、子供のように目を輝かせていた。
「なぁサイガ、これ買っていいか?これは?あ、これもいい、これもほしい!」
朝一番の店内は客もまだ少なく、セナの声はよく響いた。サイガとエィカはセナの無邪気な振る舞いに、ほほえましく思いながらも、共に耳まで赤くなっていた。
「セナ、興奮するのはわかるが少し落ち着け。気になるのなら端から見ていけばいい。昼まで時間はある」
はしゃぐセナの肩に手を置き、サイガが落ち着かせる。
「じゃあ武器を見にいこう。私、自分の武器が欲しい!」
セナはサイガの袖を掴み、武器のコーナーへ足を向ける。興奮して力の加護の制御を失ったのか、サイガは体を一気に引っ張られた。
「セナさんはやっぱり、斬るよりも叩いたりする武器の方がお好みですか?」
「そうだね。力の加護があるから、昔からそっちの方が得意だね」
エィカの質問に、セナは腕組みをしながら記憶をたどる。
「そういえば、おれ達が始めて出逢った時も、セナはガロックを鉈で切るというよりも、殴っていたな。だとすれば、ハンマーや棍棒のようなものが向いているか。セナ、自分の限界は把握しているか?武器を選ぶにしても体に負担をかけるものは避けるべきだぞ」
展示されている武器とセナの腕を見比べながら、サイガは思案をめぐらせる。
「限界かぁ・・・大人のガロック程度なら片手で投げ飛ばせるし、昔は大木を地面から引っこ抜いたこともあるよ」
「・・・なるほど、どうやら心配は無用だな。とにかく殴ることができれば、何でもよさそうだな」
規格外のセナの力の加護はサイガに考えることを止めさせた。
「そちらのお客様、サイガ様ですね。市長殿からお話は伺っています。装備の調達、我々でよければご助力いたしますが」
武器選びに悩む三人に背後から声がかけられた。振り向くとそこには、上等な服に身を包んだ中年紳士の姿があった。
「始めましてサイガ様、セナ様、エィカ様。私、当販売店の主、トルニオと申します。ご希望の武具などあればお伺いいたしますが」
「あ、あんた!!」
恭しく挨拶をするトルニオだったが、その顔を見てセナが大声を上げた。その顔はクロストの西でゲーツ一行に襲撃を受けた際に馬車でやってきた男の顔だったのだ。
「あんた昨日、私達にキマイラ押し付けてったおっさんじゃないか!私達、あんたのせいでとんでもない目にあったんだよ!」
いきり立つセナをサイガとエィカ、二人が同時になだめた。確かに危機的状況ではあったが、結果として死者は無く、今日を無事に迎えているのだ。
「ま、まぁまぁセナさん、落ち着いて。それにあそこで私達がキマイラと戦ったから、あの後ナル様と出会えたんです。そういう意味ではよかったじゃないですか。ね。ね」
「そ、そうだね、わかったよ。水に流すよ」
精一杯のプラス思考でエィカがセナの機嫌をとる。その気遣いにセナも落ち着きを取り戻した。
「なんと、昨日、街道におられた皆様でしたか。その節は失礼いたしました。なにぶん私も、あのような異形の魔物に遭遇するのは初めてでして、ほうほうの体で逃げていたのです。まことに失礼いたしました」
セナの訴えを受けて、トルニオは深く頭を下げた。
三人はそれを受け入れ、頭を上げるように促した。
パイクの店主、トルニオに導かれ、三人は最上階にある特別室へと案内された。
「わぁすごい」
「これは壮観だな」」
部屋の中央の大型テーブルには、卓上を埋め尽くさんばかりの道具や武器が並んでいた。思わずエィカとサイガが感嘆の声を上げる。
「武器には適正がございます。そして私、長年武器と同時にそれを扱う人間も見ております。さすれば、どんな武器がどんなお客様に適するのかも概ね理解しております。その私の目をもって、お三方に適するであろう武器を見繕わせていただきました。まずはこちらを、サイガ様」
トルニオはサイガの前に、一振りの短剣を差し出した。柄には一つの小さな穴があった。
「トルニオ殿、この穴は一体?」
当然サイガは穴に対しての質問をした。トルニオはにやりと笑い二つの珠を取り出した。それは魔法珠で色は赤と黒。
「これは魔法剣という剣です。そしてその由来がこれ、この魔法が封じられております魔法珠をはめ込めば・・・」
説明を続けながら、トルニオが穴に赤の珠をはめ込む。すると、刀身が炎を纏い、燃え盛る剣が誕生した。
三人が炎の勢いに思わず一歩後退する。
「続いてこちら」
赤い珠と黒の珠が入れ替わる。珠が替わると、刃の炎が消えて黒に染まる。
「赤なら炎、黒なら闇、緑は風、黄は雷。他にも様々属性を発動可能です。サイガ様とリン様の戦い、実はうちの店員が昨晩観戦しておりました。そのものが言うには、サイガ様は魔法を用いず、剣と道具のみで戦われたとのこと。であれば、属性を宿した攻撃はこれからは必須でございます。サイガ様、この魔法剣をお納めください。魔法珠は各属性サービスさせていただきます」
「あ、ありがとうございます」
サイガはトルニオに押し切られるかたちで魔法剣を受け取った。
「そして次は、そちらのエルフのお嬢さん!」
「は、はいい?」
トルニオが急にエィカを向く。呼ばれたエィカは驚いて少し跳ねた。
「エルフならば、やはり弓がお得意でしょう。ということで、当店自慢のこの弓はいかがですかな?」
エィカにトルニオが勧めた薦める弓は一般的な弓よりも小ぶりなものだった。
「お嬢さん、あなたの周りに優しい風が吹いているのが見えます。風の精霊と交友がある方ですな」
「わ、わかるんですか?」
「ええ、精霊使いは独特の雰囲気がありますのでね。特に風の方は優しい。そして、この『飛遊の弓』は風の精霊の力を借りることでその矢の威力を何倍にも高めてくれる仕様になっているのです。弓が得意なエルフの上に風の精霊との相性もいいとなれば、この弓以外をお薦めする選択肢はございません。ささ、どうぞどうぞ」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
弓を受け取りながらも、エィカの表情はどこか暗かった。だがそれよりも、二人には聞き捨てなら無いことがあった。
「エィカ、エルフだったのか!?」
サイガとセナは同じ言葉を叫んだ。
二人の発言にエィカとトルニオが目を剥いて驚く。
「ええ、お二人とも、一緒に旅をなさってて気付かなかったんですか?金の髪、長い耳、端麗な容姿。どう見てもエルフですよ」
「私はエルフを見たこと無かったから、わからなかったよ」
「おれもそうだ。ただのかわいい人間だと思っていた」
「まぁどっちでもいいか。な、サイガ」
「そうだな」
エィカがエルフであるという話題はわずか数秒で終了した。二人はエィカを人格で見ていて、種族で判断することは無かった。そのことにエィカは微笑んだ。
「なるほど、では、次はそちらのお嬢さん!」
トルニオは勢いよくセナに顔を向けた。
「あ、ああ」
その勢いにセナは背筋が伸びる。
「あなた、力の加護、お持ちですね」
「ええ、わかるのかい?」
「ええもちろん、力の加護をお持ちの方はこれまで何度か見てきましたが、それらの方々に共通して言えることは、者の扱いが繊細か豪快かの両極端になります。お嬢さん、あなたは後者。力で武器を振り回す戦いをされる方ですね」
「すごいな大当たりだ。確かにセナは粗雑で乱暴な戦い方をする野獣のような女だ」
「ちょっと、誰もそんなこと言ってないだろ。勝手に色々足すんじゃないよ」
トルニオに便乗して、サイガが冗談を言う。セナはサイガの脇腹を小突いた。
「そんなあなたはこれ『戦神の鉄槌』をお使いください」
セナには大きな金槌が薦められた。その大きさはセナの身長とほぼ同程度で、トルニオには運ぶことすら難儀のため、四人が直接、金槌の元に近づいた。
「こいつは大きいね。一体何キロあるんだい?」
「大体百キロほどでございます。ですが、力の加護があれば・・・」
「そうだね大したことはないね」
セナの問いにトルニオが答え終わる前に、セナは金槌を片手で持ち上げた。成体のガロックを担いで歩けるセナには造作も無いことだった。
「さすがですな」
「しかし、重いだけでは戦神なんて大仰な名前はつかないと思うのだが?」
「さすがサイガ様その通りでございます。この金槌、振る力だけでなく、握る力によっても大きく威力が変わるのです」
「握る力で?て、ことは、私が力の加護を全力で使えば、それの力が全て乗っかるってことかい?」
「はい、この金槌は素材の段階で魔力を流し込みながら練成することにより、加護の力を余すことなく敵にぶつける仕組みなっております。しかも、柄をひねる事で長さを調節できるため、持ち運びも簡単に出来ます。私ではそれを実演できませんが。はは・・・」
「たしかにね、私にしか扱えないんじゃ、使いながら学ぶしかないか・・・」
三人がそれぞれ新しい武器を手にした。
セナは金槌の仕組みに四苦八苦し、サイガは魔法珠を幾つも付け替えながら魔法を堪能し、エィカは弦を調整しているが、その顔はどこか浮かない様子があった。
「エィカ、どうかしたのかい?」
「い、いいえ、なんでもないです、セナさん。久しぶりに扱う弓なので、ちょっと慎重になったんです。あはは・・・」
「ふぅんそうかい」
「ではみなさん、武器の次は防具です。最新のものを取り揃えておりますよ。ではお三方、二階にございます防具売り場にご案内いたします。どうぞこちらへ」
トルニオに促され二階に向かった三人を、六人に従業員が迎えた。一人につき二人、専属でとのことだ。
「それでは、ごゆっくりお選びください。私はここで、一旦、失礼いたします」
そう言うとトルニオは別業務へと戻っていった。