第362話 「導きの光」(ストーリー)
リンの陥落を見届けたリースが、クザートのもとに戻り再びムクを担いだ。
「さぁ、行こうか。飛天輪を出してくれ」
汗ひとつかいていない穏やかな顔だった。
「相変わらずえげつねぇな。ありゃあしばらく立ち直れねぇぞ・・・」
あまりの無惨な敗れぶりに、同じ戦士としてクザートはリンに同情の意思を見せる。
「クザート、無闇な情けはそっちのほうがよっぽど侮辱ですよ」
「・・・解ってるがよ・・・」
歯の奥にものが詰まったような感覚を抱えたまま、クザートは倒れるリンと、そこに駆け寄る仲間たちに視線を送った。
「帰るのはいいんだけどさ、本命の回収を忘れないでよ。ボクの役目はそもそもそれなんだからね」
リースの肩の上から、ムクが声をかける。
「本命?なんだそりゃ」
クザートが応える。
「ほら、あそこで転がってる馬鹿デカイ死骸があるだろ。あの中には神像が取り込まれてるんだよ」
「なんだと?像が消えたと思ってたら、そう言うことかよ・・・で、どうすりゃ回収できるんだ?」
「普通に中から取り出してくれればいいよ。丸飲みしたから腹のところだと思うし」
「普通にって・・・あんな化け物をかっ捌けってのか?気色悪ぃな・・・」
クザートとムク担いだリースが魔改造魔獣の死骸に近づく。ここで死骸に異変が起こった。痙攣したように激しく暴れだしたのだ。
「おい、どうなってんだこりゃ?」
「し、知らない。解らないよ。でも・・・『あれ』に似てるかも」
「あれ?」
ムクの指す『あれ』とは、邪力に染められた脱獄囚ラミーラミーを圧縮させ邪の涙を精製した工程のことだった。
「もしかしたら・・・新しい邪の涙が出来るのか・・・?」
ぐしゃっ。という音がした。死骸が圧縮されたのだ。
工程は邪の涙の時と同じだった。胸の一点に向かって手足や頭、全体が収束する。
肉、骨、血の音をたてながら死骸は圧縮され、形が次第に整っていく。
「やっぱり。間違いない、自然に邪の涙が出来ようとしている。しかも今度は、邪力の大元の神像に神や大魔が集う、前とは規模が比べ物にならないものだ。とんでもないものが出来上がるよ!」
ムクが告げる通り、魔改造魔獣の死体が圧縮されて出来上がった邪の涙はラミーラミーを素材としたものより、圧倒的な禍々しさを醸し出していた。
形は真球で、色はわずかに赤の模様が浮かぶ黒。静かに宙に浮き、魔力が無くとも、それに内在する力が邪悪で絶望的なものであるのは感覚で理解できた。
「あれは・・・なぜか、とてつもなく悪い予感がしますね。クザート、撤退を急ぎましょう」
リースの魔力は初級冒険者程度。その鈍い感度であっても、背中に冷や汗が浮き出るほどの悪寒を感じていた。
「あ、ああ。飛天・・・!?」
クザートが撤退のための飛天輪を取り出そうとしたところで、邪の涙から『ドクン』と鼓動が聞こえた。
「なんだよ、今の音・・・あんなの絶対ヤバイ・・・」
そもそもの邪の涙を作り出したムクでさえも恐怖を覚えるほどの鼓動音。
新たな邪の涙はもはや全く別の存在となっていた。
『オオオオ・・・カラダ・・・カラダヲ・・・ヨコセ・・・』
「な・・・あ、あいつ今、喋ったのか?まさか自我が?」
「言っている場合じゃない。クザート、急げ!」
更なる変化にクザートが思わず手を止め、リースが急かす。
『カラダァ・・・気ノ・・・カラダァ』
自我を持った邪の涙が動き出す。上部がヒルのように細長く伸びると、クレーター内の一点に向かって飛び出した。
「お、おい、こっちに来るぞ!なんでだよ、スキルマスターよ?」
クザートが戸惑いながらもリースの肩の上のムクに尋ねるが、間をおかず「だから知らないって」と返された。
高速で飛来してきた邪の涙がムクたちの上方を通過した。向かうはその先、そこには人が一人倒れている。
邪の涙は求めていた。誕生したばかり、不安定な状態の自身をこの世界に留める器を。
だが、神級の存在を圧縮して生まれた邪の涙の力は強大。並のものでは内部からの崩壊は免れない。
条件は少ない。だが厳しい。それを満たすのは力を操ることに長けたもの。
邪の涙はソウカクサタンコールに目をつけた。
リンとの戦いでソウカクサタンコールは深傷を負ったが瀕死とまではならなかった。しかし、絶好調のリン相手に気を出し尽くし飢渇していた。
そこを邪の涙に嗅ぎ付けられたのだ。
戦いを趣とするルゼリオ王国で最高峰の武人、気を操る達人、老練たるソウカクサタンコール。それが今、気の殆どを使い果たしている。
その身体は神魔の成れの果てである邪の涙が顕現を続けるためには願ってもないほどの好物件だった。
『カラダァ・・・ウツワァ・・・』
欲望よりも純粋な、生存本能剥き出しの魔の凝縮体が身動きが出来ないままのソウカクサタンコールに飛び付いた。
「く、ぬぅううう・・・な、なんという邪悪で強大な気じゃ・・・油断すれば、あっという間に心を乗っ取られるぞ・・・」
体内に侵入し暴れ回る邪の涙を、ソウカクサタンコールは強い自制心で抑える。
「だが、強いとはいえ所詮は気。わしの得意分野じゃ。手綱をとってくれよう・・・」
深く傷ついていても、長年の経験で培った精神は神殿の柱のように勇壮強靭。ソウカクサタンコールは激しくも静かに抗った。
◆
クレーターの外。リースによって落とされたドウマが身体の自由をようやく取り戻した。
「な、なんだあれ・・・なにが起こってるんだよ・・・ムクのやつ、スキルをもて余してるな・・・」
朦朧としたものが脳に残ったまま、ドウマは邪悪な気に呑まれつつあるソウカクサタンコールを見つめる。
そこでひとつのことに気付いた。ソウカクサタンコールを中心として、地面を這うように黒いものが広がり始めてきたのだ。
「なんだよあれ、黒い・・・光?」
生じた黒い光を目の当たりにして、ドウマの記憶が激しく揺さぶられた。
「あ、あの光・・・まさか・・・この世界に召喚された時の光か・・・?」
「隊長!まさか、あの感じってよぉ・・・」
広がる黒い光に既視感と危機感を同時に抱いたシュドーが駆け寄ってきて、傍らで膝を着く。
異界人特務部隊の面々は、当然だが全員が転移の経験者だ。
その特務部隊の全員が、ソウカクサタンコールを中心として展開される黒い光に在りし日の記憶を呼び起こされる。
「み、みんな逃げろ!なにが起こるか解らないぞ!」
ドウマが全員に向かって叫んだ。
「いや、いやぁ!またどこかに飛ばされるの!?絶対イヤよ!」
「くそ、スキルが発動しない。未来が見えないよ・・・」
かつての転移の際の記憶が甦り、クジャクとアラシロは身をすくませる。
動揺、恐怖、狼狽。
その場にいあわせた全ての者に新たな負の感情を芽生えさせながら、邪の涙から生じた黒い光はカルカリ監獄だった一帯を覆い尽くし飲み込んだ。
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