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第35話 「誅殺の拳」(バトル)

 夜が深まり、窓から見える光が時を追うごとに数を減らしていく。

 クロストは南と北の区で生活の様式が異なるため、日をまたぐ前に住宅街を中心に構築された北区はすっかり夜の帳に包まれた。

 新月の夜、光源の無い市中において、立ち並ぶ建造物の群れは穏行にはうってつけだ。

 一歩、建物の影に入れば、死角に身を潜められる。夜に溶け込む黒の衣で身を包めば、その効果はなおさらだ。

 整体師のリュウカンはサイガへの施術の後、ほどなくして、黒衣に視界以外を覆った姿で、クロスト市内を影から影へと渡り歩いていた。

 黒衣のリュウカンの目的は、恩人である市長ラウロに対立する、ギドンの息のかかった冒険者の殺害だ。クロストで起こっている連続殺人はリュウカンの手によるものなのだ。

 影の中を歩むリュウカンは、眼前を歩く三人の冒険者に狙いを定めていた。

 冒険者は先ほどまで怨敵ギドンの屋敷でたっぷりと腹と懐を満たしたゲーツ一味だ。

 欲に忠実なのか、一味は屋敷を出るや否やその足を北区へ向けていた。ギドンの依頼をいち早く達成して金貨をいただこうという腹積もりなのだ。

 酒がよく回った千鳥足で、三人は表通りに踏み入った。手には酒瓶をもち、深夜の住宅街で酒盛りを始めて治安を乱そうとする、小悪党の小細工だ。


「おっと、そっから先はあんたらとは無縁の場所だ。引き返してもらおうかい」

 ゲーツ一味を制するためにリュウカンは声をかけた。

「あ?なんだぁ?」

 三人が足を止めて、怪訝な顔で振り返る。

 だが、三人の顔が後ろを向くより前に、一本の金串が巨漢のボロニアンの耳に差し込まれた。リュウカンは声をかけると同時に三人に向かって跳躍し、ボロニアンの肩に飛び乗っていた。

「けひっ」と、声にならない声を発して、ボロニアンが白目をむいて地面に倒れこんだ。

 金串はボロニアンの左の耳から入り、右の耳から出て、脳を貫通し、脳幹を損傷させ死に至らしめたのだ。

 突然の弟分の死に、ゲーツとギリックは理解が遅れた。

「外道に御仏の慈悲は無用よ」

 リュウカンの両の掌が、ギリックの頭を後ろから掴んだ。絶望の儀式が始まる。



 北区で人知れず犯行が成されている少し前の時間、南北の区切りとなる中央通りでは、物々しい空気が漂っていた。

 本日、新月の夜に新たなる殺人が行われると予測した警備隊は、隊長ライオネス・スノウを筆頭とした総員七十名を休日返上で動員させ、各分隊の配置を行っていた。

「いいか、事前の通達の通り、一から三を東、四から六の三隊を西へ展開。我等本体が中央通りに着き、横並びで一斉に南下を行う」

 隊長ライオネスは部下達を並べ作戦を伝えた。

 クロストで連続して発生している殺人事件の被害者は、共通点として素行の悪い元犯罪者や盗賊の冒険者。そのため、今夜狙われるのも冒険者であると仮定し、冒険者が拠点とする南区を重点とした全市の警戒作戦を実行することとなった。六姫聖のリンが中央から派遣されたのも、それが理由なのだ。

「不審者は発見次第、全体に情報を共有。共有後はその隊を中心とした左右の隊で挟撃し、不審者を包囲確保する。南区は総員であたる」

「はっ!」

 整列した隊員全員が、押し殺した声で敬礼した。

「リンは単独ではあるが、北区の警戒にあたれ。一人でいけるな」

「はい、かしこまりましたわ。私の魔法なら、北区程度なら全域把握可能ですわ」

 リンも静かに応える。体には魔力をみなぎらせていた。戦闘態勢は万全だ。

「ではこれより、連続殺人犯捕獲作戦を開始する。全員出動!」

 ライオネスの令とともに全隊員が配置に着いた。

 リンも飛翔し、北区へと向かう。


 リンは北区の中央に建つ時計塔の屋根に飛び乗った。時計塔は住宅と比べれば高く、北区全体を見渡せる。

「さて、では参りますわ」

 屋根の上でリンは全身の魔力を掌に集中させた。その両掌を頭上にかざすと掌の先に魔力で作られた、黄金の鐘が出現した。細かな装飾の施された、芸術品のような美しい鐘だ。

 黄金の鐘を頭上に掲げたまま、リンは中指で弾いた。途端に澄んだ金属音が鳴り響く。

 音は発生した直後に、人間の可聴域をはるかに超えて放射状に広がった。音が波となり、時計塔から市の端まで届き、防壁に当たるとリンへ還ってきた。目を閉じて波を受け止める。

 リンが操る魔法は『雷』。そしてこれは、雷魔法と索敵魔法の複合術。音に電気を纏わせ放ち、一定範囲で反射させる。そして反射した音と電気を受けとめ、その差を感じ取る。

 人間を通過した波は人間の分到達が遅れ、そこの人数や挙動を教えてくれる。その微妙な差で人数や状況を判断するのだ。リンは戦闘の荒々しさとは裏腹に、繊細な索敵を得意としていた。

「ほとんどの人間に動きはありませんわね。寝ている住民の方ばかり・・・ん?」

 集中した精神で細かに情報を読み取る中で、異常を感じ取った。住民達とは明らかに違う動きの反応があったのだ。

 その動きは激しく速く、そして高揚して激突していた。

「お兄様、北区にて不信な反応を感知。場所は西側、大通り沿いの裏通り。隊員を向かわせてください。私もすぐに向かいますわ。ええ、できる限り生け捕り。了解ですわ」

 ライオネスへの通信を終えると、リンは現場へと向かうために魔力を纏い飛翔した。



 顔を何者かの手に包まれた。と、感じた瞬間、ゲーツ一味のギリックは頭の中に破裂するような衝撃と音を聞いた。

 ギリックは気付かなかった。その音が、自身の頭蓋骨を分解された音だということを。頭蓋骨は二十二の骨とその縫合で構成されている。リュウカンはその縫合を解いたのだ。

 何がおきたのか理解できぬまま、ギリックの視界は下方へ滑り落ちた。少し遅れて、司令塔である脳が崩れ落ちると、制御が利かなくなった体はボロニアンに重なるように倒れた。わずかに痙攣しているが、最早、死ぬのを待つだけとなった。


「おい、ギリック。ボロニアン。目を開けろ、おい!」

 弟分の突然の死にゲーツは一気に酔いが覚めた。

 だが、数秒の沈黙の後、その死を受け入れると、腰の長剣を抜き放ち怨念のこもった目で、憎き黒衣の男を見据える。

「てめぇ・・・やってくれたなぁ。誰かしらねぇがよぉ、覚悟できてんだろうなぁ!」

 ゲーツは怒声をあげると攻撃のために酒瓶を手に取った。軽く放り上げると剣の側面で叩き砕く。瓶の破片を散弾としてリュウカンに浴びせた。

 一撃必殺の殺人術を警戒しての攻撃だ。怒りの中にあっても戦術は冷静だった。

 ゲーツの攻撃はリュウカンの予想外だった。が、そんな状況でも的確に対処をした。顔を覆う布に指をかけると前方に引きほどき、二度旋回させ、襲い来る破片全てを包みこんだのだ。

 リュウカンは破片を飲み込んだ布を丸くまとめ、放り投げ捨てた。

「無駄だよ、そんな子供だましじゃあ、あっしにゃ傷一つつけられねぇ」


「破片を絡めとるなんて、な、なんだよ、それ・・・化け物じゃねぇか」

「そんじゃあ、死んでもらおうか。あんたらのような輩に、ここの治安は乱させねぇよ」

 リュウカンが距離を詰めた。下段の蹴りがゲーツの左太腿を横から叩く。強烈な一撃は、足の形に太腿を抉り、大腿骨を砕いた。

 ゲーツの体が左に崩れて、左即頭部を地面に叩きつけて倒れた。技量の差は圧倒的だった。

 強烈な痛みにゲーツは体力を奪われ、呼吸が荒れる。手から力も抜け、剣を落としている。

「最後ぐらい神に祈りなせぇ、そんな信心があれば、だがね」

 リュウカンは止めのために拳を構えた。ゲーツも死を覚悟して目を閉じる。そのとき。

「そこまででですわ!それ以上の狼藉、許しませんわよ!」

 リュウカンの最後の一撃を、リンが一喝して制止した。

 背中越しではあるが、二人の間に強い緊張感が走る。

「腕っぷしの強そうな姐ぇさんだ、こいつぁ厄介だねぇ」

 ゲーツの顎先を蹴りつけて気絶させると、リュウカンはリンに向き直った。

 リンの腕と足には既に鎖が巻かれていた。

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