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第33話 「それぞれの思惑 西の交易都市クロストの夜-前編-」(ストーリー)

「リュウカン殿は市長とお知り合いで?」

 サイガは宿に入り受付で鍵を受け取ると、部屋に向かう前に、メリウスに先ほどのやり取りで気なったことを尋ねた。

「はい、リュウカンさんが市の外で行き倒れているところを市長が発見して、お助けになったんです。それ以来、恩返しとして整体だけではなく、色々な仕事なども請けていただいています」

「色々な仕事?」

「ええ実は、リュウカンさんは整体の腕だけでなく、拳法も一流の方なので、冒険者の手に負えない魔物などを討伐していただいていたりするんですよ」

 自身の評価のように意気揚々とリュウカンについてメリウスは語る。強い敬愛と信頼を抱いているのだろう。それは、診療所での振る舞いからも見て取ることが出来た。

「一流の拳法使いで人体に精通。そして異界人・・・か。後ほど正式に挨拶をしたいものだな」

 サイガは異界人の部分だけを心の中で呟いた。

「ところで、先に入られた二人はどこに行きました?食堂ですか?」

 メリウスが受付に尋ねると、受付嬢は現在大浴場に入浴中と答えた。

「そうか、じゃあ部屋もわかって鍵もあることだし、おれも先に風呂をいただこうか。メリウス殿、今日はお世話になりました」

「こちらこそ、サイガ殿のような方とご一緒できて、刺激的な数時間でした。ありがとうございます」

 メリウスは満足げな顔で礼を述べ頭を下げた。姿勢を戻すと話を続ける。

「それで、明日ですがギルドで言われたとおり、登録証が発行されるはずですので昼過ぎにギルドにお向かいください。そこでお迎えに上がりますので、市長にお会いしていただきます」

「わかりました。では明日、午後、ギルドで」

 別れを告げると、サイガは大浴場へと向かった。



 クロスト中央を東西に横断する大通り。その南区側の通り沿いに、警備隊本部は設置されている。

 サイガと激闘を演じた六姫聖リン・スノウの本来の任務は、クロストで発生している連続殺人事件の捜査のために、警備隊に協力することだった。その任務に、兄からの叱責を経て、今ようやく取り掛かっていた。

「ほら、これが検死報告書だ。全部で二十人分ある。全部に目を通しておけ」

「に、二十?ずいぶんやられてますのね」

 警備隊長ライオネスの執務室の机の上に置かれた報告書に、リンは露骨に顔を曇らせた。報告書を取るために手を伸ばす。

「ちょっと待て、リン。その前にまずはその傷をどうにかしろ。いつまで血を流しっぱなしにしているつもりだ?」

「あら、うっかりしていましたわ。まださきほどの興奮が覚めやらぬもので、痛みを忘れてましたわ」

 リンは伸ばした手を止めると、その行き先を懐へと変更した。懐から掌におさまる大きさの、微かに白い光を放つ玉を取り出した。

「魔法珠か。封じてあるのは回復魔法か?」

「ええ、念のため同僚からいただいておきましたの」

 魔法珠とは魔法の効果を持たせることが出来る魔道具である。あらかじめ珠の中に魔法を封じることで、任意で魔法を発動させることが出来る。

 魔力を持たないもの、不得意なものが愛用する。冒険者必携の道具となる。

 そして、今リンが手にしている魔法珠には回復魔法を得意とする六姫聖の魔法が封じてある。

 リンが魔法珠を握りつぶした。

 珠は弾けると、小さく細やかな白い光の粒となってリンの全身を包み、その傷を癒した。見る間に全身の傷がふさがって、疵跡一つ残らない。

「六姫聖の回復魔法は見事だな」

「セシリアの魔法なら当然ですわ。ですがまったく傷が消えるというのも、スノウ家の女の肌としては寂しいものがありますわね」

「たしかにな。一番大きな傷ぐらいは残しておいてもよかったかもしれないな。鏡を見るたびに良い戒めになるだろうからな」

 女の肌に疵跡が残ることをよしとする会話は、この妹にしてこの兄ありだった。武門の誉れ高い名家は一般とはかけ離れた感覚を持っていた。


「な、なんですの、これは?」

 報告書に目を通して、リンは驚きの声を上げた。その内容が想像を絶するものだったからだ。

『報告書一 脳を頭骸骨に挟まれたことによる脳挫傷で死亡』

『報告書二 肋骨の胸部中央への収束による臓器圧迫による多臓器不全のため死亡』

『報告書三 下部から上昇した全ての内臓により気道が塞がれたことからの窒息死』

『報告書四 全身の骨の全ての関節が外れたことにより、人間の形を保てず死亡』

 リンが目にした報告書には、不可解な言葉が並んでいた。

 剣と魔法、魔物が存在するこの世界での死体といえば、刃物、鈍器の痕跡、魔力の残滓、爪牙の痕などが一般的でありふれたものになる。

 だが、この二十人分の報告書には、一切の外傷を示す記述がなかった。全てが骨、内臓などの内部を破壊された内容だったのだ。

「これは不可解が過ぎますわ。こんな死因、初めて見ました。なんですの?肋骨による臓器の圧迫?頭骸骨による脳挫傷?私、混乱してしまいますわ」

 リンは思わず報告書の束を机の上に落とした。わずかに束が乱れる。

「現在わかっていることは、初の犯行は約三ヶ月前。時間帯は新月の夜。範囲は市内全体に及ぶ。そして被害者は共通して・・・」

「全員冒険者。それも札付きの、ですわね」

 両肘をついて手を組んだ姿勢で、報告書にない情報をライオネスが伝え、リンが所見を口にした。

 報告書に記載された被害者達の名前は、その全てが素行が悪く悪名の高い冒険者達だった。それは、クロストの西でサイガ達を襲ったゲーツ一味のように盗賊崩れや元犯罪者達だったのだ。

「面子が統一されていますわね。この共通点、何かありそうですわね」

「そうだ。警備隊もその点を踏まえ、次回の新月の夜の計画を立てている。その時はリン、お前の魔法を借りることになる」

「かしこまりましたお兄様。それで、次の新月はいつですの?」

「・・・今夜だ!」

 ライオネスが掴んだペンをカレンダーに突き立てた。



 同時刻、クロストの西、四キロの地点でクロストから派遣された清掃部隊がその活動を行っていた。

 大型のキマイラの残骸は広範囲に飛散し、本来、緑だった草原は肉と血の色に染まっており、さらにはまだ氷が所々に残って、ナルの魔法の威力を物語っていた。

 部隊員達は総勢六人で、各々が処理行うのに適した魔法を使用する。

 光魔法を上空に放ち周辺を照らし、斬撃魔法で大きな破片を刻み、火魔法が細かなものを焼却。血を水魔法で洗浄し、生じたゴミを風魔法で一箇所に集め、収納魔法で回収する。

 各員が流れるように残骸を処理し、瞬く間に街道は元の姿を取り戻していた。

 そんな中、役割上、先行して処理を行う斬撃魔法の使い手が、原形をとどめた山羊頭の残骸の前にいた。使い手が山羊頭に手をかざすと、頭は賽の目状に切断され、崩れ落ちる。

 通常なら崩れ落ちた段階で、次の工程である火なり、風に委ねるのだが、その使い手は山羊の脳にあたる部分におもむろに手を突っ込んだ。かき回すような動きの後、脳の中から血に染まった水晶を取り出した。

 ドクターウィルが検体三号と呼んだ、ヒュージキマイラに仕込んだ記録装置である。

 斬撃魔法の使い手は、記録装置回収のために潜り込んだ王都からの間者だったのだ。

 間者は回収した記録装置を小さな革の袋に納めると、小さな荷物を輸送する際に用いられる魔道具『飛来鳥』に結び付け託すと、天に放った。

 飛来鳥は夜の空に紛れ、東の地、王都フォレスへと飛び去った。間者はそれを見届けると、清掃部隊としての業務へ戻った。

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