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第32話 「整体師リュウカン」(ストーリー)

 交易都市クロストは中央を東西に走る大通りを境に、南北に区分けされている。

 北区は住宅街となっており、主な住人はクロスト発足の頃より町を作り上げた創設者達の末裔。市に対して強い愛着を持ち、顕在化はしていないが南区へのわずかな敵意をはらむ。

 南区は商店、工場、ギルドなどの事業、商業の建物、設備などが立ち並ぶ事業区。そして、歓楽街も兼ねる。

昼は住人が職場に入り、夕方からは仕事明けの勤め人たちが酒を酌み交わす。区はその構成の特色から、流れ者や出稼ぎの冒険者といった人間が多く、必然的に治安が悪い。



 六姫聖リン・スノウとの激戦を終え、ギルドへの冒険者登録が完了したサイガと一行を乗せた馬車は南区にある宿、満月亭へと到着した。

「ありゃ?十分程度で着いちゃったよ。これだったら馬車じゃなくて歩いて来た方がよかったかもね。色々観て歩きたいよ、夜の街なんて初めてだからさ」

 セナは馬車から降りながらぼやいた。これまで村から出たことのないセナにとって、都会の目に入るもの全てが新鮮で刺激的なのだ。好奇心で常に目を輝かせていた。

「でも、セナさん、夜の街は危険と聞きますから、少しの距離でも用心にこしたことはありません。さ、宿に入りましょう」

 一刻も早く体を洗いたいエィカは、セナの腕を引っ張り宿へと突入した。

「あ、サイガさんは整体に行くんですよね。受付には伝えておきますからゆっくりしてきてくださいね」

 エィカは宿の玄関から顔だけを覗かせ早口で言うと、すぐに顔を引っ込めた。その言葉に気持ちはこもっていなかった。

「ああ~よっぽどシャワーが浴びたかったんですね。宿には大浴場も完備されてますから、エィカさん、きっと喜びますよ」

「そうか、ならエィカの機嫌もよくなるだろう」

 とっくに姿の消えたセナとエィカを見送り、サイガは顔を上方に向けた。その視界にはこの国の言語で『整体』の二文字が入っていた。



「お世話になります。リュウカンさん、メリウスです」

 診療所の入り口をメリウスが先にくぐり、院内に声をかけた。

 中はこじんまりした作りになっていた。診察をするための向かい合う二つの椅子に、順に施術を行うための二つのベッド。それだけだった。

「へいへい、お待ちしておりやした。ギルドの支部長さんから連絡はいただいております。すぐに施術に入りましょう」

 奥の部屋から暖簾を掻き分けて、一人の男が姿を現した。声から察するに、年齢は三十代の中頃だが、サイガはそれ以上のことが気にかかった。男の口調が、この世界では初めて耳にする、訛りのある言葉だったのだ。

 サイガはリュウカンと呼ばれる男の顔を思わず凝視した。そして、リュウカンもサイガを目にしたとたん、体を硬直させて目を見開いた。

 リュウカンのその姿は、作務衣を纏い裸足。話し方のみならず、顔立ち装いですらもこの世界にそぐわない日本人そのものだったのだ。それは、リュウカンが異界人であることを示していた。



「そんで、今日のお客さんは、そっちの旦那ですかい?」

「はい、よろしくおねがいします。サイガと申します」

「あっしはリュウカン、ケチな按摩のようなことをやっとります」

 サイガ、リュウカンは動揺する心中を抑え、話を続ける。サイガもそれに乗った。

 出来ることなら、すぐにでも互いの身の上を伝え、確認し合い、事実を知りたい。だが、二人の間には何も知らないメリウスが立つ。不要な情報を発信して懐疑の心を生じさせるわけにはいかない。

 おそらく同じ境遇であろう二人は、互いの心中を察し、今は無関係を演じるのが得策だと判断し話を続けたのだ。

「リュウカンさんにかかれば、どんな痛みもあっという間です。驚きますよ」

 メリウスの様子を見るに、二人の関係を気取られてはいない。能天気なぐらいの笑顔だ。



 腹に一物を抱えたまま、施術が始まった。さすがにメリウスの前で下手はすることはないだろうと、サイガは促されるままベッドにうつ伏せになり、患部の腕と背中を触診される。

「なるほど、だいぶ骨と肉がいたんでやすね。よっぽど無茶しなさったようですな。大岩でも担いで運びなさったかい?」

 大岩という表現にサイガは小さく苦笑いをした。事情を知らぬものからすれば、リンとの戦闘の形跡は、重大な肉体労働を錯覚させるのだ。

「しかしこの程度なら、ちょいと整えてやりゃあ・・・そら、それ」

 背中の患部に指と掌をあてがい、位置を整えるように背骨と背筋を押し込む。コキッと短く小さい音が鳴ると、サイガの背中から抜け出るように痛みが消えた。

 続いて腕を持ち上げると、肘と手首をそれぞれ片手で支え軽く揺らすと、一気に引っ張る。またしても軽い音が鳴ると、腕からも痛みが消えた。

 サイガが体を起こす。

「たしかに、これは驚くな。まるで魔法だ」

「そうなんです、すごいでしょう。でも、魔法では傷は治せても歪みは正せません。こんなことが出来るのはリュウカンさんだけなんですよ」

 メリウスは興奮している。おそらく、かつて施術を受けたことがあるのだろう。その過去があれば、この感覚を共有したいという気持ちは理解できた。

「見事な技術ですね。あっという間に痛みが消えた」

「肉と骨の関係を熟知した、あっしにしかできん芸当でさぁ。ですが、まだまだ完治ってわけじゃあ、ありやせん。引っ掛かりを取っただけで、炎症は残っとります。今夜は安静にしてよく冷やして養生してくだせぇ。あぁ、お代は結構でさぁ、市長のお客さんから銭はとれやせん」



 治療を終え、サイガは診療所を出た。

 だが、外で数秒待ったところで、メリウスが出てこないことに気付き、診療所を覗き込んだ。そこには、世間話をするメリウスとリュウカンの姿があった。

「しかし市長も大忙しです。ここ最近まったく休む暇がありませんし、私もほぼ無休ですよ」

「へぇなるほどねぇ、そいつぁ大変だ」

 世間話の内容は、ほぼ一方的に愚痴をこぼすメリウスに対してリュウカンがところどころで相槌や質問をするものだった。

「しかもしかもですよ、今日も素行の悪い冒険者達が市に入ってきまして、なんと一日で三十人ですよ、三十人。さらにそいつらが、揃いも揃ってギドンの客人を称して名前を出すもんだから、ギドンのから賄賂をもらっている疑いのある市議会議員が好き勝手やらせてるんですよ。最悪ですよ!」

 よほど鬱憤がたまっているのだろう。メリウスの発言が過激となり、情報管理の観念を疑う域に達し始めた。

「メリウス殿、そろそろ宿に入ろうと思うのだが」

 情報漏えいを危ぶんだサイガがメリウスを制止した。

「そ、そうですね。それではリュウカンさん、失礼します」

 リュウカンに一礼すると、メリウスは診療所の外に出た。

「へい、それじゃあ、市長さんによろしくお伝えくだせぇ。いつでもロハ(無料)で治療させていただきやす」

「はい、必ず」

 別れを告げると二人は宿へと入った。

「サイガの旦那ね。やれやれ、厄介にならなきゃいいがねぇ・・・」

 リュウカンは呟くと診療所に入り鍵をかけた。

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