第324話 「絶不調」(バトル)
宿場町南西部。北部と東部の陽動によって生じた隙を利用して、二人の侵入者が防壁を乗り越えてきた。
脱獄囚のエディックとラミーラミーだ。
二人は跳躍し軽々と侵入してきた。
南西部は事前避難と北東の陽動によって、暗闇と静寂に包まれている。
ラミーラミーが辺りを見回す。
「誰もいないね、残念だ。入った瞬間から目についたのを片っ端から殺そうと思ってたのにねぇ」
全身を、崇拝する邪神から賜った邪気で心と身体を満たし、殺意のままに獲物を探す。
「女子供の隠れそうな所なら大体察しがつく。教会や地下室のある施設だ。どうだ、一緒に行くか?女以外なら好きにしてくれて構わんぜ」
エディックが協力体制を提案してきた。欲求追随型でありながら、嗜好性が別方向ゆえに出来ることだった。
「それは聞き捨てなりませんわね」
欲望のままに心を踊らせる二人に、上方から気品と怒りに満ちた女の声が浴びせられた。駆けつけてきた六姫聖、暴風のリン・スノウの声だった。
二人が同時に声の方を見上げた。
夜の闇の中、屋根の上に月の光を背にした勇壮な立ち姿がある。
並の男より大きく屈強な肉体。一目で理解した。強者である。と。
屋根からリンが飛び出した。弾丸のような速度で二人に接近する。
リンが右拳を突き出した。狙いはラミーラミーだ。
拳が地面に届いた。まるで巨大な岩石が落下したかのような衝突音が響く。地面は大きく窪んだ。
「手応えが無い?」
ラミーラミーの身体には生物の感触が無かった。まるで豆腐やゼリーのように拳が直撃した瞬間に柔らかく砕けたのだ。
砕けて散ったラミーラミーの細かな破片が、一斉に町中へ向かって移動を始めた。
「お、お待ちなさい!」
身体を細分化させる類いの術法と察し、リンは振り返り追撃の体勢をとるが、その後頭部をエディックが巨大な掌で掴み、無理やり顔から地面に叩きつけた。
「ぐぅ!なんて怪力、私をねじ伏せるなんて・・・がっ!」
抗い、頭を上げたところを踏みつけられた。左半面に砂利が刺さる。
さらにエディックは攻撃の手を休めない。踵を顔面に向かって幾度となく振り下ろし、踏みつけ、殺害を試みる。
「げ!ぐ!が!ぶぁ!はっ!」
一撃一撃が、まるで鉄鎚のような重さだった。リン以外の者なら一踏み毎に死んでいただろう。
十回目の踏みつけで、エディックの足に違和感が生じた。リンが上体を持ち上げ、顔面で蹴りを押し返したのだ。
「いい加減になさい!人様の頭を何度も何度も、怒りますわよ!」
気合いと共に地面を叩くように一気に押し出すと、上体が跳ね上がる。たまらずエディックは体勢を崩した。
「今!ふん!」
リンが身体を半回転させて上下を入れ替えた。二人の目が合う。
「あら、お久しぶりですわね」
「く、くそっ!」
しっかりと目を見据え、皮肉混じりの挨拶を済ませると、正面から踏みつけようとしてくるエディックの足を額で受け止めた。
「足癖が悪いですわね。どりゃあ!」
怒涛の頭突きで足を強く押し返し、さっきよりも派手に体勢を崩させた。
リンの両足が引き上げられ、身体が丸まった。首跳ね起きで立ち上がる。
「だりゃあああ!」
起き上がった勢いで頭突きを叩き込んだ。
エディックの鼻が顔にめり込む。
「ぬがぁ、女ァ!」
鼻への痛みでのけ反りながら、エディックはリンの首を掴み引き寄せると、膝でみぞおちを蹴った。
重量級にして高密度の肉と肉とのぶつかり合い。鈍くとも弾ける音が鳴り響く。
二人が距離をとった。共に深手の箇所に手を添えて痛みに耐える。
「はぁはぁ、おかしい・・・顔面を潰すつもりの頭突きだったのに、鼻にとどまった。力が入っていない・・・」
予想外の結果に、リンは戸惑っていた。
実力差と言うものは、組み合えば大まかなあたりがつく。
感覚では頭突きは、充分に頭部を破壊して絶命を狙えるはずだったのだが、鼻を折ることしか出来なかったのだ。
骨折し、めり込み、血が流れ出続ける鼻の先端をつまむと、エディックは引っ張り出して形を整えた。
「ふむ。女、お前リン・スノウだな。暴風と呼ばれる怪力女らしいな。確かにその通りだ」
「あら、私のこと御存知ですのね」
「俺は今まで何十人もの女の首を絞めて殺してきた。そのせいか普通の首に少々飽きていてね。規格外と名高い、その太い首を徐々に締め上げて命が消えていく瞬間を味わいたいと思っていたんだ」
音を高めながら声と指を踊らせるエディック。心中が期待に満ちているのがうかがえる。
「まぁ、よい趣味をお持ちのことで。ですけれど、そんな反吐が出るような願望を聞かされては野放しになんて出来ませんわね。全ての女性たちのためにも、ここで息の根を止めて差し上げますわ!」
思いの通りの調子を発揮しない身体を奮い立たせ、両拳、そして全身に力を込め、リンはエディックに大見得を切る。
「面白いね。だが所詮女だ、圧倒的力でねじ伏せて、首の骨の折れる音を奏でるだけの楽器にしてあげよう」
薄ら笑いを浮かべながら、カルカリで得た能力を全身に巡らせる。
「やっぱり良い趣味してますわね。このクソッタレ!」
外道の発言に、嫌悪感を抱きながらリンは前方に飛び出す。
背には謎の違和感があったが、それを振りきっての突進だった。
リンの猛牛のような突進を、エディックは正面から迎え撃った。
エディックがカルカリ監獄で得た能力は、手の力、感度、技巧を高めるものだった。これは絞殺をより洗練させ、命を奪う実感を掌で感じたいという願望が反映されたものだった。まさに「良い趣味」そのものだ。
能力を宿した右手がリンの喉を掴んだ。まっすぐに欲望を満たしにきたのだ。
「かっ!げぇええええ!」
指がリンの気道と動脈を正確に締め上げる。一瞬で視界が暗く淀むが、重心を落として抵抗を試みる。
「はははは!良いぞ良いぞ、もっと抵抗してくれ!普通の女の首は掴んだ瞬間に折れてしまうからつまらんのだよ!」
エディックの左手も動いた。
リンの後頭部に回すと、後ろ髪を手繰り、頭を引いて首を開かせる。指の圧迫を効かせるためだ。
「は、かっ、かっ、かっ!」
呼吸が小刻みかつ浅くなり、意識が遠ざかっていく。
消えかける命の灯火。それを両手で感じながらエディックは愉悦に顔を歪めていた。
しかしそれが命取りだった。両手で頭を掴むということは、防御を捨てているということなのだ。
リンが拳を凝縮させた。僧帽筋が一気に動き、両腕を内側に引き寄せる。
下方に開くように構えていた両腕が一瞬で内側に向けて閉じられた。拳が振り子のような動きでエディックの脇腹を左右同時に叩いた。
「ぐぎゃ・・・」
痛みに、エディックはまともに悲鳴をあげることもなく、リンから手を離し、脇腹を押さえてのたうち回った。
破城槌に突かれたような衝撃が腸を荒らす。
解放されたものの、リンはしばし身体の自由を失った。酸欠によって均衡を保てず、片膝を着いていたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・わ、私がこの程度で膝を・・・やっぱりおかしい・・・いったい私の身体に何が・・・」
心当たりの無い不調に戸惑いつつ、呼吸を整え体勢を立て直しエディックに向き直るリン。
しかしその目に飛び込んできたものに、思わず眉を潜めた。
エディックの股間が膨らんでいたのだ。
「あ、あなた、勃起してますの?」
「君の声と白目があまりにも魅力的だったものでね・・・だが、君が悪いんだよ。俺をこんなに興奮させるなんて・・・」
かつて無い肉厚の感に、エディックは性的興奮を爆発させていたのだ。
「・・・良い趣味と言ったこと、訂正しますわ。あなたは最悪のクソッタレ。やっぱりここで息の根を止めなければいけませんわね・・・マスヨス!」
召喚の声に応えて、聖錨マスヨスが出現した。拳ではなく武器による完全なる絶命を考えた結論だった。
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