第322話 「増大する悪意」(バトル)
宿場町北部。爆破された防壁から侵入してきた野盗の群れを食い止めるため、ジョンブルジョンが立ちはだかった。
両の義手に装着した構築の魔法珠を常時発動状態に設定し、臨機応変に戦闘が出来るよう備える。
「あっという間に六人もやりやがった。こいつ強ぇぞ、気を付けろ!」
野盗の一人が警戒を促すと、残りの者たちが一定の距離をとってジョンブルジョンを包囲した。
「ふむ、口調から見るに、集団の中に上下があるわけではないな。指示を出すのではなく、連携を取り合っているのか。さらに実力は上級冒険者並みかそれ以上。・・・厄介だな」
野盗たちの様子から、その関係性と総戦力をを推察するジョンブルジョン。
頭を潰せば離散する構造ではないことを理解すると、義足の魔法珠を操作し始めた。
「ならば・・・一発で片付けてやるとしよう・・・加減はいらんな」
ジョンブルジョンの義四肢には幾つかの魔法珠が内蔵されている。それを組み合わせることで用途に合わせた攻撃を可能とする。
そして今回、包囲をする野盗に対して用いたのは、収納魔法から取り出した鉄線を構築魔法で組み立て、蜘蛛の巣状に足下に展開したものだった。
当然、気取られないように極細で仕上げ、足裏から地面を潜らせてある。
目論みに気づかない野盗が、包囲を狭めてきた。
ジリジリと摺り足で径を縮めていく。
「まだだ・・・全員を中に納めろ。最大効果を狙え・・・」
心中で己に言い聞かせるジョンブルジョン。実力者複数を相手取る愚を犯さぬよう、警戒を装い誘き寄せ、慎重に機を狙う。
高まる緊張感から、額を一筋の大粒の汗が伝った。
ここで不幸な出来事がジョンブルジョンを襲った。汗が眉と目蓋、睫毛を乗り越えて右目に侵入してきたのだ。
「くっ、こんな時に!」
たまらず右目を押さえるジョンブルジョン。
それを好機と見た野盗が一斉に動いた。
「ひゃはぁっ!いただきぃ!」
邪悪な歓喜に満ちた野盗の声が響く。
しかしこの事態、全てが策の上での誘い水だった。
ジョンブルジョンは頭の角度を絶妙に調整し、汗を導いて不幸を装ったのだ。
「かかったな!機会と見れば疑いもせずにまとめて動く。その浅慮が命取りだぞ!」
野盗たちの動きをジョンブルジョンは鋭敏に感じ取った。
足下に広がる鉄線が、仔細を余すことなく伝えてくれたのだ。
全ての野盗が蜘蛛の巣状の鉄線を踏んだ。
「くらえ、『クルーエルパルス』!」
義足の雷の魔法珠が発動した。即死級の電撃が蜘蛛の巣状の鉄線を走った。
足下から頭上へ白い雷が駆け昇る。
「ぎゃ!」
「お!」
「・・・」
「あ」
野盗たちが一瞬だけ鳴いた。間をおかずに、その場に崩れ落ちる。強烈すぎる電撃は、一瞬で上級冒険者に匹敵する手練れたちの命を奪っていたのだ。
ジョンブルジョンは、野盗たちに一度の攻撃も許すことなく決着をつけた。
瞬く間に終わりを迎えた野盗との戦い。
しかしそれには理由があった。ジョンブルジョンは決着を急いでいたのだ。その理由はひとつ。
「よし、これで最悪の流れは回避できたな。あとは脱獄囚を・・・!!」
もっとも手強いであろう、本命の脱獄囚を視認するために、意識を野盗から移そうとしたジョンブルジョンの周囲に、約十個の魔法珠が投じられた。
「な、これは・・・いかん!」
魔法珠を認識した瞬間、全身を悪寒が走り、考えるよりも先に身体が動いた。その色は橙で、爆発魔法が封じられていることが示されていたからだ。
強烈な音と光を発し、全ての魔法珠が同時に爆発した。十の爆発が一つとなり、中心のジョンブルジョンを呑み込んだ。
爆発の威力により、野盗たちの死体は破片も残らないほど細かく砕けて散った。肉も血液も全て空中で蒸発、炭化し微塵となった。
周囲で状況を見守っていた冒険者や警備隊も、爆風を堪えきれずに大きく吹き飛ばされ、道の果てや建物の中に消えた。
轟音の終わった後に静寂が訪れた。
爆煙は色を黒から灰色へと変える。
熱は地面を今だ赤く焼き付けていた。
「んふふ~ボクの爆弾の威力すごいから、苦しまずに死ねたんじゃないかな?」
くすぶった匂いの残る爆破跡に一人の男が近づいてくる。脱獄囚セジーマ。この爆発を起こした張本人だ。
◆
セジーマはかつて、時限式の爆破の魔法珠を用いた爆破事件を起こし、数多くの命を奪ってきた。その総数は五百以上にのぼる。
しかし、セジーマ本人はその現場に一度としてとどまったことはない。
繁華街などに爆弾を設置すると、即座に立ち去り、もっとも人の混み合う時間に起爆する。
そしてその成果を翌日の新聞で知って悦に入る。
爆破は決して無秩序に行われなかった。
綿密に下調べをし、最大効力を発揮する場所、位置、日、時間を導き出して実行に移す。
セジーマは、己の手を離れた力が事を成すことで、自身が神と同格であると信じていた。
そんなセジーマを、世間は『見えない爆弾魔』と呼んでいた。
◆
「やっぱりボクの爆発は素晴らしく芸術的だね。包囲からの、高い指向性の集中爆破。威力を何倍にも上昇させた一撃だよ。君の残骸なんて何一つ残って・・・な・・・」
徐々に晴れ行く煙。その中のものを目にした時、セジーマは言葉を失った。
爆発の跡地の中心には一本の金属製の円柱が立っていた。それが標的のジョンブルジョンであることは考えるまでもなかった。
「へぇ、やるねぇ~、咄嗟に両腕を柱にして防御したんだ。見てたよ、その両手足、自在に形が変わるんだよね。だけど、ボクの爆弾を凌げるのは意外だね」
「貴様、野盗共を、人の命を囮に使ったな。外道め」
円柱の中からジョンブルジョンの声が聞こえた。わずかに怒りを含んでいる。
「ふふふ、そんなの当然じゃないか。君みたいな強そうな奴相手にするのなら、情報収集は当然だよね。あいつら程度の命なんて、そのぐらいしか使い道がないだろ?」
ジョンブルジョンの問いに答えながら、セジーマはジリジリと後退していた。これは無意識の行動で、この反応の良さと慎重さがセジーマを脅威的な存在たらしめる。
「でも残念だったね。せっかく生き延びたのに、その姿じゃ動けないだろ。ボクの最大火力でそれごと吹っ飛ばしてあげるよ!『爆殺の波』!」
セジーマが右手を勢い良く外へ払った。手の軌跡から爆発が起こり、ジョンブルジョンの円柱を呑み込む。
腕を払うという単純な所作に反して、爆発の規模は先の同時爆発を大きく上回っていた。
激しすぎる爆発は、ジョンブルジョンのみならず後方、周辺の建物をまとめて薙ぎ払った。
宿場町の北側は荒れ地へと変えられてしまった。
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