第320話 「暗い欲望 這い寄る」(ストーリー)
日が落ち一時間ほど経過した頃、宿場町の対野盗襲撃への準備が大詰めを迎えた。
町周囲に設置された八つの櫓にそれぞれ結界魔法の魔法珠が設置され、魔法が発動すると町を取り囲む八角形の岩石製の防壁が出現した。『八塞籠』という名の防御魔法だ。
そびえ立った防壁を、内側から見上げる二人が居た。
防衛戦の要となるリン・スノウとジョンブルジョンだ。
「思ったより時間がかかってしまったようですが、何とか準備は整いましたわね。それにしても八塞籠って、上級魔法で発動にこんなに手間がかかるものだったんですのね」
壁を見上げながらリンが呟く。
「八ヶ所で同時に発動させる必要があるからな。今回は上級の冒険者二人と魔法珠があったので簡易的ではあるが発動が出来たが、本来は八人がかりで行う魔法だ」
「あ、やっぱり、ちょっと弱いんですのね。前にシャノンが単独で発動させたときは、もっと高くて頑丈なものでしたので、そんな気はしたんですのよ」
「一人で八塞籠を発動だと?やはり黒聖母もなかなかの化け物だな」
さらりと伝え聞こえる情報に、六姫聖の規格外ぶりがうかがえた。
「スノウ様、非戦闘員の住人の避難が完了しました。あとは観光客たちだけなのですが、なにぶん緊張感に欠けて動きが鈍く、もう少しかかるかと・・・」
来るべき襲撃に向け柔軟体操をするリンに、町長が申し訳なさそうに話しかけてきた。
観光客は数件の宿が立ち並ぶ通りに集中しており、慌ただしい冒険者ギルドや警備隊本部とは別区画にあるため温度差が生じて動きに差があるのだ。
「えぇ?まだ避難が終わってませんの?仕方ありませんわね。私が誘導しますわ」
時間は午後八時。日の入り前から動き出していた戦闘員たちからすれば、あまりにも悠長な話だった。
あきれたリンが宿屋の通りに向かって歩きだした。
◆
宿場町を防壁が囲んだことを、少し離れた場所から確認した野盗が報告に走る。
それを受けて、チャールソンをはじめとする脱獄囚の四人と野盗の幹部たちが、おもむろに動き出した。
「防御体勢が整ったか。しかしよかったのか?完成する前に攻めた方が流れ込んで混戦に持ち込めただろうに」
「ふふふ・・・それに関しては、ブルーム老に一仕事お願いしてありましてね。罪深き富める方々の場所を探ってもらってるんですよ。彼の物腰なら溶け込むのは容易ですからね」
エディックの疑問にチャールソンが静かに笑いながら答えた。
富める方々とは、チャールソンが若者を率いた集団の長だった頃に手にかけていた、いわゆる富裕層だ。
チャールソンは貧民出身の若者たちに世が如何に不平等であるかを吹き込み、怒りを煽ると裕福な家を襲わせ住人を殺し財を奪い皆に分け与えた。
そうすることで若者たちの鬱憤を晴らしながら使命感を満たさせることで操り導いてきた。
そして自らもその嗜好を満たす。そのために、ブルームを先行して潜入させていたのだ。
「それでは、出発の前に皆さんに挨拶をしましょうか・・・」
静かに立ち上がり、チャールソンは野盗たちを見下ろす台の上に立つ。
「皆さん・・・今から私たちは、罪深き富める方々とそこに与する者たちの命をを救われぬ貧しき者たちへと捧げます」
端々まで良く通るチャールソンの声。不思議な安堵感をもたらす。
「日々、暖かい食事をし、家族の温もりを得、望むもの欲するものを手に入れる。それに対し、我々はみなさんはどうか?汗と血と土にまみれ、一日毎に暮らしを危惧しなければならない」
ここで一瞬、チャールソンは言葉を切った。静寂。
これはチャールソンの話術であり、言葉が野盗たちに浸透するのを待っているのだ。
「不平等ではないか!不公平ではないか!我々は同じ命ではないのか!?」
再び強く語りだす。
「これは奪われたのだ!我らに汚れを苦痛を押し付け、そこから生まれた綺麗なものをヤツラは掬い取っていった!今こそ取り返そう。我らの手に!彼らの命と共に!」
言い切るとチャールソンは両目を大きく開いた。眼球が飛び出しそうなほど剥き出しになる。黒目も大きく瞳孔が虹彩を塗りつぶしていた。
聞こえの良い言葉と、それを通す声。加えて一般人離れした両目。
かつて、これを正面から受けた若者たちは見事なまでにチャールソンに陶酔し、言われるがままに罪を犯した。
そして今、野盗たちも同じ道をたどろうとしている。
だが、チャールソンは野盗の連中を未成熟な若者たちと同じには見ていなかった。
獄中で編み出した声に魔力を乗せる術を用いて、洗脳状態に陥らせていたのだ。
「見事なもんだねぇ、ボクも馬鹿だったら引っ掛かってるかもね・・・」
チャールソンの手腕に感心したセジーマが誰にも聞こえない声で呟いた。
「行きましょう、皆さん!今こそ、あるべき富をあるべき場所へ!」
チャールソンが締め括ると、野盗たちは一斉に歓声をあげた。その顔は狂気と興奮に支配されていた。
◆
宿場町の殆どの住人が避難を完了しているなか、宿屋通りは今だにまばらに人の姿がある。
リンはそこに到着すると、一人一人に声をかけて地下のシェルターへ避難するように促す。
悠長にしていた観光客たちだったが、六姫聖の登場とあってさすがに避難の足を急がせる。その甲斐あって通りの避難は数分で片付き、各宿はすべての戸と窓に施錠し、固く閉じ籠った。
「ふぅ、なんとか片付きましたわね。あとは野盗が来るのを・・・」
そこまで言ったところで、リンの声は唐突な爆発音にかき消された。
「爆発!?」
町中で音の方へ顔を向けるリン。そこには建物を燃やして闇夜を照らす炎と、天に昇る黒煙があった。
さらに数は一つではなく、見える範囲で三つだった。
「始まった!?まさか、既に侵入されてたの?くっ、すぐに対応を・・・!」
先手を取られた悔しさにまみれながら、リンは爆発のあった場所へと駆け出した。それが陽動とも気づかずに。
◆
宿場町最大の宿では、食事と入浴を済ませたセニアがチカや他の宿泊客と共にシェルターへ入ろうとしていた。
入り口では従業員が誘導しており、客と共に順次中には入っていく。
「お嬢様は先にお入りください。私は万が一賊が侵入してきた場合に備えて扉の前におります」
そう言うと、チカはセニアを扉の奥へ送るために背中を押す。
「うん、チカが守ってくれるなら安心ね。頑張ってねチカ・・・あっ」
別れ際、閉まる扉の隙間からセニアは声をかけるが、一瞬動作が遅れて扉に押されるかたちになった。
そのうっかりな愛らしさに、チカは心の中で卒倒した。
鍵が閉まる音がする。
「おや、少し避難が遅れてしまいましたかな。メイドさん、中に入れていただけませんかな?」
セニアへの愛しさを噛み締めるチカの背後から声がかけられた。
上等な仕立てのスーツに、身体の前に両手で杖をついた老紳士がそこにいた。
脱獄囚『気狂いの美食家』ブルームだ。
「・・・どちら様でしょうか?全従業員と宿泊客の避難は既に済んでおります。宿をお間違いでは?」
チカの全身を緊張感と殺気が包んだ。目が据わり、かつてのチカが顔を出す。
ブルームの全身から醸し出される異様な気配が触発させたのだ。
「いやいや、間違いありませんよ。ここには育ちの良さそうなお嬢さんがたくさん居そうですからね。特に最後に入っていった栗色の髪のお嬢さん。素敵ですね、お知り合いなら名前を教えていただけますかな?」
ブルームの雰囲気が一瞬で切り替わった。温和そうな老人から、得体の知れない禍々しいものとなる。
「お嬢様の名前?貴様、何をするつもりだ?返答次第では・・・今日が命日になるぞ!」
チカが構えた。手に何かが握られているが、内側で見えない。
「なぁに、ちょっとお嬢さんの味を確かめるだけですよ。あれぐらいの子供はお尻の肉が一番柔らかくて美味なんでね。もちろん、味の感想は聞かせてあげますからご安心なさい」
余裕を持ったブルームの語り口。しかしそれに反して出てくる言葉は食人をにおわせる。
「貴様ぁ、どうやら本当に死にたいようだな!」
敬愛するセニアに向けられた禁忌の欲望に、チカは修羅の如く怒った。
ここに、脱獄囚たちとの戦いが人知れず始まった。
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