第319話 「脱獄囚。それは暗黒からの使者」(ストーリー)
宿場町から東に数キロ離れた地点。そこに、セニアがもたらした情報どおり、夜襲をかけるべく野盗の一団が駐留していた。
人数はおよそ百人。大半は下級冒険者程度の戦力だが、数人の手練れと、数人の脱獄囚がその総合力を引き上げる。
「チャールソンさん、手下共の準備は出来ました。あとは日が落ちるのを待つだけです」
唯一張られたテントの中、白衣を纏い胡座をかいて瞑想をしている男に野盗が声をかけた。
男の名はチャールソン。脱獄囚の一人であり『滅びへの救導者』と呼ばれた男。
かつて刺激を求める多くの若者たちを言葉巧みに唆し集団を結成すると、『怠惰からの脱却』という言葉を掲げて富裕層を狙い、強盗殺人を繰り返した狂気の指導者だ。
チャールソンが目を開いて立ち上がった。全てを呑み込むような大きな瞳孔だった。
顔を覗き込まれ、野盗の男は思わずたじろぐ。
「ふふふ・・・よろしい、では皆さんにお伝えなさい。日が落ち、町の明かりが半分消えたところで出る。と」
口から漂う強い薬物の匂いが野盗の鼻腔に刺さる。
怯え、震えながら「わかりました」と言うと、男はテントを飛び出した。
◆
野盗などという基本粗野で横暴な連中は、幼少の頃より体格に恵まれている。
しかし、そんな恵まれた者たちの中で、身長、肩幅と二回り以上勝る体格の男がいた。
脱獄囚エディック。通称『くびりのエディック』。
身長は二メートルを超える体躯にして明晰な頭脳も併せ持つ。
筋骨隆々の肉体の戦闘力は上級冒険者に匹敵し、怪力で百人以上の、体格で劣る女性を絞殺した。
犯行当時は巧みな捜査撹乱を行い、単独犯でありながら犯人像を複数犯へと錯覚させ、数年間逃げ延びた。
そんなエディックは、夜襲において欲望のままに暴れまわるために、精神を集中させ昂らせていた。
焚き火を起こし、興奮作用のある葉を投じてその煙を吸う。
肺を通じ血中、全身に効能が行き渡ると、ただでさえ巨大な筋肉がはち切れんばかりに膨張する。
脳内は冴え渡り、五感が研ぎ澄まされ、感覚の輪が広がる。
「いいぞぉ・・・絶好調だ。片っ端から殺してやるぞ・・・」
陶酔の世界に浸りながら、エディックは傍らに座る奴隷の女に手を伸ばし引き寄せる。業者を襲って手に入れたものだ。
身体の前で女の頭を両手で掴むと、静かに力を込める。ゆっくりと頭の形が変わっていく。
「ひ、ひぃっ、たすけ・・・あぎゃっ!」
命乞いの途中で頭を潰され、奴隷の女は地に倒れた。
エディックは性交の代替行為として女を殺し、興奮と快楽を得るのだ。
◆
夕焼けの空の下、簡素に組み立てられた大型のテーブルに無数の魔法珠が並べられている。
その内側には光の粒を孕んだ輝く橙色の模様がうごめく。爆発魔法が封じられていることの現れだ。
「通常のモノはこの五十個目でおしまいっと。で、特別なのはこっちだ・・・」
そう言いながら、男は机の端に黒い中身の掌大の瓶を置く。
男の名はセジーマ。『見えない爆弾魔』と呼ばれた脱獄囚の一人だ。
セジーマは爆発魔法の扱いに長け、規模や時間を自在に調節することが出来た。
そしてその緻密に制御された爆発を魔法珠に封じ、時間や対象を正確に爆破する。
それによってセジーマは多くの建物を爆破し、合計で五百人以上の命を奪ってきた。
両腕をテーブルの上に乗せ、全身で覆い被さるように魔法珠をかこうと自身の方へと掻き寄せる。
衣服に取り付けられた収納の魔法珠が、爆発の魔法珠を全て吸い込み収めた。
「さて・・・何人殺せるかな。なんなら、町ごと全部吹っ飛ばしちゃうかもね・・・ひひひひ」
邪悪な想像にふけりながら、セジーマは机に残されていた瓶を手に取ると、蓋を開き中身の黒い粒を口の中に流し込んだ。
「ふふ・・・奥の手は大事にしとかなくちゃね」
笑いながら呟くと、粒を呑み込み、胃へと押し込んだ。
◆
群れの端、野盗にも脱獄囚の誰にも近づこうとしない男が一人。脱獄囚のラミーラミーだ。
背は高く整った顔立ちだが、全身から醸し出される黒く歪んだ異様な雰囲気が人を遠ざける。
ラミーラミーは聞き取れないほどの小声でなにかを呟き続けていた。
それが邪神への祝詞のようなものであることは、本人のみが知るところだった。ラミーラミーは個人の邪神崇拝者なのだ。
祝詞を唱え終わると口を閉じ、しゃがんで地面にナイフを突き立てた。
ナイフが走り、一つの大きな円と、数本の直線を描く。
円の中の逆さの五芒星と逆十字。共に悪魔を象徴する模様で、それを重ねて描いた悪の紋様。
描きあがった紋様の上に跪くと、礼拝のように両手を着いて口づけをする。邪神へ信仰心を捧げ、その声を聞き、力を我が身へと注がせる儀式『神皿供投』だ。
紋様から、魔の力が黒い紐状となって顔を覗かせると、目、鼻、耳、口から体内へと潜り込んでくる。
それはまるで紐状の寄生虫のようだった。
数十本にものぼる黒い紐が我先にと中に潜り込むと、少し間をおいてラミーラミーは顔を上げ立ち上がった。
恍惚の表情で空を見ると、口が裂けそうなほど口角を上げて高笑いをする。
全身が邪な力で満ちていた。
◆
完全に日が落ちたところで、脱獄囚たちが一ヶ所に集まった。
各々が一般人や野盗、冒険者とも違う異様な雰囲気を纏っており、それが並び立つことで現実離れした空間を思わせる。
「日が落ちました。一刻ほどおいて出ます。皆さん準備はよろしいか?」
音頭を取るのはチャールソンだ。かつて集団を率いていただけあって、違和感なく率先した行動をとる。
「おや、ブルームの爺さんが居ないが?」
最も背の高いエディックが周囲を見回しながら尋ねる。
「御仁には一足先に町に入ってもらっています。老体なので私たちとは足並みがそろわないそうです」
チャールソンが目を閉じたまま答えた。
「彼は紳士だからねぇ。うまいこと紛れ込めそうだねぇ、抜け駆けしなきゃいいけど・・・ひっひひひ」
セジーマが陰気に笑った。
ラミーラミーがつられて笑う。が、すぐに止まって頭を搔きむしる。
「いい、いいなぁ・・・さきに殺すんだろうなぁ・・・僕もいきたいな・・・」
悶え、身体を振り回し、フケを飛び散らす。
「聞いた話では、あの町に高貴な身分の令嬢が居るとのことだからな。あの爺さんの大好物だ。つまみ食いは充分あり得そうだがな。ま、幸いオレたちは趣味がかぶってねぇんだ。狙いたいヤツを狙えばいい」
下顎全体を覆う髭を撫でながら、エディックは微笑む。
エディックの言うように、脱獄囚の五人は全員が各々別方向の嗜好をもつ。
チャールソンは従う者たちを導き、集団で富める者を襲い殺すこと。
エディックは若い女を苦しめ汚すこと。
セジーマは爆発で多くの人間を無差別に爆破し、その叫びに耳を傾けること。
ラミーラミーは襲い、奪い、殺す。理性や制御はなく、思うがままに動く。
そして、ブルームと呼ばれた男の悦びは、幼い人間を食することだった。
◆
「お嬢さん、ちょっとお尋ねします。宿の場所を忘れてしまったので教えていただけませんかな?」
野盗の襲来に備え慌ただしく防備を整える宿場町の一角で、リンが一人の老紳士に声をかけられた。
「宿?どんな名前ですの?」
聞き返された老紳士が宿の名前を告げると、リンは町の中央にある一番大きなホテルを指差した。
「一番大きくて豪華な、あの建物ですわ」
指の方向を向く老紳士。その仕草は年齢相応に優雅や品を孕んでいた。
「おじいさん、今夜は騒がしくなりますので、決してホテルから出てはいけませんわ」
「そのようですな・・・そうするのが得策でしょうな。ご忠告ありがとう、お嬢さん。それでは・・・」
帽子を外しながら会釈をし、老紳士はホテルへと消えていった。
この時、リンは全く気づいていなかった。
この老紳士が『気狂いの美食家』と呼ばれる脱獄囚の「ブルーム」だと言うことを。
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