第316話 「変態メイドと受難令嬢・前編」(ストーリー)
カルカリ監獄から南の宿場町。
戦いによって負った、命に関わる傷を癒すためにリンは診療所を訪れていた。
傷を負った箇所は心臓で、状態は動脈の裂傷。
当初は回復魔法で対処できると考えていたが、箇所が箇所だけに、正確な治療を行うために診療所へと足を向けたのだ。
運が良かったことに、リンの心臓への攻撃の経路は鎖骨の裏の窪み、いわゆる鎖骨上窩。からのナイフの刺突。
リンは動脈の裂傷を、胸筋を締め上げることで血管を圧迫し、出血を食い止めていた。
「よし、傷口を繋げた。局部魔法をやってくれ」
診療所の医師が傷口から鉗子を差し込み血管を押さえた瞬間に、回復魔法を傷口の癒着のみに発動させる。
血管が回復を終えると、鉗子が引き抜かれて回復魔法がその順路を追って肉体も癒す。
この施術よって、傷は根本から完治した。
「ふぅ、この町で長いこと医者をやっとるが、あんたみたいなやり方で止血をしながらやってきた患者は初めてだよ。六姫聖は噂に違わない常識外れだね」
術後、椅子に腰を下ろしてコーヒーを口にしながら医師が感心する。
「さしずめ、任務への責任感がなせる業。といったところですわね」
傷の塞がった身体の感覚を確かめるようにリンは腕を回しながら応えた。
「語弊があるな、リン・スノウ。いくら責任感や忠誠心が強いからといって、筋肉だけで止血するなんて離れ業をやれるのは貴様ぐらいのものだ」
呆れた物言いで口を挟むのは、拘置所に脱獄囚を預けてきたジョンブルジョンだ。
「あら、そっちは終わりましたの?」
「賞金首というわけではないからな、警察に引き渡してお仕舞いだよ。ところで、我々に客人がいる。役場に行くぞ」
「客人?一体だれですの?」
「行けばわかるさ」
事態を理解できないまま、リンはジョンブルジョンの連れられて町役場へと向かった。
◆
リンとジョンブルジョンが町役場に到着すると、役場から青い顔をした町長が出てきた。二人に歩み寄る。
「お待ちしておりましたスノウ様。お呼び立てして申し訳ございません。ですが、我々では作法がわからぬゆえ、宮仕えのうえに武門の名家であられるスノウ様の協力をいただければと思った次第でございまして・・・」
青から黒に顔色を往き来させながら、町長はボソボソと語りかけてきた。
「私に作法の協力を?ということは、先ほどの馬車の・・・そういえばあの紋章・・・」
リンの脳裏に馬車に施されていた装飾が浮かび上がる。
ダリアの花とその下に受け皿状の麦の穂。隣国の辺境貴族ビバリオ家のものだった。
「そう気構えられなくても結構ですよ。お嬢様は寛大な心をお持ちの方です。知らぬ作法を求め、強要なさることは御座いません。ね、お嬢様?」
「うむ、そのとおり。私は些末にとらわれないぞ。次期領主の懐は大きく深いのだ」
軽妙なやり取りをしながら、一組のメイドと少女が現れた。
少女が前に出てリンに対面する。
「はじめまして。リン・スノウ様でいらっしゃいますね?私はビバリオ家次期当主のセニアともうします。この度はお助けいただき感謝いたします」
胸の前に手を置き、頭を垂れる。
幼いながらも堂に入った所作に、リンも相応の振る舞いで挨拶を返した。
「ところでセニア様、一体どのような経緯で野盗に追われていらっしゃったのですか?」
リンが尋ねる。
当然の質問だった。ビバリオ家は隣国の辺境領主、ルゼリオ王国内で野盗に追われる理由がないのだ。
「あ、ああ・・・それは・・・」
言い淀み、目が泳ぐセニア。そこにメイドのチカが割って入る。
「それは私がお答えします」
後ろから、そっとセニアの胸に両手を乗せて包むように抱く。愛情のこもった仕草だった。
チカが言うにはセニアは今年で十歳を迎え、来年には次期領主として領地経営を学ぶためにレイセント学園へ入学する。
それにあたって領地の状況を知ることを現領主である父に命じられ、視察の旅を行っていた。
その最中、国境付近で休息中に野盗の群れと遭遇し、さきほどの事態となったとのことだった。
「その際、偶然ですが耳にしてしまった彼らの計画がございます」
「計画ですって?」
チカの口から、身の上話に続けて意外な情報がもたらされた。
思わずリンが眉をしかめる。
「はい。なにやら、今夜この宿場町を襲撃するという予定をたてているらしく、私たちは偶然にもその話を耳にしてしまい追われることとなったのです」
「なるほどな。どうやら連中、死刑囚を仲間に加えて気が大きくなっているらしい。わざわざ事を荒立てにくるとは」
チカの話を受け、ジョンブルジョンは呆れた声を出す。
「襲撃ですと?そんな無茶苦茶な。ここはただの宿場町ですぞ」
青くなっていた顔をさらに青くして、町長が叫ぶ。
「ご安心を町長殿、六姫聖と四凶がいるのです。町は守りきって見せましょう」
ジョンブルジョンが言い切ると、リンも同意して頷いた。
二人の強力な助っ人に町長は安堵し、対策を立てると言って役場内へ消えていった。
◆
「さてと、お話が一段落着いたところで・・・セニアお嬢様、ひとつ疑問が残りますわね」
町長を見送ったリンがちらりとセニアを見る。
セニアは一瞬身を震わせ「うっ!」と怯んだ。成人男性でも見上げるほどの高身長のリンが見下ろすのだ威圧感はただ事ではない。
「な、なんでございますか?リン様?」
かろうじて笑顔だがこわばっている。動揺を隠しきれていない。
「いくら国境付近で追われることになったとはいえ、踵を返して領内に逃げ込めばよろしかったのではないですか?」
「え、あの・・・そ、それは・・・」
リンからの問いかけにセニアの顔が赤くなる。
「セニア嬢、隠し事があっては信用に関わります。ただでさえ貴女は国境侵害の状態ですので潔白であるなら証明していただかなくてはなりません」
「あ、あの、実は・・・むぐ」
子供相手とはいえ毅然とした口調でジョンブルジョンが問いただすと、観念したのかセニアが上を向いて口を開いた。
しかしまたしてもチカが動き、両手で口を塞いできた。
「それをお嬢様自身の口から語らせるのは、あまりに酷でございますゆえ、私がお話しさせていただきます」
静かで無表情にチカが申し出た。
そのときのセニアは「は?」と間の抜けた顔と声だった。
「実はお嬢様は、世にも珍しい受難体質の方なのです」
「受難体質?なんですのそれ?」
「こちらの国で言うところの、加護にあたります。生まれながらに持ち、良し悪し問わず作用する。ですが、お嬢様の場合はその名の通り悪いかたちでのみ作用し、今回はそれが発揮されました」
チカはここまで語ったところで、少し頬を赤らめた。話を続ける。
「私たちが国境に近づいた際、お嬢様はかつてないほどの尿意をもよおされたのです」
無表情のまま発せられる意外な言葉に、リンとジョンブルジョンは揃って「はぁ?」と返した。
「ち、ちょっとチカ、もう少し表現を考えなさい!」
顔を真っ赤に染め上げたセニアが声を張り上げた。しかしチカは構わずに続ける。
「押し寄せる激しい尿意。しかし周囲は建物ひとつない荒野。我慢するお嬢様は内股で身をよじり、冷や汗をかきながら濡れた子犬のような目で私に助けを求めのです。どうしよう、漏れちゃう。と、ああ・・・」
語りは静かだが口調が加速し、言葉数が増える。静かに興奮をしていた。
立て板に水となったメイドの口は止まることなく、主の痴態を語り続けた。
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