第315話 「違和感」(バトル)
カルカリ監獄から脱獄した死刑囚『バーコン』と『ゾルディ』。
共に若い恋人たちのみを狙うという共通点を持つ連続殺人犯。
バーコンは必ず男から殺し、女に恐怖を与え命乞いをさせてから刺して殺す。
ゾルディは順番は関係なく二人を殺すと、その身体に嫉妬と離縁を象徴する神『オノシエ』のシンボルを刻む。
目的や手段は違えど、どちらも命を軽視する凶悪犯だ。
そんな、法の下には生きるに値しないとされた男二人が、リンの前に立つ。
「・・・」
「・・・」
死刑囚は無言のリンを見る。
空虚な目だった。殺意も敵意も無い、生気すらも感じられなかった。
その雰囲気を感じとったリンが不快感に眉をしかめる。
「?なんですの?気味の悪い・・・なんだか戦っても面白くなさそうですわね」
不気味な空気に臆すること無く正面から批評を口にする。期待を裏切る敵は興を削ぐのだ。
しかしその不気味さは、リンの闘争心にほんの少し警戒心を芽生えさせた。
リンが左の回し蹴りを水平に放った。
高身長で足も長いリンの水平蹴りは、平均身長の百七十センチ強程度である死刑囚二人の胸の位置にあたる。
本来なら当たれば即死級の蹴り。だが、警戒し、精彩を欠いた蹴りは容易く反撃を許した。
「痛ぅっ!」
声を上げてリンが足を止めた。その脛には深々とナイフが突き立てられ、ふくらはぎにまで貫通していた。
「ずいぶん硬い肉だね。女の肉は柔らかくないと刻み甲斐ないんだけどね・・・」
いつの間にかバーコンが逆手にナイフを握っていた。突き立てられたものと同じナイフだった。
「私の身体を易々と貫くなんて・・・やってくれますわね」
二歩下がり、深傷をものともせずに両足で立ちながらリンは笑う。
「ああ・・・馴れてるんだ。女を刻むのは・・・」
バーコンは日常会話のように呟いた。
「このナイフ、邪魔ですわね・・・っと!」
リンが右足に力を込め、左足のナイフの先端を前から右脛に叩きつけると、ナイフが傷口から飛び出し地に落ちた。
それを左足で踏みつけて砕く。
「どうやら、殺人犯という連中は戦士や冒険者とはまた違うところにいるみたいですわね」
体験談からの推論を述べるリン。
「そのとおりだ。そして手口も多種多様なのだ」
背後から声がした。もう一人の死刑囚ゾルディのものだ。
「いかん!リン・スノウ!しゃがめ!」
状況を俯瞰していたジョンブルジョンが叫んで危険を知らせる。
「遅いよ」
ゾルディの言葉の直後、リンの後頭部でなにかが爆発した。
強烈な衝撃が頭部を通過し、巨体が前のめりに揺れた。
「ああ・・・が・・・」
「確かにただの女じゃないな。これを食らって即死しないとは・・・この女、オーガの類ではないか?」
感心するゾルディの手には一本の鉄の管が握られていた。爆発は管から発射されたものだった。
二、三歩よろけながら進んだところで、リンは上体をたわませたままで踏みとどまった。
足はしっかりと踏ん張ってはいるが、頭の中は不規則に掻き回されていた。
後ろから、リンの首筋に冷たいものが触れた。即座に察知した。ゾルディのあの管だ。
しかし、乱れた頭では察知はできても対応までは及ばない。
「これならどうかな?」
首が爆破された。一気に三発。右手の指の間に一本ずつ管を挟んでの一斉発射だった。
「あぎゃあ・・・」
聞くに耐えない悲鳴をあげて、巨体がさらに前に揺れた。両膝が地に着く。
膝を着いたところには、バーコンが待ち構えていた。
逆手のナイフを、リンの左の鎖骨部の窪みに心臓に向かって突き立てる。
「ぎぃ・・・」
苦痛で顔が歪む。
鋼のごとき強靭さを誇るはずのリンの肉体が、またしても刃の侵入を許した。
柄まで刺さったナイフから手を放すと、バーコンは距離をとった。
「心臓を狙いたかったけど、胸板が厚すぎて刃が通らなそうだったからね、筋肉が薄い鎖骨の裏を狙ったんだよ」
両手を開いて見せながら、バーコンは自慢げに語る。
「それにしても君の身体すごいね。今まで刻んだ、どんな人間の身体より硬いよ。男よりずっと頑丈だね」
リンの身体がさらに前傾し、ついには顔から地面に倒れた。
後頭部からは煙が上がり、ゾルディの攻撃の威力を物語る。
暴風の陥落を見届けると、ゾルディが指に挟んでいた金属製の管を手を開いて落として捨てた。
管の中に風、火、雷の三つの魔法を仕込み、標的に向けて混合魔法弾を発射する、ゾルディ特製の凶器。これを使い、六十人以上を葬ってきた。
「たしかに頑丈だ。私の攻撃をあれだけ食らって原形を保っているだなんて、獄中で腕が鈍ったのかと不安になった」
ゾルディは新たな管を懐から取り出す、
「それにしてもあの男、仲間が殺されそうだっていうのに助けようともしないなんてずいぶん薄情じゃないか」
半笑いのバーコンが目を向けた先にはジョンブルジョンがいた。指摘されたとおり、落ち着いた態度で成り行きを見守っている。
ジョンブルジョンの態度。それにはもちろん理由があった。それは。
「ちょっと油断が過ぎるのではなくって?」
伏したリンが声を発した。命の危機に貧しているとは思えないほど、健やかな声だった。
ジョンブルジョンはリンがあの程度の攻撃で絶命するなど、微塵も考えていなかったのだ。
リンの岩のような右手がバーコンの足首を掴んだ。
「ひっ・・・」
掴まれた恐怖で思わず怯んだ声をあげそうになったが、それよりも早く手は足首を握りつぶした。
「ぎゃあああ!」
激痛によってバーコンは絶叫する。
「ば、化け物め!」
ゾルディが管をリンに向ける。
が、下方から伸びてきた左の蹴りが、管と手を諸共に潰した。
さらに潰された衝撃で管内の魔法が暴走、暴発し、ゾルディの右腕が砕け散った。
「ひぃぃいいい!」
甲高い悲鳴。断末魔のごとき叫びだった。
バーコンが倒れ、ゾルディがのたうち回る。
それと入れ替わるように、リンが立ち上がった。爆撃を受けた脛部を手で押さえていた。
「痛ぅ・・・まだ痛みが残ってる。私もまだまだね」
反省を呟きながら悶える二人を見下ろすリン。
「ふぅ・・・敵の生死も確かめずにお喋りだなんて、あなたたち素人ですわね。緊張感が足りませんわ。まぁ、弱いものばかり狙っていたから残心の概念も無いのでしょうね」
呆れながら深いため息をつくと、リンは二人の腹を爪先で蹴って失神させた。
「片付いたようだな。しかし、どこか不調か?この程度の連中の攻撃にしてやられるとは貴様らしくないぞ」
決着を見届けたジョンブルジョンが近づいて声をかけてきた。
「情けないところを見られてしまいましたわね。素人のこんな攻撃を許すなんて・・・」
言いながら鎖骨の内側のナイフを引き抜くと、筋肉を引き締めて出血を強引に止めた。
「!!これはまずいですわね」
「どうした?」
「刃が心臓の動脈に達してましたわ。緊張を緩めれば一気に出血するでしょう」
「ならば、黒聖母の回復魔法を封じた魔法珠を使えばよかろう」
「そ、それが・・・哨戒だけのつもりだったから宿に置いてきたんですの」
「な、馬鹿な!?」
申し訳なさそうに白状するリンに、ジョンブルジョンは呆れて声を裏返す。
「だったら、急いで帰るぞ!こんなところで失血死なぞ馬鹿馬鹿し過ぎる!」
「ごめんなさぁい」
叱責され、しょげた顔のまま、リンはジョンブルジョンと死刑囚を引きずって帰路を急いだ。
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