第314話 「不穏な敵」(バトル)
カルカリを取り巻く現状をリンたちが知らされた翌日、監獄南の宿場町に向かって北東から駆ける一台の馬車があった。
馬は二頭の白馬、荷台には豪華な装飾。やんごとない身分の者が乗ることを表している。
そして馬車の後方には約三十騎にのぼる騎馬の集団。
騎手は各々が武器を手に取り、怒声を上げながら馬車を追い、その差は徐々に縮まっていた。
「お嬢様、道が荒れております。しっかりお掴まりください!」
手綱を引いて馬車を操りながら、荷台の中で身を縮ませる主に御者が声をかける。
「チカ、あれぐらいの数、お前ならなんとかなるだろ」
荷台の中から少女の声が聞こえた。お嬢様と呼ばれた者だ。
「いえ、あの連中、数人手練れが紛れています。私一人ならともかく、お嬢様をお守りしながらとなると身の保証が出来かねます。ここは宿場町まで逃げるのが得策です!」
チカと呼ばれたメイドが手綱をしならせ馬車を加速させる。
だが、二騎が突出し距離を詰めてきた。
二騎の内の一人が手斧を投じ、それが荷台の屋根に刺さった。
「きゃあ!」
荷台の内側に刃の顔を見せる斧に、少女が悲鳴を上げ、その声が野盗たちを一層興奮させる。
「育ちの良さそうないい声で鳴きやがるぜ。どこぞの令嬢か?御者のメイドも上玉だし、噂どおりだな」
「ぎゃははは!さっさと取っ捕まえて売っぱらっちまおうぜ!」
突出した二騎の野盗が奇声で喜びと興奮を表現する。
加速し、さらに前に出ると、馬車の左右に張り付くように並走する。
「くそっ、追い付かれた・・・私がこの程度の奴らに」
チカが左右を一瞥し、野盗の顔を見る。共に下卑た笑いを浮かべていた。
「おら、止まれ!」
馬を狙って、右は長剣、左は斧が振り下ろされる。
空を裂く音がした。そして肉が潰れる音。飛び散る血の臭い。崩れ落ちる人。
「ぐぇ!」
「ぎゃ!」
短く濁った男の悲鳴。落馬したのはチカではなく野盗だった。
二人の野盗は、前方から飛来した拳大の金属の球と石によって顔面を砕かれていた。
◆
「うん、命中ですわね。まぁ当然ですけど」
「こっちも仕止めた。向かってくるなら当てるのは容易だな」
チカの御する馬車の向かう約百メートルほど先に、二つの人影がある。哨戒中に事態に出くわしたリンとジョンブルジョンだった。
二人は哨戒の最中に追走劇を認めると、事実確認を後回しにして悪そうな方を問答無用で投擲と砲撃で攻撃したのだ。そして涼しい顔で寸評を口にする。
「そこのお嬢さん、まっすぐ進んで町に入りなさい!」
気品に満ちた、よく通る声でリンがチカに呼び掛けると、二人に礼を言って馬車は横を通りすぎた。
「てめぇら、よくもやってくれたな!」
仲間を殺された野盗の一団が、各々武器を手に取って襲ってきた。
だがこの野盗たちは大きな見落としと思い違いをしていた。それは、最初の二人の死因を把握していなかったことだ。
野盗はリンとジョンブルジョンを、多少腕のたつ冒険者程度にしか認識していなかったのだ。
両拳を全力で握り、リンが打撃の構えをとった。
「さぁ、まとめてかかってらっしゃ・・・ん?」
暴風の二つ名を存分に発揮するために前に出ようとしたところで、遮るようにジョンブルジョンが前に出た。
両手を前に突き出すと、義手の両手首から先が真下に折れ、手首から射出口が顔を出す。
「こんな数、いちいち相手にしていられるか」
「え、ちょっと貴方、なにをするつもり・・・」
リンの言葉を待たず、ジョンブルジョンの両手首の火炎放射器から燃え盛る火炎魔法が放出された。数十人の野盗が一斉に炎に呑まれる。
「ぎゃああああああ!」
「ひゃ、かっ、ひっ・・・」
熱に悲鳴を上げる者、炎で喉を焼かれて苦しむ者、驚いた馬から振り落とされ踏み殺される者。
野盗の集団は一気に瓦解し、馬は散り散りになって逃げ去り、地には死体が転がった。
「ジョンブルジョン、なにやってくれてますの?せっかくのお楽しみが台無し!自分だけズルいですわ!」
出し抜かれ、楽しみを奪われたリンがジョンブルジョンの襟を掴んで前後に揺さぶる。
「ぐ、ぐわ、わ、お、落ち着け、リン・スノウ。ちゃんと貴様の分は残してある。ほれ」
前後に揺すられながらジョンブルジョンが指すと、その先には炎を回避した数人の野盗の姿があった。
メイドのチカが言っていた手練れたちだった。
視認した途端、リンの目が輝く。
「あら~、あら、あら、確かにメインディッシュが残ってますわ。わかってるじゃないですの」
襟から手を放し、小躍りしそうなほどのはしゃぎぶりで前を向くリン。
後背筋が膨張し、臨戦態勢をとる。
炎を免れた野盗は五人。
内三人はザンバラ髪に無精髭のいかにもといった感じの盗賊。
しかし残る二人は違っていた。目に殺気などはなく、どこか遠くを見ているような、異質な二人だった。
全員、興奮した馬に逃げられ下馬していた。
「あの二人・・・!リン・スノウ、気を付けろ。あいつら、昨日ギネーヴが言っていた脱獄囚だ」
「知ってる顔ですの?」
「ああ、バーコンとゾルディ。共に、若い恋人たちだけを狙って数十組以上殺害した連続殺人犯だ」
「それはそれは、ずいぶんと趣味のよろしいことで・・・つまり、思いっきりやっちゃっていいクソヤロウってことで良いですわね」
「ま、そういうことだ。好きにするといい」
昂ったリンを見て、ジョンブルジョンは巻き添えを警戒して数歩退いた。
「くそっ、馬が全部逃げちまいやがった」
「仲間も殆ど死んじまったぜ。大損害だな」
「こうなったら、あいつらの命で補ってもらうとしようや」
生き残った手練れの野盗三人が、それぞれ武器を手に取った。
全員が長剣だった。
「よし手前ぇら、囲むぞ。散れ・・・ん?」
三人の野盗の中央の男が、左右の二人にリンへの包囲の指示を出そうとしたその時、視界が闇に包まれた。
「ぐへぇ!」
直後、中央の野盗の顔面を激しい衝撃が襲う。
視界を包んだ闇、顔面への衝撃、その正体は一つ。リンの飛び膝蹴りだった。
リンは野盗たちの抜剣を戦闘開始のゴングとして、攻撃を仕掛けた。
一歩前に出て、そして跳躍。五メートルはある距離を一瞬で詰めたのだ。
破城槌のごとき膝の一撃によって、野盗の一人は頭部を潰され絶命した。
一瞬の出来事に、左右の野盗は呆気にとられ身体が硬直した。そしてそれが命取りだった。
「ふん!」
着地するより速く、リンが両拳を上げて、腕を左右に広げて一気に振り下ろす。
「ぎゃ!」
「ぺぇ!」
左右の野盗の頭を拳が上から叩き潰し、二人は血を飛び散らせて絶命。
緊張感が生まれる前に、戦いは終わりを迎えた。
「お次は貴方たちですわ。せめてかすり傷ぐらいはつけてくださるんでしょうね?」
残った死刑囚の二人を見るリン。
頭部を砕かれた死体に囲まれて、暴風は怪しく微笑み胸を高鳴らせた。
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