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第30話 「下げ緒七術」(バトル)

 常識はずれな肺活量によって煙幕は霧散し、サイガとリンが再び対面を果たした。

 リンの腕には、先ほどまで振り回されていた鎖が、蛇のように巻き付き、拳を覆っている。

「さぁ、邪魔な煙は消え去りました。続きを楽しみま、しょう!!」

 リンは言い終わる前に、深く一歩踏み込み、サイガへ一直線に距離を詰めた。その速度は正に一瞬、言葉を置き去りにするほどのものだった。

 リンの右の拳が、下から弧を描く軌道でサイガの顎に迫る。サイガは反応する間もなく、その拳を受ける入れることとなった。



 石を叩き割るような乾いた音が修練所に響き渡る。思わずセナとエィカが両手で顔を覆った。

「!!軽い?」

 リンは拳に伝わる衝撃に違和感を覚えた。サイガの体格から想像される、拳への抵抗が予想よりも弱かったのだ。

 それもそのはず、リンが打ち抜いたのはサイガの顎ではなく、響いた音の通りただの石だったのだ。

 サイガはリンが鎖で床を穿った際に、変わり身のために石を懐に忍ばせていたのだ。

 拳に砕かれた石が地面に落ちた。

「ど、どういうことですの?たしかに私は顎を・・・」

「変わり身だ」

 動揺するリンの後ろからサイガの声が聞こえた。その声には人間の温度はなく、殺意が耳から入ってきたようなおぞましさがあった。サイガが『無』の状態を発動させたのだ。サイガは決着を決意していた。

 瞬時にリンの全身に冷や汗が吹き出る。恐怖が悪寒が全身を駆け巡り、恐怖が理性を凌駕した。

「がぁっ!」と、獣の唸りのような声を発して、リンが裏拳を放った。しかしそこにサイガの姿はなく、拳は空を切る。

 サイガはリンの肩に手をつくと、頭上を逆立ちで飛び越えた。リンの前方に腰を落として着地する。

 顔面を狙って、リンがつま先で蹴りこんできた。サイガはさらに体を落として股下をくぐり、後方へ回る。

「くっ、ここにきてちょこまかと・・・あ!」

 振り返るリンの膝裏に、サイガの足刀が食い込んだ。膝が抜けバランスを崩し、体が崩落する。

 後方へ向かう勢いと下方へ落ちる体重。二つの方向へ分かれたリンの重心はどっちつかずとなって、体が宙に舞った。

「しまった!」

 ほぼ水平となって落下し体がうつぶせの姿勢で地に迫る。リンは受身のために両手を構えた。が。

「げ!がぁっあ・・・」

 リンが苦悶の声を発した。口は大きく開き、唾液がこぼれ落ちる。

 サイガは落下してきたリンの真下に忍者刀を立て、みぞおちに柄をめり込ませたのだ。

 地面によって支えられた忍者刀は、不動の柱となってリンの背骨に達するまで食い込んだ。



 リンが両手両膝を地につけた。そのまま横に転がると、激痛に床でもだえる。

 何とか立ち上がろうと試みるが、みぞおちを支配する痛みがそれを許さない。

 体を起こすたびに、再来する苦痛で身をたわませる。

 極限状態なのだろう、最早、リンの顔から笑みは消え去っていた。そこいるのは、命の危機に、理性の吹き飛んだ獣だった。

「ここまでだな、終わらせるぞ」

 苦しむリンの正面で、サイガはつぶやくと、右手の忍者刀と、左手に持った鞘を同時に後方へ引いた。刀の柄と鞘から、わずかに何かが光った。

 次の瞬間、リンの足が上へ、腕が後ろへ、頭が後方へと各関節があらぬ方向へ固定され、拘束された。達磨のように丸くなった体が床に転がる。

「なっ・・・ご、ごれは・・・いったい・・・げぅ」

 逆流してきた胃液に喉を詰まらせながら、リンが現状に戸惑う。

「炭素繊維の糸で全身を拘束した。おれの知る限り最も細く、最も頑丈な最強の糸だ。動くなよ、無理に抵抗すれば体が切断されるぞ」

 サイガはリンの周囲を前後上下と移動する際に、体中に糸を巻きつけていた。それを巻き上げることでリンを拘束したのだ。糸は深くリンの体に食い込み、薄皮が切れ、血がにじみ出てきた。

「み、身動きが取れない・・・なんて・・・強力な糸・・・」

 魔法を主とする世界の住人に、化学繊維という物体は想像もしえないもの。リンは己を縛る未知の力に戸惑った。

 忍びには、鞘に巻かれた紐を使って様々な状況に対応する。

 野営の際に幕を張る、刀を足場に壁を登り手繰り寄せる等、計七つの使用法がある。これを下げ緒七術と呼び、今披露したのがその一つ、捕縛だ。


「さあ、ここまですれば充分だろう。おれの実力がわかってもらえたはずだ。試験を終わろう」

 サイガが再度、降伏を促した。

 『無』の状態は冷徹ではあっても、非道ではない。決着に対して躊躇することがなくなるのだ。

「冗談ではありませんわ!ここで降伏など、戦士の名折れ!この程度の糸、私の力を持ってすれば・・・」

 サイガの降伏勧告を蹴り、リンは再び筋肉を膨張させ始めた。

 無理やりに糸を引きちぎろうと、逆に向いた関節を戻すために力を込める。一層、糸が肉に食い込む。

「やめろ!意地を張るな!この糸は使いようによっては刃物よりも強い切れ味になる。手足が千切れ飛ぶぞ!」

 リンのあまりに無謀な行動に、サイガも語気を強める。

「がぁああああああ!」

「やめろぉおおおおおお!」

 退くことの出来ない二人の緊張が極限に達し、咆哮と絶叫がぶつかり合った。その時。



「いい加減にしないかこの馬鹿者!貴様それでも六姫聖か!」

 二人の声を掻き消すほど大きく、だが気品のある一喝が二人を静止させるように発せられた。

 声にサイガは動きを止めた。

 しかし、リンはそれ以上の反応を見せた。全身から力が抜け落ちると、顔が青ざめ、声の主へと顔を向ける。

 リンの向けた顔の先には、修練所の入り口で腕組みをする凛々しい顔立ちの騎士の姿があった。

「お、お兄様、一体どうしてここに?」

「お兄様?」

 リンの言葉に、サイガのそしてその場にいる全員の視線が一斉に騎士へと注がれた。

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