第306話 「ひとつとなって」(バトル)
「こ、こりゃあ・・・竜、なのか?あまりに形が悪すぎやしないか?」
穴から這い出てきたほぼ肉塊を見て、アールケーワイルドが最初に漏らした感想がそれだった。
身体は下半身が無く、上半身から直に尾が生え、長い首の先は頭の代わりに裸のペルシオスが十字の姿勢で肉に埋まり、生える翼は巨大だが左右非対称の飛行に適さない配置。
誰の目から見ても、設計が狂っていたのだ。
さらに異常な形態に拍車をかけるように、胸の部分に目玉が現れた。数は五の奇数、これも違和感と嫌悪感を後押しする。
次いで首と胸の間に歯並びの悪い大きな口が開いた。
なにもかもが生物としての法則を無視した形状だった。
傍観する全ての者がおぞましさに身を震わせた。
◆
素体は純粋な生命だった。
意思、目的、欲望、本能。生物が生きるために必要な要素をなにも持たず、ただそこにあって死んでいないだけの物体だったのだ。
そんな素体は、穴の中で解放された際に最も強い力を求めた。
最初に惹かれたのは、穴の中に積み重なっていた弱卒兵たちの身体と、ペルシオスの副官ノルスだった。
素体は瀕死のノルスと兵卒の身体を吸収すると、次にナルの魔力を食らい急速に肥大。その後穴から這い出した。
この時点で、素体はノルスの「ペルシオスへの忠誠心」で支配されており、主のもとへと参じる。
ペルシオスと合流した後は、その命に従って光の丘へと歩を進め、その果てにコージュの仕掛けた罠へと落ちた。
罠にかけられ、絶対零度の氷の針の筵に閉じ込められ、素体は命の危機に瀕する。
その状況で素体は求めた更なる力をそしてその渇望の牙は主であるペルシオスに向けられた。
貧すれば鈍する。忠義を忘れ欲望の権化と化したかつての忠臣は、求めるままに貪り発散した。
犯し、放ち、汚すことで密に通じ、支配下に置き、ついには主の持つ竜の力を我が物とし、竜への変貌を遂げた。
そしてここに『悪食竜ノルス』という、史上最も醜悪にして望まれぬ存在が誕生した。
◆
狂った欲望の果ての果てに生まれた、おぞましき竜ノルス。
戦士たちはその存在に、言い様の無い不快感と危機感を抱き殲滅の意思を固め一斉攻撃を仕掛けた。
「ニブダラ弾発射ぁ!」
ナルが脇に抱えた大砲形態のハチカンから、散弾のニブダラ弾を放つ。
しかしノルスは、柔らかい背の皮膚で全ての氷弾を受け止めると、それを全て体内に取り込んだ。
「くっ、吸収の性能が上昇している!?」
「ナルさん、一旦引いて補助に回ってください。攻撃は他の方に任せます!」
ノルスとの相性が悪いと見るや、コージュはナルに後退の指示を出す。
「なんということだ、この私が足を引っ張るとは・・・」
ナルはハチカンを解除すると後退する。
性質による相性の悪さとはいえ、己の無力さに歯噛みした。
魔法攻撃主体のために退いたナルに代わって、物理攻撃主体のウォルフジェンドとアールケーワイルドが前に出る。
二人は同時に右腕に集中攻撃を仕掛けた。
「ずぉぉおおおおりゃあああ!!」
アールケーワイルドが警棒を振りかぶり、右肘を外からの全力で殴った。
強烈な一撃は、肘間接を外から内へと強制的に曲げさせる。
内側に向かって曲がった肘から、折れた骨が露出した。ノルスの巨体が支えを失った右側に大きく傾く。
「ギャギョオオオオ!」
竜の雄叫びがあがった。胸の右側がうごめき、三本の腕が飛び出して地面に手を着くと傾いた身体を支えた。
「なんだその腕は!?しゃらくせぇことしてんじゃねぇ!」
ウォルフジェンドがベアリングボールを両手で連射した。
金属の真球が三本の腕に撃ち込まれた。めり込み、貫通し、瞬く間に形を失わせる。
再び支えを失った巨体が、今度こそ地面に横転する。
ノルスが腹を見せた。その一瞬後、無防備な腹に数十本の矢が突き刺さる。エィカが隙を逃さず仕掛けたのだ。
「今です!ジオールさん、霊幻兵団で竜を穴に押し返してください!」
「出ろ、兵団!ひたすらに突き進め!」
屋上からのジオールの命により出現した霊幻兵団が転がる身体にとりつくと、全兵が一斉ににノルスを押した。
数百という足音が地面を揺らす。
押されつつも、ノルスは抗った。
無傷の左腕で群がる兵を掴むと、胸に空いた大口に放り込み、噛み砕いて吸収する。
霊幻兵団はジオールの魔力によって生まれた存在。鎧を纏い吸収性に難があるとはいえ、時間をかけて咀嚼をすれば吸収が可能なのだ。
吸収された兵団は、そのままノルスの養分となった。
背には数本の巨大な角が生え、筋肉量も増加。さらに腕が二本増え、鱗は鋼鉄のように硬質化する。
「コージュよ、あれでは餌を与えているようなものではないのか?」
「いいんです。むしろ、もっと食べさせて育ててください」
屋上の縁を掴み、ノルスを凝視したままコージュは継続の指示を出す。目論見のある目だった。
吸収で数を減らされた兵団を、ジオールは再び召喚する。数は一定に保たれているため『押す』という単純作業は少しずつ巨体を穴へと追い詰める。
だが、その思惑を本能的に悟ったノルスは兵を吸収する頻度を早めた。
身体に口と手を増やし、次々に咀嚼、嚥下を繰り返す。
吸収したことにより、さらに身体は変質する。
身体は始めの頃より三倍ほどに膨張し、腕は太くなり、咀嚼の間に合わない兵を叩き潰し、残った腕で前に進もうと抗う。
「皆さん、兵団の援護をお願いします!」
コージュが叫ぶと、戦士たちはノルスに躍りかかった。
ウォルフジェンドはベアリングボールで全ての腕の間接を撃ち抜き、攻撃と抵抗を妨げる。
アールケーワイルドは兵団に参加して巨体を押す。その推力は兵団に五十体に匹敵する。
エィカは身体に生える無数の口と眼球を矢で貫く。
ゼタとダブラも己の武器を全力で振るい、再生を続ける身体を刻み命を削る。
光の丘に属する戦士たちの全ての戦力が、ひとつとなって竜の巨体を生まれ出でてきた穴へと押し返す。
ノルスが穴の縁となる崖へと追い詰められた。しかし、ここで更なる足掻きを見せる。
胸から、鋭い爪の生えた十本指の腕を五本生やし、兵たちを押し退けるように地面に爪を突き立て踏ん張った。
「しつこい!まだ足掻く」
命にしがみつくノルスの行為に、コージュは身を乗り出して怒鳴る。
「安心しろ、私が終わらせてやる!」
ここで、空中で手をこまねいていたナルが名乗りをあげた。大砲形態ハチカンの砲口が斜め下方、ノルスを向く。
「な、ナルさん?何を・・・」
「身体が吸収するなら、足場を狙う。やれ、ハチカン。カバカ弾、発射ぁ!」
精密射撃行うカバカ弾が、ノルスの足を穴側に向かって斜めに撃ち抜いた。
さらに五発、同じ軌道でまた地面を貫く。
ノルスの足場が崩れた。
爪を立てていた地面も、同じく斜めに穴に滑り落ちる。
足場ごと、ノルスは穴に落ちた。
「アギャアアアアアァァァァ・・・」
奈落の底に、声と身体が消えていった。
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