第303話 「食らいつく」(バトル)
「んぁ?よく見たらこいつ、顔が変わっとらんか?」
ウォルフジェンドとアールケーワイルド。ペルシオスの三者の攻防が入り乱れる。
鋭利で狂暴な竜の爪を警棒と分厚い筋肉で受け止め、無理矢理生じさせた隙に指弾を撃ち込む。
そんな中、アールケーワイルドはペルシオスの面相が変容していることに気づいた。
「おいおい、今さらかよ。そいつ、人間と竜の間の子供だってよ」
「半人半竜か。そりゃあ竜の力が扱えるわけだ。納得だぜ」
攻撃を凌ぎつつ、爪と牙を見るアールケーワイルド。その威力を想像して固唾を飲んだ。
「恐ろしいか、四凶の。ならば、貴様にも味わわせてやるぞ!『殺爪巻』!」
両手の爪を前に構え、竜巻のように全身を回転させながらの突進。
その強烈な威力により、足場である素体の身体が微塵に刻まれ飛散する。
「速い!避けられん!」
回避が不可能と判断したアールケーワイルドは腕を胸の前で交差、緊張させ、防御体制をとる。
「無駄だ!その腕、抉り飛ばしてやるぞ!」
激しい回転で腕を侵略するペルシオスの回転。皮膚と肉がブチブチと音をたてて断裂され、両者を飛び散る血で染める。
「さぁ死ぬがいい!破ぁっははは!」
「調子に乗るなよ、このアバズレが!この程度の攻撃、ワシの筋肉で・・・うぉおおお!」
気合いを込めると、アールケーワイルドの前腕の筋肉が収縮し引き締まる。
アールケーワイルドの怒りの奮起によって、ペルシオスの予想外のことが起こった。殺爪巻の回転速度が低下し始めたのだ。
「なんだと!?まさか、我の技を力で強引に封じるか!?」
「六姫聖の女オーガを倣った力業だ!人間のワシでも、やりゃあできるもんだな!」
リンを勝手に人外認定しながら、狂暴極まる竜巻を押さえ込む。
「今だ、やれ!」
回転が止まり、腕が捕まった姿を晒すペルシオスの上方にウォルフジェンドが跳躍して現れた。右手には一杯のベアリングボールが握られている。
「いい加減にくたばりやがれぇ!」
至近距離から大振りの大量投擲。勢い強く投じられた真球は、全てが黄金竜騎士の全身を満遍なく蹂躙した。
「あがぁっ!」
ペルシオスは短く鳴いて血を吐いた。投擲の勢いに押されて爪が抜け、素体に叩きつけられる。
威力は強烈だったが、竜統単の防御力で辛うじて深傷ですんだペルシオス。手が放れたことを幸いに緊急避難した。
「の、ノルス口を開け!コイツらを飲み込め!」
命の危機に貧したペルシオスが呼んだのはもっとも信頼をおく下僕の名だった。
主の命に反応した素体が、ウォルフジェンドとアールケーワイルドの足下に丸飲みできるほどの口を開いた。
「なに!?」
「ぬおっ!?」
前触れのない開口に、二人は不意を突かれた。口腔に落下するが、共に咄嗟に両手を広げ閉じようする上下顎を食い止めた。
退いたペルシオスは光の丘を背にその場に腰を下ろした。立つこともままならぬほど消耗したのだ。
「ふうっ、ふうっ、よくやった・・・ノルス、そいつらをそこに止めておけ。この間に、か、回復を・・・」
『身体活性』を発動させ、回復を図るペルシオス。しかし消耗の影響は竜の力にまで及んでおり、思う通りの効果を発揮できずにいた。
「おのれ・・・集中をせねば・・・このまま竜統単を保てぬ・・・はぁはぁ・・・」
目を閉じ精神を集中させ、回復に没頭する。その顔の横を、髪を掻き分けるように高速の物体が後方から通過した。
冷たい残滓。それは物体の正体が氷の弾丸であり、ナルの狙撃であることを語っていた。
不意の狙撃により、ペルシオスの怒りは一瞬で沸点に達した。
消耗したことも忘れて、跳ねるように立ち上がりながら、後方、狙撃位置と考えられる光の丘に向かって振り上げる剛爪の一撃『狂駆漆爪』を放つ。
感情任せの憤怒の攻撃。
縦に長く延びた三日月のような斬撃は、素体、地面、空気を切り裂きながら高速で光の丘に向かって一直線で走った。
◆
光の丘の屋上には冷気が漂っていた。ナルのハチカンの狙撃の名残だ。
冷気は戦闘の緊張によって高まった体温には心地よく、ほどよく気持ちも冷却してくれていた。
「エィカさん、来ました。極限まで引き付けて、建物の寸前で落としてください」
ナルに向かって放たれた狂駆漆爪が地面を割きながら高速で光の丘に近づく。
「はい。すごい威力だけど、ナル様と一緒なら・・・やれる!」
エィカが射った。
ほぼ同時にナルも撃つ。
超将軍の死に物狂いにして怒りの爪撃。その威力は異常なほど強く、二人の攻撃をもってしても相殺はかなわず半減させる程度に終わった。
「なんだと!?押し負けた」
「ナル様、もう一度!」
「ああ!いけ、ハチカン!」
二人は即座に第二射を行った。
再び二発が直撃すると、さすがの超将軍の攻撃も砕けて霧散した。
◆
「喝ァァアアアア!小癪な、抗うか六姫聖よ!」
ペルシオスが爪を振り下ろした。またしても縦の狂駆漆爪が、素体、地面を削りながら光の丘屋上に迫る。
「まだまだぁ!」
さらに下から上、上から下、振り下ろして、振り上げる動作を繰り返し、計六発の狂駆漆爪が飛び出した。
連続で身体を刻まれた素体が「ぐぉもぉう!」と喜び叫んだ。
◆
六連の殺意の爪に向けて、さらに氷の弾と神速の矢が連続で放たれる。
「セアッタ弾装填、発っ射ぁ!」
「風の精霊さん、矢を加速させて強化して!」
一万発の弾を発射するセアッタ弾と風の精霊によって速度を貫通力が上昇した矢が次々と狂駆漆爪に激突し諸共に消えていく。
相殺。
相殺。
相殺。
相殺。
相殺。
五つの狂駆漆爪が散った。
「あと一つ。あれはギリギリまで引き付けてください!」
計略の絵図面を描くコージュが指示を出した。
そして二人はそれに応えるだけの技量を持つ。銃弾と矢は絶妙な加減で最後の狂駆漆爪を攻めると、光の丘の数メートル手前で消滅させた。
「お見事です。計画通り・・・これで準備が整いました。あとは、あの化け物を罠に誘い込むだけです」
コージュがペルシオスと素体に目を向ける。
◆
「狂駆漆爪を全て退けただと!?おのれ、ならば更なる一撃で・・・」
怒りと本能のままに、ペルシオスが気を漲らせる。
だが、そんな怒りを冷まさせる一撃が正面から高速で飛来し、胸の中央に刺さるようにめり込んだ。
「ぐぉぉ!つ、冷たい?これは、氷の弾丸!?」
飛来したのはハチカンの銃弾だった。
さらに弾丸が飛来し、両手、両太腿を貫く。
ほぼ一瞬で五ヶ所を狙撃されたペルシオスはその場に崩れ両膝を着いた。
「なんという精密な狙撃・・・あの女、これほどの腕を・・・」
進み続ける素体の上で、光の丘の屋上を睨む。
「なんだよ、その感じなら、やっぱりさっきのが挑発だって気付いてなかったんだな」
後ろからウォルフジェンドの声が聞こえた。驚きと怒りを含んだ表情でペルシオスは振り向く。
振り向いた瞬間、右の頬骨をベアリングボールが正面から貫通した。
「!?」
何が起こったの理解でないまま、顔を抉られたペルシオスは前のめりに倒れる。
「さっきの狙撃、手前ぇの頬をかすめたのはワザとだよ。オレの弟子が考えた策に手前ぇら丸ごとハメるためのな」
倒れるペルシオスの前で、股を開いた姿勢で屈み込み、ウォルフジェンドは仔細を語る。
「普段の貴様、超将軍としての矜持を保ったままなら、のせられることはなかっただろうが、その血に流れる竜の本能が災いしたな。怒りを優先させてわずかな違和感に気付かなかった。ナル・ユリシーズが標的を外したという違和感にな」
ウォルフジェンドの後ろから、アールケーワイルドも現れ、敗因を告げた。
ノルスに口に捕らわれているはずの二人の登場に、ペルシオスは目を見開く。
「き、貴様ら・・・一体どうやって?」
倒れたまま二人を睨むペルシオスにウォルフジェンドは親指で口のあった場所を指した。
そこには、二人の代わりに口の中を埋め尽くすジオールの霊幻兵がいた。
「あいつらが口の中に飛び込んで、空いた隙間から脱出したってワケさ」
ウォルフジェンドはニヤリと笑う。
「そういうことだ。我らは全軍撤退している、拠点に近づけば、それだけ兵種の多様性も増し、様々な対応が可能ということだよ」
横から声をかけてきたのは、素体に並走して馬を走らせるジオールだった。
霊幻兵団に細かな指示を出すために近づいていたのだ。
アールケーワイルドが警棒を力一杯握りしめ振り上げた。
「これで終わりだ!念仏でも唱えろ!」
あえて素体に聞かせるような大声で、決着を宣言する。
「ぼもぉおおおん!」
アールケーワイルドの思惑通り、主の危機に素体が吠えた。
ペルシオスの足下で大きく口を開くと、舌で主を絡めて引き込み、口を閉じる。
「やりました!狙いどおり!これで回復に専念して魔力の吸収は出来ないはずです。このまま罠にかけます。皆さんすぐに化け物から離れてください!」
目論み通りの素体の反応に、コージュは興奮気味に魔法珠から指示を伝える。
素体は、ナルが穴に施した氷の上にあと数歩というところまで接近していた。
「離れろって言われても、ワシはどうすりゃいいんだ?下手に追っかけられたら、走って逃げ切れんぞ」
最も鈍足なアールケーワイルドが嘆いた。
「大丈夫、避難の手はずはうってあります!前を見て」
コージュが叫んだ。その声に従い前を見ると、そこには鳥の亜人が手を差し伸べながら接近してくる。
「捕まってください!」
鳥の亜人が叫び、アールケーワイルドが「おう!」と返事をして力強く手を取った。
それと同時に、ウォルフジェンドも投じたナイフを足場に脱出する。
こうして罠発動のための全ての準備が整い、あとは頃合いを見計らって発動するだけとなった。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
◯ペルシオス 本能状態
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