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第29話 「もう一つの風」(バトル)

 リンの視界をさえぎる黒い煙幕は、一向に晴れる気配がない。サイガが絶え間なく煙幕を追加しているのだ。

 煙と同時にサイガは幾度となくリンに斬撃を浴びせた。

 当然その一撃一撃は、実力を示せという、かねてからの要求に応えて、致命傷を狙う。



 暗闇の中にあって、リンは攻撃に対して見事に反応を示し、深手にならない程度で何とか避け続けた。

 しかし、その対応力を見切ったサイガは、リンの死角からさらに速度を上げて襲い掛かった。

 後方からは頚動脈を狙い、前方からはみぞおち、眉間。さらにはアキレス腱、大腿動脈、頚椎と、休むことなく急所を狙い続けた。

「これは、なかなかまずいですわね。出血が多すぎますわ」

 サイガの斬撃はリンの皮膚と肉を削ぎ、傷口から大量の血を流出させていた。足元には、踏めば波紋が生じるほどの血だまりが出来ている。

「どうだ、見えぬ相手から一方的に刻まれる恐怖は?いくら戦闘に興じていようと、命の危機となっては笑ってはいられまい」

 サイガの言葉の通り、リンの顔からは愉悦の笑みは消えていた。



 光を遮断する煙の中で、サイガだけはリンの急所の位置を正確に把握し、攻撃を繰り返した。

 その理由はサイガの装備にあった。

 サイガは暗視ゴーグルを装着し煙の中から襲い掛かっていたのだ。無論、科学の発達していないこの世界では、そんなものを用いているなど、誰も想像していなかった。

 暗中の敵に対して、視界を確保したものが一方的に攻撃を仕掛けるという、蹂躙にも似た状況が誰の目にも見られぬままに行われていたのだ。



「闇からの一方的な急所を外した攻撃。これは、いつでも殺せるという合図ですわね。まるで死への階段を上っているようですわ。攻められる側の気持ちをよくわかってらっしゃいますわね」

 煙越しにリンがサイガに語りかけてきた。

「人間は感情を持つ生き物だ。だがその感情が仇となることもある。それが恐怖だ。恐怖は身をすくませ行動を制限する。そして先の見えない闇はそれを助長する。おれの意図がわかったのなら、もう充分だろう。降参するんだ」

 サイガは闇と痛みの恐怖によってリンが戦意を喪失したと判断し、降伏を勧告した。

 この戦いの目的は試験であり実力を示すこと。であれば、サイガは必要な技量は既に披露した。

 さらに流れ出るリンの出血量は命を脅かすものとなっている。

 これ以上、戦い続ける理由が存在しないのだ。

「戦闘を好むのを否定はしない。だが、死んでしまっては意味がないぞ。一時の愉悦に身をゆだねるな」

 敵の命を気遣う。闇に生きるものとして甘い考えであることは否めない。しかし、無意味に命が散ることをサイガは望んでいないのだ。

「あら、対戦相手を気遣うなんて、強者の余裕ですわね。ですが、そんな甘い考えは捨て去るべきですわ」

「なんだと?」

「確かに、今の私は視界を奪われた上に出血多量。状況は圧倒的に不利」

「そうだ。だからこそ・・・」

「と、お思いでしょう!?」

 リンの自己分析を聞き、それを肯定しようとするサイガを、リンは取り戻した笑顔と共にさえぎった。

「・・・どういうことだ?」

「戦法に面食らいはしましたが、この程度の煙と出血、私にはさしたることではございませんのよ」



 言い終わると、リンは大きく息を吸った。

 瞬く間に筋肉で張り詰めた上半身が膨張する。胸も腹も大きく膨れ上がり、上半身が風船になったかのような錯覚すら覚える。

「なにをするつもりだ?」

 暗視ゴーグルに映しだされた、変形したリンの姿に、サイガは攻撃をためらった。

 人間の常識を超えた変化に度肝を抜かれたのもあるが、サイガは自覚していた。己の中にこの戦いを終わらせたくない、リンの奥の手を見届けたいという願望が生まれていたのだ。



 リンが溜め込んでいた空気を一気に息として地面に向けて吐き出した。

 叩きつけられた息が跳ね返り、上昇する。

 息は風となって、二人を覆っていた黒煙を運び去った。

 そこには、思いも寄らない手段で策を破られ呆然とする忍びと、自身の血で全身を赤く染めた満面の笑顔の戦士。対峙する二人が残されていた。

「お久しぶりですわね。ずいぶん素敵な眼鏡をされてますのね」

「こんな芸当が出来るとは、己の甘さを恥じるよ」

 ゴーグルを額にずらしながら、サイガは反省し忍者刀を握りなおした。

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