第295話 「命を賭けた追走劇」(バトル)
「全部隊に通達!敵陣に不穏な動きあり!ゼタさん、ダブラさん、部隊を副隊長に預けて昨日の穴に向かってください!」
戦場の急変を光の丘の屋上から察知した指揮官のコージュは、現段階の最大戦力の集中により荷車を破壊する作戦に出た。
「ナルさん、エィカさん、出てくるところ狙っては間に合わないかもしれません。可能ならトンネル越しで攻撃を行ってください」
「わかった。唸れハチカン!マッハド弾装填!発射ぁ!」
「風の精霊さん、矢を加速させて!えい!」
侵入の際の速度と足場の悪さから、二人はおおよその当たりをつけた位置を狙った。
大型形態のハチカンからナルの砲弾中最高威力のマッハド弾。
神弓イルシュからはエィカの剛腕によって射られたところに風の精霊の力を乗せた一矢。
二つの驚異が空を切り裂きながらトンネルに迫る。
砲弾と矢がトンネルに着弾した。
共に外壁を貫通、破壊するが手応えはなかった。
攻撃のあとには穴が空き通過した荷車の後部だけが見えた。
「ちっ、外したか」
「やっぱり見えなければ狙いようが・・・あ、あれ、ナル様!」
なにかに気付いたエィカが叫んで指差した。その先に見えるのは外壁が崩れ、中まで視認できるほどの大きな穴だった。
「あそこだけ形成が甘くなってます」
「確かに、狙い目だな」
「私がやります。射速は私の矢の方がありますから」
そう言いながら、エィカは既に矢をつがえていた。
「疾っ!」
短い掛け声で射ると、矢は一瞬で弓を離れ、風を纏いながらトンネルの隙間へと直行する。
「確かに、悔しいが私にあの速度は出せないな」
狙撃用のスコープで矢の行方を追いつつ、ナルは呟いた。
矢がトンネルの隙間に迫る。
そして示し合わせたかのように、荷車を先導するノルスの姿が現れた。
「とった!」
ナルとエィカが同時に確信した。
しかしそこに一つの人影が飛び出した。荷車を護衛する兵士の一人だった。
兵士はエィカの矢を正面から受け止めた。
強烈な勢いの矢は身体を貫通し荷車に届こうとするが、兵士が最後の力で掴むと勢いは死に共に地面に落ちた。
ノルスと荷車は前進加速させる。
「見事な覚悟だな」
なりふり構わない行為に、ナルは思わず称賛した。
「ナル様、感心してる場合じゃありませんよ。早く止めないと・・・」
「いや、もう無理だ。威力はともかく私の弾速ではもう間に合わない」
「え、じゃあ・・・」
「私たちの敗けだ。奴らの覚悟に一歩抜かれた」
「そんな・・・」
態度では足掻いていても、エィカはナルの言葉を理解していた。
隙間から一瞬見えた荷車の速度、光の丘との距離、二人の限界射程、限界速度、威力。
全てを鑑みて手が尽きていることに。
エィカはトンネルを見る。
「じゃあ、みすみす見送らなきゃいけないんですか・・・」
「ああ。・・・我々はな」
「え?」
「あとは、お師匠様に託そう」
「あ!」
◆
特級冒険者ウォルフジェンド。
彼女はノルスたちがトンネルに突入した直後に、それを追って突入した。
ウォルフジェンドの身体能力は同じ冒険者であっても、上級や中級は足元にも及ばないほどの高機能を誇る。
しかしそんな特級の足をもってしても、限界まで加速した馬には及ばない。
二者の距離は走り続けるほどに離されつつあった。
「まぁ、当然だが馬に勝てるわきゃねぇよな。オマケにこの足場の悪さだ条件は最悪だぜ」
ペルシオスのクラッシャーロードによって作り出されたトンネルの足場は、高低差の激しい凹凸だった。
そんな道を、ノルスたちは命を燃やすように疾走し、ウォルフジェンドは足下に注意を払いながら走る。
両者の意識の差が速度に差を生んでいたのだ。
「やっべぇな、このまんま離されたんじゃ面目が立たねぇ。いっちょやるか」
ウォルフジェンドは懐からナイフを取り出した。右と左に二本ずつの計四本。それを右、左の順で全て投じた。
「おりゃ!」
ナイフ追って、ウォルフジェンドが跳躍する。
そして最後尾のナイフに追い付くと、右足で踏みつけ、ナイフを足場にさらに跳躍した。
続けて二本目、三本目。四本目と踏む度に距離を瞬く間に詰める。
さらにウォルフジェンドはナイフを四本投じて足場を追加すると、同じ要領で跳躍を繰り返し荷車を射程圏内に捕えた。
「鬼ごっこは終わりだ。観念しな」
跳躍しながら両手から一発ずつベアリングボールが撃ち出された。足止めのために車輪を狙う。
「やらせない!」
荷車とベアリングボールの間に、左右から護衛兵が飛び出し割って入った。
護衛兵は身体でベアリングボールを受けると、そのまま絶命し弾をかかえたまま地面に転がった。
「はっ、命懸けたぁやるじゃねぇか。見事だぜ」
ウォルフジェンドは兵士の覚悟と行動を惜しみ無く称賛した。
「車輪がダメなら、直接荷物を叩く!」
ウォルフジェンドがさらにナイフを投じ、加速、跳躍、前進した。距離を急速に詰める。
しかしその行為が、ウォルフジェンドの選択肢を狭め、敵方の妨害を容易にした。
二人の護衛兵がウォルフジェンドに飛び付き、動きを封じたのだ。
特級冒険者への特攻行為。これは、命を捨てる覚悟がなければ出来ないことだった。
兵士はウォルフジェンドの上半身と下半身に一人ずつしがみつくと、その動きを封じた。
「くそっ、こいつら・・・死ぬのもお構いなしかよ!?大した忠誠心だな」
密着された状態の手からベアリングボールを撃ち出し、上半身の兵の心臓、下半身の兵の頭を撃ち抜き命を奪った。
兵士二人がウォルフジェンドの動きを止めたのは一瞬だけだったが、効果はそれで充分だった。
身体と足場は地に落ち、その間に荷車は走り去ったのだ。
「くそ、やられた!放しやがれ!」
兵士たちは命を失いながらもウォルフジェンドにしがみつき、その手を放さない。
執念もさることながら、身体を縛り付ける魔法『バインドソーンズ』で動きを封じていた。
精神と肉体の二重の妨害策によって、ウォルフジェンドは標的を見逃すこととなった。
「なんてこった、このオレが逃がしちまった。すまねぇ、コージュ最悪の結果だ!」
ウォルフジェンドは弟子に繋がる通信用の魔法珠に怒鳴った。
◆
「そんな、先生が出し抜かれるなんて!?」
悲報に、コージュが絶望の声をあげる。しかし、直後に気を持ち直し事態の把握を図る。
「コージュ、戦況の動きが急すぎる。遠方からの支援だけでは悪化の一途だ。私は出るぞ」
ナルが申し出た。放出される魔力は、既に飛行状態に切り替えられていた。
「気に止める必要はないぞ。私は元々、単独での行動の方が性に合ってるんだ!」
そう言い残すと、ナルは光の丘の屋上から飛び出した。
氷魔法を操り、ナルはトンネルの出口に向かって氷の道を、ハイヒールの靴裏にスケートのブレードを精製した。
ブレードが氷の道に触れた瞬間、ナルは疾走を開始した。まるで弾丸のように滑らかな流れで走り出す。
「なぜかよくわからんが、あの荷物からは異様な気配と魔力を感じる。間に合ってくれよ!」
言い様のない不安にかられたまま、ナルは加速した。フィギュアスケートのような美しい姿勢だった。
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