第292話 「砲身が凍てつくまで撃ち続けてやる!」(バトル)
光の丘の屋上で、師であるウォルフジェンドが黄金竜騎士ペルシオスによって召喚された竜、『砲竜タルツェン』の光の砲撃によって負傷した瞬間を目撃したエィカとコージュは、同時に前に身を乗り出して師を呼ぼうとして言葉を呑んだ。
戦いに私情を持ち込まないという誓いが衝動を制していた。
「何をしているエィカ、構えろ!援護だ!」
ナルが叫んだ。同時に大砲形態のハチカンが冷気を放ちながら砲弾を発射した。
精密に的を射ぬくカバカ弾が空を割きながら前進していく。
一瞬遅れてエィカも強弓から矢を射つ。人力でありながら、その勢いはナルの砲弾に逼迫していた。
◆
黄金竜騎士ペルシオスの握る黄金の双剣『実直なるバルサ』と『黒い炎に呑まれたネブラ』は互いに近中距離を補い合うことで高度な戦闘を可能とする。
近づけば剛力、神速の二つが揃ったバルサが両断し、離れれば黒い呪詛の炎でネブラが焼き尽くす。
究極までに攻撃に特化した武装なのだ。
「くそ、やっぱ速ぇな。見極めてから避けたんじゃやられちまう!」
バルサの斬撃は神速を極めるが、その名の通り直線的で単調だった。
そのため、ウォルフジェンドは特級冒険者の経験と勘、動体視力と身体能力でバルサを躱すことができた。
縦、横、斜め、突きと、目まぐるしく繰り出される一瞬の連撃に空を切らせる。
「ええい、いい加減に死ね!」
「そこ、いただき!」
焦れたペルシオスが剣を振り上げた。次の瞬間、ウォルフジェンドの百発百中のベアリングボールが黄金鎧の前腕部に撃ち込まれた。
「ぐぁっ!」
衝撃で腕が後方に押し込まれ、激痛でバルサを手放した。切っ先から深々と地面に刺さった。
「もう一丁、そりゃあ!」
さらに右手の指間に三発ずつ、計十二発のベアリングボールを挟み持ち、外に払う動きに乗せて黄金鎧の胸部に撃ち込んだ。
十二の小さな穴が黄金の胸に模様を描く。ペルシオスはのけ反って一歩後退した。
「あ、がぁ・・・ま、またしても胸を・・・昨日の傷がぁ!」
空いた右手で胸をおさえながら、苦しみに耐えるペルシオス。
二人の間に一瞬の時間が生まれた。
◆
「ジオールさん、ここは先生たちで引き受けます!兵団と一緒に前に出てください!」
戦闘のわずかの隙をついて、コージュが魔法珠を通じて指示を出す。
二人の戦いに巻き込まれるよりも、戦闘の被害の方が小さいと判断したのだ。
「了解した。霊幻兵団前進!」
命を受け、爆発の被害を免れた霊幻兵団が前進を始めた。
◆
「おのれぇ、行かせるか!タルツェン、そいつらを焼き払え!」
ジオール動きを見てペルシオスが竜に指示を出す。
口から魔法の砲撃を放つ能力をもつ砲竜タルツェンが大きく口を開いた。口腔に膨大な量の魔力が集中する。
「コォォォォォオオオ・・・!」
魔力が発射の臨界を迎えた。
その時、ナルの氷の砲撃がタルツェンの首長竜のような頭部を直撃し、丸ごと凍結させた。
導きを失った魔力が暴走し、口腔内で炸裂した。
さらにエィカの射った矢もそれに続き、タルツェンの長い喉を軽々と貫く。
タルツェンは下顎と上顎をまとめて失ったうえに首に穴を空けられ、鳴き声すら発せられないまま倒れた。
「な、なんだと!?タルツェンがこうも簡単に!?こうなれば・・・マドン、突撃しろ!敵陣を乱せ!将軍をお助けしろ!」
ノルスの命を受けた地竜マドンがその巨体と足で大地を踏み鳴らし前進する。
その猛進は激しく、霊幻兵は蹴散らされ数を減らす。
マドンがウォルフジェンドとペルシオスの傍へと到達した。
鰐のような口を横向きに大きく上下に開き主の敵を噛み砕きにかかる。
「はっ、ケダモノは芸がねぇなぁ、一本調子で大口空けやがってよぉ!」
ウォルフジェンドが指弾でベアリングボールを発射した。向かう先は地面に刺さった黄金剣バルサ。
ボールは剣身の平面部に当たると、同じ軌道で跳ね返る。
正確な射的によって実現した正確な反射で、ボールはウォルフジェンドの下へ返ってきた。
「ほいっと!」
跳ね返ってきたベアリングボールを、ウォルフジェンドは跳躍し、足裏で受け止めた。
「てりゃ!」
ボールを強く踏み込むと、その反動で身体が浮き上がり、空中に高くに翻りながら舞った。
直後、ウォルフジェンドの居た場所を鰐口が襲うが、歯の噛み合う音だけが響く。
「トロいんだよ!」
回転しながら宙を舞い、ウォルフジェンドは上下を反転させると、指弾のベアリングボールを構え狙いを定める。標的は・・・神経の集中する脊椎。
「場所はどこかわからねぇが、神経ブチ抜いて動けなくしてやるぜ!」
指弾が発射された。脊椎に沿って頸部から腰部へ順に撃ち込まれる。
「ガァオオオオオオオオ!」
肉と骨を通り越し、神経を直接損傷させるベアリングボールがもたらした激痛によって、マドンは天地を揺るがす絶叫をあげる。
「オオオオオオォォォォ・・・」
叫び声がつきた。そして全身からも力が抜け、マドンは大地に身体を預けるように崩れ落ちた。
四肢に繋がる神経が切断されたのだ。
置物のように地面に伏したマドンの上にウォルフジェンドが着地した。辛うじて死を免れた足場は細かに震えている。
「昨日の二匹と今日の二匹、合わせて四匹。手前ぇの両肩両膝の装飾から見るに、呼び出せる竜はこれで全部だな」
高みから竜の主に語り掛けるウォルフジェンド。掌の中では、まだまだ充分な数のベアリングボールが踊っていた。
◆
光の丘。屋上のナルたちは、負傷しながらも竜をもてあそぶウォルフジェンドの鮮やかな活躍を目の当たりにし、揃って感嘆の声をあげた。
「すごいな、超将軍と竜を同時に相手取って一手で無力化させるとは・・・」
「『体格の差は知恵と技術と道具で覆せ。構造を理解すれば、手段は見えてくる』。先生がよくおっしゃってた言葉です」
双眼鏡を覗きながら感心するナルに、エィカが答える。
「なるほど、それで神経を直接破壊したわけか。正に構造を的確に攻めて黙らせたということだな」
「二人とも気を抜かないで。超将軍の持つ手がこれだけとは思えません。援護は続けてください」
コージュが一瞬気の緩んだ二人に喝を入れ、ナルとエィカは武器を握り直した。
「すまない、その通りだな。今が攻め時だ、限界まで撃ちまくってやろう。アダブ弾装填!」
天に打ち上げ広域に氷の雨を降らせるアダブ弾を装填すると、ナルはハチカンの砲門を天へと向ける。
「アダブ弾、発射ぁ!」
低温の砲弾が天へと打ち上げられ、爆発し花火のように散らばると、氷柱と雹が王国軍の陣中に降り注いだ。
さらにハチカンは轟音をあげ、二発三発とアダブ弾を天へと放つ。
「まだまだ止まらないぞ!このためにスイーツを食い漁ったんだからな!唸れ、ハチカン!砲身が凍てつくまで撃ちまくれ!」
猛りながら砲撃を繰り返すナルに続き、エィカも連続で矢を射る。
狙いはウォルフジェンドに近づこうとする機動性の高い騎馬兵。
師の勝敗が戦の趨勢を左右すると確信しての行動だった。
◆
周囲に降り注ぐ氷と矢の雨を見つつ、ウォルフジェンドとペルシオスはにらみ合う。
「ふははははは!見事だなウォルフジェンド。さすがは国内にわずか五人の特級冒険者だ。マドンをあっさりと片付けたか」
「ずいぶん余裕だな。手飼いを無くして気でも触れたか?」
苦戦しながらも高らかに笑うペルシオスと、それを訝しげに見るウォルフジェンド。
立ち位置、戦況と反して二人の精神は逆の立場にあった。
「わからんか?ならば教えてやろう。それ!」
ペルシオスが左の剣、ネブラを振った。
激しい竜巻が龍のようなうねりをあげて、ウォルフジェンドに向かって飛ぶ。
「うぉっ、あぶねぇ!」
飛来する竜巻をウォルフジェンドは指弾で迎撃した。そしてその竜巻に見覚えがあった。
「今の、まさか・・・」
ウォルフジェンドは気づいた。ペルシオスが放った竜巻が、先日ナルが戦った嵐竜ベブーが使用したバイティングサイクロンだったのだ。
「気づいたか?そう、ベブーの操る竜巻だ。だがそれだけではないぞ。マクサリ、マドン、タルツェン、我は使役した全ての竜の攻撃を使うことが可能だ」
「へぇ、四匹のペットの技を自分のモノに出来るってのか。そいつぁ面白ぇ。まだまだ楽しめそうだな」
「クハハハハ!愚かな、誰が四匹だと言った?」
「なに?」
「我は超将軍の一人、黄金竜騎士ペルシオス。これまでに百以上の竜を従えた。そして、その全ての竜の力を扱えるのだ!」
「な、百以上だと?」
「そうだ。その備えし竜の力、超将軍の恐ろしさ、その命をもって教えてやるぞ!」
宣言と同時に、ペルシオスの鎧から、マクサリ、ベブーを筆頭に無数の竜の幻影が飛び出した。
幻影たちはペルシオスを覆うと、闘気のように揺らめく。
「さて、名残惜しいが遊びはこれまでだな」
不穏な殺気を漲らせ、ペルシオスは呟く。
「なに言ってやがる。せっかくだからもっと楽しもうじゃねぇか」
掌中の球をこ擦り合わせ鳴らしながら、ウォルフジェンドはニヤリと笑った。
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