第290話 「こんな時間も悪くないな」(ストーリー)
光の丘、長のジオールの部屋に再び各隊を代表する者たちが集まっていた。
内容は初戦の戦果の報告と、明日以降の対策についてだ。
顔ぶれは先日と同じ、光の丘の長ジオール、六姫聖ナル、四凶アールケーワイルド、特級冒険者ウォルフジェンド、その弟子エィカ、その妹弟子コージュ、傭兵隊長ダブラ、警備隊長ニューロ、冒険者代表ゼタ、商人組合長アレック、住民代表アイムの十一人だった。
まずはゼタが口を開き、前線での結果と感想を述べる。
「戦闘で解ったことだが、王国軍の兵はほとんどが新兵で弱卒だ。我が部下の熟練たちとは、技術も度胸も雲泥の差だったぞ」
「それは同感だな。奴ら、勢いはあるが、戦法が猪すぎる。まともな練兵は受けとらん。戦術次第では蹂躙できるぞ」
ダブラは骨付き肉を頬張りながらゼタに続いて意見を述べた。
「解せないな。弱卒だけの編成とは・・・本当に超将軍の部隊か?」
不可解な部隊にジオールは腕を組んだ。
「なに、なんてこたぁねぇさ。あの女の趣味だよ」
不愉快そうな口調で答えたのは、アールケーワイルドだった。
全員の視線が集中する。
「趣味?なんだよそりゃ?」
ウォルフジェンドが怪訝な顔で問う。
「あの女は色情狂なのさ。常に男、それも、すれてない若い未熟な男と交わりたがる。だから部隊は弱卒だらけだ。その弱いところをあいつ一人の剣技で補うって訳よ」
リボルバーを分解清掃しながらアールケーワイルドが答えた。不快感が顔一杯に広がっていた。
王に対する忠誠心の塊のような、人情派のアールケーワイルドにとって、立場を利用し欲望をさらけ出した振る舞いの超将軍を嫌悪しているのだ。
「へぇ、てことは、自分とこの部下を食いまくってるってわけか?」
下卑た笑顔で、興味深げにウォルフジェンドが尋ねる。
「・・・おそらく全員を抱いてるな」
「ははっ、マジかよ?みんな穴兄弟ってか?」
「先生、下品です!」
「へへ、すまんすまん」
喜びの嘲笑をするウォルフジェンドをコージュが諌めた。
「その兵士たちだが、今日の戦いで約千五百人、三分の一程度を減らすことができた。こうなれば、おそらく次は超将軍が前に出てくるだろう」
ジオールが予想を立てた。
「同感です。下手に未熟な兵を出して被害を増やすより、確実な最大戦力で決着をつけにくると予想できます。それに、まだ未知の存在が残ってますので、同じ手段を講じるとは考えにくいです」
コージュが賛同し、亜人たちも頷いた。その脳内には、先日偵察隊から報告のあった謎の荷物のことがあった。
「となると、私の役目は全力を賭してペルシオスを討つことだな・・・もぐもぐ・・・」
意気込みは立派だが、間の抜けた音を聴かせてきたのはナルだった。
ナルは救護室で糖分の補給を行うつもりだったが、量と時間の関係で会議と平行することとなってしまった。
そのため、傍らに大量のスイーツを並べ、それを食しながら参加していたのだ。
神妙な空気の中で、それを意に介さずナルはひたすらに甘味を貪る。それが戦いに臨むにあたっての最優先事項だった。
「いや、それはワシがやる。銃と剣では相性が悪すぎる。それはよく味わっただろ?」
アールケーワイルドが名乗りを上げた。
「ワシなら遠近共に対応が可能だ。いざとなったら、斬撃も受け止められるしな。ナルよ、お前は援護にまわれ」
役目を奪うような発言に、ナルはザッハトルテを口に運ぶ手を止める。
「なんだと?貴様、一体どういう・・・」
「私も賛成です」
憤りを見せるナルを遮ってエィカが発言した。
「敵将の相手は、予備知識のあるアールケーワイルドさんが適任だと思います。それに、謎の荷物が謎のままです。不安の残る状態であるなら、戦力の温存は当然かと。ということですよね?」
「あ、ああ。そう言うことだ。ありがとな」
普段と違ったエィカの振る舞いに、ナルとアールケーワイルドは僅かに圧倒される。
コージュの喝が効いていたのだ。
弟子の変化に、ウォルフジェンドは静かに笑っていた。
◆
「コージュ、次の戦い、君に指揮権を委ねようと思う」
ジオールの唐突の言葉に、その場にいる全員が固まった。
中でも、重役を任じられた当のコージュは完全に停止してしまっていた。
「ど、どういうことですか?わ、私が全体の指揮を?」
「ああ。次の戦い、私も前線に出るつもりだ。その際の代理を君に任せたいのだ」
「なんだジオール、おめぇも手柄が欲しいのか?」
ウォルフジェンドが薄笑いを浮かべながら会話に入ってきた。
「茶化すなよ。私が出るのは『霊幻兵団』を活用するためだ」
ジオールは心中を語り出す。
兵団の射程は約三百メートル、出現総数は二百体。しかし本人から離れれば、その数と戦闘力は著しく低下する。
そのため、前線に立ち兵団を召喚することで生身の兵たちの被害を抑えることが狙いである。と。
「ペルシオスを抑えてもらえるなら、残る戦力は竜と弱卒のみ。そこを我が霊幻兵団で討てるならそれに越したことはないのでな」
「ジオール殿、お心遣い感謝いたします。その気持ちに応え、兵たちも奮起いたしましょう」
謝辞と共にゼタが深く頭を下げた。
「せ、先生・・・」
コージュがウォルフジェンドを見る。
「手前ぇで決めな」
師はニヤリと笑った。信頼の証がそこに見えた。
「・・・解りました、お受けします」
意を決してコージュは大任を勤める宣言をした。その額には汗が光り、重圧のほどを物語る。
「ようし、そうと決まれば、あとは編成と戦略だ。大将殿よろしく頼むぞ!」
獅子の亜人ダブラが、低く雄々しい声でコージュを迎えた入れた。他の全員がそれに頷いた。
◆
二時間後、明日の方針を定めた会議が終了し、一同が席を立つ。
「まだまだ食べ足りないな。エィカ、食堂にいかないか?」
それぞれが準備のために詰め所に戻るなか、ナルがエィカに声をかける。
「ナル様、せっかくのお誘いですけど、私は準備があるので失礼します」
「そ、そうか。では一人でいくとしよう・・・」
思いもしなかった。これまでエィカはナルの誘いとあれば狂喜して受け入れてきた。それが、関心が失せたかのように断ってきたのだ。
ナルの美しい顔は冷静なままだったが、内心は激しく乱れた。
踵を返すと、エィカはウォルフジェンドの前に立つ。
「先生、稽古をつけてください」
真剣を通り越して、鬼気迫るものさえ感じさせる顔で、エィカは師に教えをあおいだ。
「へぇ、良い顔してんじゃねぇか。だがよ、たった一晩の稽古でってなったら、オレだって余裕をもって教えらんねぇぞ」
「承知しています」
師からの宣告に、エィカは動じない。むしろ瞳は強く燃えていた。
◆
「はぁ・・・味気ないものだな・・・」
食堂の片隅、十皿目のブリュレをたいらげたところで、ナルはため息をついて匙を放った。
エィカに誘いを断られたため、一人で食事に赴いたものの、孤食の寂しさが甘味の魅力を上回ったのだ。
「一体、エィカはどうしたと言うんだ?急に真剣な顔つきになって・・・」
呟きながら皿の上のソースを伸ばして気を紛らわそうとするが、誘いを断った際の顔を思いだし頭を掻く。
「ああもう!一人で食べても全然進まないじゃないか!」
本来ならとっくに胃に消えていたはずの、テーブルを埋め尽くすスイーツを見ながら、ナルは誰かと食事をすることを楽しんでいたことを理解した。
大きなため息が出る。
「おいおい、食欲不振か?そんなんでよく超将軍と戦うなんて名乗りを上げたもんだな」
ふてぶてしい声だった。
ナルは顔を見ることなくその正体を察する。目の上のたんこぶ、アールケーワイルドだ。
「貴様・・・なんの用だ!?」
天敵の出現に、一瞬でナルの顔が険しくなる。
「まぁそう邪険にするな。飯を食いに来たら寂しそうな背中が見えたんでな。思わず声をかけちまったよ」
「な、さ、寂しそうだと?貴様、馬鹿にしているのか!?」
美の化身として絶対の自信を持つナルにとって、美を損なう言葉は大きな衝撃で戸惑いを隠せなかった。
美の化身にとって侮蔑に値する言葉に、ナルは思わず振り返る。
そこには、もう一人姿があった、明日の全指揮権を委ねられたコージュだった。
「明日の重圧に押し潰されそうになってたんで、気晴らしに食事につれてきたんだよ。そしたらお前がいたって訳さ」
コージュの顔は疲弊で枯れていた。
そう言うと、アールケーワイルドはコージュをナルの向かいに座るよう促し、自身は二人の間、斜め前に座った。
「よーし食うぞ!今はなにもかも忘れて目の前のものにかぶりつけ!」
料理が出されると、真っ先に大口を開けて肉の塊を強引に頬張るアールケーワイルド。その無謀さに、顔の形が変わる。
コージュとナルは一瞬呆気にとられるが、その滑稽さに思わず揃って吹き出す。
「ふふ、おい無理をするな。貴様に気を遣われなくても、メンタルケアぐらい自分で出来る」
「そ、そうですよ。その気持ちだけで充分ですから、無茶をしないでください・・・」
二人にたしなめられ、アールケーワイルドは水を飲んで身体を落ち着かせる。
二人の顔はようやくほころんだ。
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