第287話 「死射手の戯れ」(バトル)
死射手ウォルフジェンドと竜の本能を解放した激竜はマクサリの戦いは、戦闘能力を飛躍的に向上させたマクサリが優勢に進めていた。
六枚の翼を自在に駆使し、空中での高度な姿勢制御。そしてそこから繰り出される虚を突いた攻撃。
マクサリは先程まで自身を苦しめていたウォルフジェンドを手玉にとっていた。
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かつて、激竜マクサリは嵐の谷と呼ばれる、強風吹き乱れる谷で生を受けた。
嵐の谷は多くの竜が住み、毎年約百匹の竜が生まれる。
しかし、その中で成体を迎えられるのはわずか十匹に満たない。
強風吹き荒れる環境と他者と争う竜の獰猛性から一日毎に数を減らし、過酷な生存競争に生き抜いた個体のみが成体となって谷から巣立つ。
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本来、激竜マクサリは嵐の谷で生き延びるほどの生命力と獰猛さを兼ね備えた竜だった。
しかし、ペルシオスに捕えられ、その配下となったことで誇りと獰猛さを喪失していた。
その性質と本能を、超化したマクサリはウォルフジェンドと戦うことで取り戻すこととなった。
「礼を言うぞエルフの女。長年忘れていた誇りと感覚、貴様が扱う、私の同族から造り出した短剣と防具で思い出したぞ」
腹部への蹴りで一気に消耗した体力を回復させるために、呼吸を整えるウォルフジェンドを指差しながら謝辞を述べるマクサリ。
その言葉を受けて、ウォルフジェンドは服をめくる。下には鱗の模様の入った肌着があった。
「なんだよ気づいてんのかよ。お察しの通り『甲竜ガロガンテ』の硬皮で造った肌着だ。直接の防御だけじゃなく、全身にその効果を及ぼす上に魔法とかの属性攻撃も軽減してくれる優れもんだぜ。これがなかったら、さっきの蹴りで死んでたかも知れねぇな」
ウォルフジェンドが身につけていたものは、またしてもマクサリの同族である竜から造られた特級品だった。その事が、激竜の更なる怒りと本能の覚醒を誘う。
「ふふ、ふ・・・どこまでも逆なでしてくれるなエルフよ、ならばその自慢の特級品ごと・・・叩きのめしてやるぞ!」
マクサリが怒声を発した。同時に背の六枚の翼が大きく広がり、空気を振動させた波が生じる。
竜特有にして激竜マクサリの十八番のブレス攻撃『混沌息吹』。
火、水、風、雷の混ざりあった四属性の波動が口から放たれる。
「な・・・速ぇぇ!」
竜の得意攻撃だけあり、混沌息吹は通常のブレス攻撃を数段上回る速度でウォルフジェンドに届いた。
寸でのところで横に飛び退き回避するが、爪先を攻撃が掠める。
「痛ってぇぇ!なんだこりゃ?属性のダメージが全部入ってやがる!」
「どうだ、素晴らしい威力だろう?数多くの竜を下してきた私の秘技だ!」
己の技を意気揚々と語るマクサリ。更に追撃のために高速で前に出る。
「死ね!」
一瞬で眼前に接近してからの、顔を狙った蹴りの振り上げる一撃。轟音と共に空を裂く。
マクサリのブレス攻撃はウォルフジェンドの動きをわずかに鈍らせていた。そのため、蹴りは顔面を捉え、身体を強烈に弾きとばした。
「ぐぁ!」
重く破壊的な衝撃が顔面を貫く。
その威力でウォルフジェンドの身体は十メートル以上吹き飛んだ。
さすがの特級冒険者も受け身をとることもかなわず、地に身体を横たえた。
横になったウォルフジェンドを、マクサリは見下ろしながら笑みを浮かべ、言葉を投げつける。
「どうしたエルフの女!少し本気を出したらこの様か?竜の武器と防具は宝の持ち腐れだな!立て!戦士なら立ってあがいて、戦士の矜持を見せろ!」
優位にありながらも、マクサリは更なる戦いを望む。それは血肉を貪り力を育む、竜であり戦士の本能だった。
マクサリの言葉に反応するようにウォルフジェンドが立ち上がった。蹴りを受けた左の頬は僅かに腫れ、口からは血が垂れていた。
「ちっ、ギャアギャアうるせぇな・・・。言われなくったって、立つに決まってんだろ。こっちゃまだ、生きてんだからよ・・・ぷっ!」
ウォルフジェンドが血を吐き捨てた。中には奥歯が転がる。
「痛ってぇな、ちくしょう・・・一応、虫歯一本出来ねぇように手入れしてんだぜ」
折れた歯を拾い上げて、名残惜しそうに呟く。
「てめぇわかってんだろうな?この代償、高くつくぜ・・・」
ウォルフジェンドの怒りにより、闘気と威圧感が強烈に増大した。
「ふふふ・・・良い顔になったな。お互いほどよく傷を負ったと言うところか。さぁ存分に戦い尽くして決着をつけよう!」
ウォルフジェンドの負傷に気をよくしたマクサリが、意気揚々と声を上げる。
「存分に戦うだぁ?のぼせてんじゃねぇぞ。クソ竜が!オレの歯を折ったぐれぇで互角だと思ってんじゃねぇだろうな?」
「なんだと?」
「オレは人型に変化した竜ってのと、あの翠の光が珍しかったから、ちょっと遊んでやっただけだよ。最初っからまともに相手にしてねぇんだよ。じゃなけりゃ、武器や防具の手の内見せる分けねぇだろうが、アホンダラ」
マクサリをそう切り捨てると、ウォルフジェンドは折れた歯をふところにしまった。
「この借りは高くつくぜ」
静かで重い、心を刺してくるよう一言だった。
ウォルフジェンドの手に何かがにぎられていた。距離があるため正確に視認できないが、黒い何かだった。
「のぼせるな・・・か。言ってくれるな。ならば、もう争う必要はないな、ここからは一方的にやらせてもらうぞ!私の全力のブレスで消し飛ばしてやる!」
マクサリの六枚の翼が展開した。再び混沌息吹を放たんと力を漲らせる。
「これはさっきのものとは比べ物にならんぞ。竜の力、味わって死んでいけ!」
マクサリが全力の混沌息吹を放出するために、大きく口を開いた。それを待っていたかのように、ウォルフジェンドの手から黒い何かが飛び出した。
飛び出した次の瞬間、黒い何かはマクサリの両膝を貫通した。
足の支えを失った身体が前傾に崩れ、全力の混沌息吹が地面に向かって放たれる。
誤射させられた、四属性融合の全力の一撃がもたらした効果により、地面に巨大なクレーターが出来上がった。
更にその中では、帯電した炎が凍り、嵐のように乱れて吹き荒れていた。
「ぐぁああああ!クソっ、ひ、避難だ!」
六枚の翼を羽ばたかせ、マクサリは上空に逃げた。呼吸を乱してウォルフジェンドを睨む。
「はっはっは、属性の効果が混じってめちゃくちゃな光景だな。こりゃあ、食らってたら死んでたかもな」
負傷し自爆したマクサリとその跡を見て、ウォルフジェンドは豪快に笑う。
何かが貫通したマクサリの両膝からは鮮血が流れ続ける。
「き、貴様、何をした!?」
「はっ、わざわざ教えるわけねぇだろ。と、思ったけど、まぁいいや、教えてやらぁ。ほら、これだよ」
ウォルフジェンドは手の平を開いて見せた。その上には黒い球がいくつも転がっている。
「こいつぁベアリングボールっつぅもんでな。ほぼ完全な真球の金属球だ」
自慢気にベアリングボールを手の平で転がす。
「真球?そ、それがなんだと言うのだ?」
「一般的な金属球ってのはな、どんなに丸く見えても凹凸がある。そのせいで強い空気抵抗や跳弾に不規則性が生まれちまうんだ。だが、真球はその凹凸を極限まで減らすことによって、安定性を高める」
「・・・」
「つまり、狙いと力のかけ方さえ安定すれば、必ず同じ軌道で射撃が可能ってことさ!そしてオレは、百発百中の腕を持つ特級冒険者 死射手 ウォルフジェンド。腕と武器、この二つが揃えば、てめぇごときに遅れはとらねぇ!さぁ腹ぁくくりな。こっからは一気に終わらせるぜ」
ウォルフジェンドが投擲の構えをとった。
右、左と連続の大振りで、大量のベアリングボールを投じた。最強の射手による正確無比な投擲だ。
全ての弾が的確にマクサリの翼を貫通した。
要所を抜かれ、空気抵抗を受けることが出来なくなった翼は役目を果たせなくなり、マクサリは落下した。
地に落ちたマクサリが、起き上がり体勢を立て直す。
竜の象徴である翼を傷つけられたことで、怒りに狂った形相をしていた。
「やってくれたな、愚かなエルフよ!私の翼を台無しにしおって!こうなったら、そんな球ごとき、貴様と一緒にまとめと抹殺してやるぞ!」
マクサリが大きく口を開いた。口腔内にこれまで以上の膨大な魔力が集中する。準備の段階で空間が歪むほどの混沌息吹を放つつもりなのだ。
「コォォォ・・・さぁ、自慢の球ごと、まとめて死・・・ぐぇ!」
言い終える前にマクサリの喉に激痛が走り、混沌息吹の魔力が霧散した。
口腔には、先ほどウォルフジェンドが披露した聖竜ロッゾの牙から造られた短剣が突き立てられていた。
「ああああ、あが、か、ごががが・・・」
喉奥に刺さった短剣を取り除かんと、マクサリは口腔内をまさぐる。しかし短剣は刃の根本まで突き刺さっており、掴むことがかなわない。
「ばーか。そんな大口開けてたら、狙ってくださいって言ってるようなもんだろ。竜の本能とやらで、そんなことまでわかんなくなっちまったか?」
あきれた口調で語りながら、ウォルフジェンドは正面からゆったりとした歩調で近づいてくる。
両手の中ではベアリングボールがカチカチと音を立てる。
「そら、そら、そら」
一声ごとに指弾から球が発射され、マクサリの間接を貫いていく。
足首、膝、手首、肘、肩、腰。身体を繋ぎ止める要所を次々と損傷し、マクサリは仰向けに崩れ落ちる。
「ぐ、ぐおおお・・・」
仰向けの姿勢から、かろうじて頭を上げてウォルフジェンドを睨み付けるマクサリ。その瞬間、眉間にベアリングボールが撃ち込まれ、マクサリは絶命した。
一方的な決着だった。
「人間みてぇな姿になったせいで、人間みたいな死に方してんじゃあ、世話無ぇな」
短剣を回収しながら、ウォルフジェンドは竜の愚かさを笑った。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
◯特級冒険者 死射手 ウォルフジェンド
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