第286話 「本能のままに」(バトル)
激竜マクサリが再びその姿を変貌させる。
ウォルフジェンドを同格の好敵手と認識していたマクサリは、自身が手加減されていた現実を知るや、怒りに任せて竜の本能を暴走させるという行動に出た。
体内に取り込んだ超化翠が体外へと溢れ出始め、渦を巻き、全身を呑み込む。渦は竜巻となった。
「キュオオオオオオオオ」
マクサリは光の中で胎動の鳴き声を上げた。
「ウォルフジェンドよどうした?兵の後退が完了しているんだ。早く戻れ!」
通信用の魔法珠からジオールの怒声が聞こえる。その行動が作戦遂行の妨げになりかねないということをウォルフジェンドに暗に示す。
「ジオールすまねぇな、ちょっと思ってたより面白くなりそうなんでよ、そっちはそっちでやっといてくれや。オレはもう少し遊ばせてもらうぜ」
そう言うと、ウォルフジェンドは魔法珠を懐にしまう。
「へへ、賢ぶったやつより、本能に狂ったやつとの戦いの方が楽しいに決まってんだ。これも最前線の役得だぜ」
喜悦を押さえきれず、蛮勇のエルフは指を踊らせた。
◆
後退した光の丘の部隊は、退がりきったところで完全な防御の態勢をとり耐久の戦いに突入していた。
戦場に施した罠に敵を誘い、一網打尽を狙っているのだ。
「隊長、各員の配置と迎撃の準備完了です」
「うむ、あとはできる限り敵をここに留めれば策は成る。正念場だ、皆、奮起せよ!」
傭兵隊長ダブラが気勢を込めて号令を発する。
「さぁ、みんなで光の丘を守りますよ。ホゥホゥ」
「よし、お前ら、ここが正念場だ。気合いをい入れろ!」
警備隊長ニューロ、冒険者隊の長ゼタも続いて声を上げて、その熱気は全体に伝播した。
数百メートル先には追撃のために迫り来る王国軍の姿が見えた。
「総員防御態勢。決して崩させるなよ!」
ジオールがの声が魔法珠通して一斉に届けられた。
◆
マクサリを取り巻いていた翠色の光の放出が治まり始めた。
天に届くほどの竜巻状から、わずかなつむじ風へと規模を落とし外装を形成していく。
「へぇ、ずいぶんと竜らしくなったもんだな。そっちの方がずっと強そうだぜ」
姿を変えたマクサリを見て、ウォルフジェンドは感想を述べる。
しかし言葉の余裕さの裏で、緊張感は増大してきていた。
竜という最高位の魔物らしく、初めて体験したはずの超化を制御していたからだ。
マクサリの新たな姿は、確かに竜の体をなしていた。
頭、肩などには角が生え、巨大化していた手足は小さく収まり爪が鋭く目立つ。
表皮は鱗を纏い背には六枚の翼が生える。
尾は長く、棘と鱗で鎧のように堅牢でありながら鞭のようにしなやかだった。
光の丘側にも竜の亜人ゼタがいるが、それとは明らかに一線を画す神々しさを放っていた。
「キュオ、キュオオ、キュオオオオオオ!ふふふ、ずいぶん悠長なものだなぁ、私をこの姿にさせてしまったぞ。さぁ後悔の時間の始まりだ!」
変身を終えたマクサリが高らかに勝利を宣言した。声にも態度にも自信と猛々しさが満ち溢れている。
魔物を遥かに超越した激竜の姿を目の当たり見して、ウォルフジェンドは一瞬強烈に全身を震わせた。
爆発的に強い武者震いが全身を駆け抜けたのだ。その顔は歓喜で不気味なほどに歪んでいた。
「やっべぇな、この殺気、威圧感、久しぶりだぜ。腹の底から身体が喜んでやがる。そんじゃあ、目一杯楽しもうぜ!」
◆
死射手ウォルフジェンドと激竜マクサリ。
現在の戦場で最高戦力同士の激突の地を避けるように、王国軍は直進ではなく大きく迂回しながら光の丘の部隊への追撃を早めていた。
「少し勇み足になっているな。将軍の戦いとマクサリの声にあてられて統率が乱れ気味となっているか・・・」
主である負傷した黄金竜騎士ペルシオスの回収を終え、陣頭指揮に戻った副官のノルスは、縦に伸びた陣形を見て不安を覚え呟いた。
元がどんな陣形であっても、崩れれば脆弱となる。左右が平原と森で多くの伏兵を潜ませることのできない地形ではあるが、それだけでは拭い去れないものがあるのだ。
「将軍が深手を負って兵も失ったとなっては、勝ち目は薄いか。ここは一旦退いて将軍の回復を優先させた方がいいのかもしれんな・・・」
ノルスは手綱を握り直した。
伝令を数人呼ぶと「進軍を遅らせつつ、撤退を視野に入れた行動をせよ」と伝えるよう指示を出した。
◆
ウォルフジェンドとマクサリ。対峙する強者同士の戦いは、超化を制した激竜マクサリの急接近からの攻撃で幕を開けた。
超化によって強化された竜の強靭な脚力に加え、六枚の翼での加速で、マクサリは攻撃の意思を見せた瞬間に十メートル以上の距離を詰めてウォルフジェンドの眼前に現れた。
「速い!しかもこの位置、近すぎて攻撃の範囲外じゃねぇか!」
「ハァ!死ね!」
マクサリは笑いながら右手の鋭い爪の抜き手を放つ。
ほとんど瞬間移動のような速度だったが、ウォルフジェンドは見事に反応した。
両足を開き上半身をのけ反らせて爪に空を斬らせた。
「くそっ!速すぎて反撃に移れねぇ・・・なに!!」
回避したウォルフジェンドの空を向いた目に意外なものが映った。覆い被さるように真上に現れたマクサリだった。
六枚の翼を巧みに使い、空中で姿勢を固定していた。そして左の拳は既に準備を完了している。
「はは・・・やっべ・・・」
回避の最中につき、追撃を躱しきれないと判断したウォルフジェンドは、あまりの絶望感で思わず笑ってしまった。
「キュオ!」
マクサリの左の拳が胸に突き刺さった。
「がはっ!ぐぇ!」
上からの打撃で胸に衝撃が走って声を漏らし、その勢いで背から地面に叩きつけられたため、胸と背に連続でダメージを受けた。
悶絶してしまいそうな痛み。だが、ウォルフジェンドは即座に両足で着地して、前転で回避行動をとる。
マクサリの後方に回ると、反撃よりも回復を優先させて一旦距離をとった。
「ぐ、はぁはぁ、一瞬の一撃でこの威力かよ・・・やっべぇな、さっきまでとは比べ物になんねぇぞ・・・」
竜の闘争本能を解放した戦闘力はウォルフジェンドの予想を大きく上回っていた。
「痛ってぇ・・・だが、少しで良い、呼吸を整えて痛みを和らげねぇと・・・」
次の動きまでのごく短い時間でウォルフジェンドは回復を図るが、マクサリはそれを許さない。
六枚の羽は強く羽ばたき、急速の低空飛行で接近してきた。
「そんな暇、やらないよ!」
超低空の急接近の後、マクサリはウォルフジェンドの直前で地面に手を着いて急停止をかけた。
上半身がその場に釘付けになった。そして手を中心に独楽のような回転で足が前に出る。回し蹴りによる足払いだ。
ウォルフジェンドは跳び上がって足払いを回避する。
「空飛べるくせに、足払いなんてすんじゃねぇよ!」
悪態をつくウォルフジェンド。
だが、マクサリの狙いは足払いではなかった。それに気づいたのは、自身の身体が空中に浮遊しきった瞬間だった。
「しまった、本命はこっちか!」
「その通り。これでもう避けられまい!」
地面に着いた手を軸にしたまま、マクサリは空中のウォルフジェンドの腹を全力で蹴り上げた。その速さは反応速度を上回っており、回避も防御も間に合わず真正面から深々と腹に刺さる。
「ぐぁあああ!がっ、げぶぅ!」
濁った声を上げながらウォルフジェンドは宙を舞った。
「まだだ、終わりじゃないぞ!」
ウォルフジェンドへの追撃のためにマクサリは飛翔の体勢をとった。
しかし、いざ飛ぼうとした瞬間、その身体が後方に引き寄せられた。背が地について激竜は仰向けに転んだ。
「な、なんだ?なにをされた?」
動転したマクサリが身体を引き付けた位置へと視線を向けた。そこには六枚の羽のうちの一枚を地面に縫い付けるナイフがあった。
ウォルフジェンドは蹴られるのと同時にナイフを投げ、羽を地面に封じたのだ。
「な、なんとか・・・追撃は封じたみてぇ・・・だな・・・ったく、とんでもねぇ蹴りしやがって・・・くそっ!」
空中で体勢を立て直し、なんとかウォルフジェンドは着地してマクサリを向く。口からはわずかに血が垂れていた。
「貴様ぁ、まだ抗うか。大人しく死を受け入れろ!」
マクサリが激しく羽を動かすと、ナイフは吹き飛んだ。
血を流すウォルフジェンドと、いきり立つマクサリ。
数分前とは完全に入れ替わった形勢は、解放された竜の本能のすさまじさを物語っていた。
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