第284話 「特級冒険者 死射手 ウォルフジェンド」(バトル)
戦場、両軍の喧騒が収まったそのただ中、本日二度目の対竜の戦いが繰り広げられていた。
黄金竜騎士ペルシオスによって召喚された激竜マクサリ。
そしてそれに相対するは特級冒険者 死射手 ウォルフジェンド。
マクサリは大きく発達した両腕を振り回し、叩きつけ、ウォルフジェンドを狙う。
巨大な鉄槌のような両腕が交互に頭上から降り注ぐ。
しかしそこは特級冒険者ウォルフジェンド。身軽な身のこなしで、襲い来る拳をひらひらと舞うように避ける。
「ほっほっ、あらよっと。どうしたどうした、掠りもしねぇぞノロマ!」
華麗に回避をするウォルフジェンド。それに加え、避けるついでに無数の礫をマクサリの腕に叩きつける。
礫は竜の固い皮膚を突き破り、両拳を血に染めた。
「ギュオオオ!ギュオオオ!」
血が飛び散るごとにマクサリは嘆き混じりの声をあげる。
礫が深々と突き刺さる痛みは激竜から戦意を削ぐが、痛みを上回る主からの恐怖が背を見せることを許さない。
痛みと恐怖の板挟みの中で、マクサリは拳を振るっていたのだ。
◆
高位の魔物である竜の醜態に、黄金竜騎士ペルシオスの副官ノルスは、歯がゆい思いをしていた。
主の虎の子である竜が、たった一人の冒険者に弄ばれている。それは主への冒涜であり、顔に泥を塗ることになるからだ。
「ええい、情けない。エルフ相手に悲鳴を上げて、それでも竜か?仕方がない、ペルシオス様の下部に手をつけることになるが・・・」
ノルスは意を決したようになにかを懐から取り出した。それは拳大の翠色の塊だった。
「ドクターワットの開発した強化餌か・・・実験段階ゆえ生物にどんな影響が出るかは分からんと言っていたが・・・これ以上竜を失うわけにもいかん。将軍、お許しください。マクサリ!」
騎馬でマクサリに駆け寄ったノルスが名を呼ぶと、マクサリは一瞬意識をそちらに向けた。
「口を開けろ!」
そう叫ぶと同時に餌を口に向かって投じた。
マクサリはよく訓練されていた。主がおらずとも、その側仕えの顔を覚え、言葉に従う。
投じられた翠の餌を、攻撃しながらも器用に口に納めた。
餌が喉を通過した。直後、竜の意識は一瞬でどこかへと消え去った。動きを止めて呆然と立ち尽くす。
「?お、おいどうした?マクサリ!?」
異変に動揺したノルスが足元から声をかけるが反応はない。
「おいおい、つまんねぇ真似すんなよ!てめぇらで戦力減らしてたら世話ぁねぇぞ!」
戦いに水を差されたウォルフジェンドがノルスに怒鳴った。
ノルスも己の悪手を悔やみ、顔をしかめた。
「動かねぇんだったら死んでんのと同じだ。脳天ぶち抜いてやるぜ!」
ウォルフジェンドが懐から一本のナイフを取り出した。刃を指でつまみ、投擲の体勢に入った。決着を狙っている。
「そぉら、これで終いだ・・・ん?」
ナイフを投じるため、身体の軸を回転させようとしたその時、ウォルフジェンドの目に異様な事態が映った。
動きの無かったマクサリが小刻みに震えだしていたのだ。
さらに口からは翠色の煙のようなものが流れ出ており、明らかな異変が生じていたのだ。
「キュ、ギュ、ギュオオオオオオオォォォ!ボォォォオオオ!」
苦悶が入り交じった声を発しながら、マクサリの口から翠色の光がほとばしる。
翠色の光はマクサリの全身を包んだ。
◆
「あ、あの翠色の光は・・・まさか、超化翠!?」
光の丘の屋上で師の勇姿を見届けていたエィカが、激竜マクサリに生じた異変に既視感を覚えて身を乗り出し叫んだ。
かつて一角楼で異界人たちが戦いの際に用いた、能力を飛躍的に上昇、強化させる翡翠『超化翠』。
それの発同時に発する光だったのだ。
「ジオールさん、撤退を急がせてください。もしかしたら、とんでもない被害が出てしまいます!」
危機感を煽られたエィカが警告を発した。
「どういうことだ?あの緑色の光が何かあるのか?」
「詳しいことは後でお教えします。今は撤退を急いで!」
「う、うむ。分かった・・・」
言葉にせずとも、事態が悪化したことはエィカの表情が物語っており、ジオールはそれを汲んで行動に移り撤退を急がせた。
◆
異常な状態に陥ったマクサリ。緑色の光は次第にマクサリの全身を包み込み、繭状となる。
それをウォルフジェンドとノルスは黙って見上げ続けていた。
だが、その心中は全く異なる。
ノルスは不穏な事態を招いた『強化餌』などというものを託してきたドクターワットへの恨みを抱き、ウォルフジェンドは予測のつかない戦況に対する不安と期待に満たされていた。
それを象徴するようにウォルフジェンドは口角を上げて笑い、ノルスは口を半開きにして呆けていた。
「へへっ、ワクワクさせてくれんじゃねぇかよ。大将が引っ込んで雑魚しかいねぇから、物足りなく思ってたんだよ。さぁどうなりやがる?がっかりさせてくれるなよ」
ウォルフジェンドは期待に胸を膨らませながら、ナイフをジャグリングのように弄ぶ。
◆
光の丘の部隊が撤退を続ける姿を、王国軍は歩みを止めて見送っていた。
指揮官であるノルスがその動きを止めて機能を果たさないからだ。
軍はペルシオスとナルとの戦いを見届けた時のように、わずかに遠巻きで繭となった竜を見守っていた。
◆
数分の後、繭が震え始めた。
「お、来やがったな。さーて、竜か魔物か?何が出てきやがる?」
繭全体に亀裂が走った。隙間からは翠色の光が吹き出し漏れる。
「キュオ!」
聞き覚えのある声が短く聞こえた。マクサリの声だった。
繭が爆発した。薄い殻のような破片が周囲に飛び散る。ウォルフジェンドは軽く身を動かして躱した。
繭が消えると、そこにあったはずのものがなくなっていた。マクサリの巨体が消え去っていたのだ。
「ん?あいつ、どこに消えやがった?」
マクサリを探してウォルフジェンドが視線を動かす。
右へ左へと空を見るが、やはり何もない。
「こっちだよ。私を探しているのだろう?」
声が聞こえた。瞬時に反応したウォルフジェンドが視線を落とす。そこには、長身の人間程度の人影があった。
だが、その形には見覚えがある。マクサリのそれだったのだ。
「てめぇ・・・あの竜だな」
「御名答。理解が早いな。さすが特級冒険者殿というところかな。先程与えられた妙な餌のお陰でね、身体中に力が漲って、頭が晴天のように澄みきっているよ」
◆
「竜が縮む?なんだ、この現象は?強化餌とはなんなんだ、ドクターワット!?」
ノルスは不在のワットに怒鳴る。
ノルスがマクサリに与えた、ドクターワットからの翠色の強化餌の正体。それは、現在研究開発中の、魔力を含んだ培養肉に超化翠を混合させることで作り出されたものだった。
超化翠による超化は、人間は任意に発動が可能だが、人語を発せない魔物はそうはいかない。
しかし、この強化餌はその問題を解決するため、経口摂取による超化の強制発動のために開発された。
マクサリに与えたのはその試作品だったのだ。
だが、超化は一般的なものではない。一部の軍部の者たちに知られる手段、現象だ。「強化」という名称は、強化魔法などによる一般的な行為のような気軽な印象を持たせ抵抗感を薄れさせるための偽りの名前だった。
「ノルス君、落ち着きたまえ。これは超化という現象だ。もっとも、竜族に対して行われるのは史上初かもしれないので、前例の無い状況なので動揺は無理もないかもしれないがね」
マクサリの口調は紳士のように落ち着いていた。
超化の影響で知能が人間並みに上昇したのだ。そしてそれに伴い身体も人間に近いものとなっていた。
爬虫類のように曲がっていた後ろ足は伸び、背筋も伸びる。
頑強な顎と両腕は健在だが、それは竜よりも人間の身体に則した形になっていた。
マクサリの視界の隅で何かが光り迫ってきた。すかさず頑強な右拳を振り上げ、迫ったそれを払う。金属音が響いた。それは投じられたナイフだった。
「超化か。聞いたことはあったが、まさか鳴くしか出来なかった飼い竜が人間みてぇになるとはな。命の仕組みを組み替えるなんざ、ほとんど禁術の領域じゃねぇかよ」
ナイフを投じたのはウォルフジェンドで、超化の法とその産物にあきれていた。言う通り命を弄ぶ行為だったからだ。
気性の荒いウォルフジェンドといえど、その根本は自然を愛するエルフのそれだった。
「きみはさっきから私の身体をいたぶってくれたエルフだね。きみの姑息な攻撃、効いたよ。あんなにイラつかされたのは久しぶりだ。竜のプライドに則って、しっかり礼をさせてもらうよ」
マクサリが拳を握りしめた。人間の頭部よりも大きく、さらに一部が高質化して棘の飛び出したそれは、一目で殺傷能力の高さを理解させる。
「はっ、なにが竜のプライドだ。そんなもんにすがってんなら、今度は傷どころか粉々にしてやるぜ!こんダボがぁ!」
冷静な態度のマクサリに対し、ウォルフジェンドは威勢よく吠える。
どちらが魔物か区別がつかなくなった。
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