第282話 「花は傷ついても美しいのだ」(バトル)
「い、いやぁあああああ!ナル様が死んじゃったーーーーっ!」
光の丘の内部から戦況を見守っていた亜人の女子たちは、ペルシオスの一刀に伏され落下したナルを見て絶叫を上げる。
衝撃的な光景に、数名の女子は気を失って倒れた。
光の丘は、内は絶望、外は闘争の悲鳴が響き渡る阿鼻叫喚の様相を呈していた。
◆
「どうやら、そろそろワシの出番のようだな。おう、梟のじいさん、いいぞ、飛ばしてくれ!」
そう言うとアールケーワイルドは、布陣の最後尾、光の丘の麓に設置されている投石機の先端部に腰かけた。
投石機で自分をナルの場所まで投じろというのだ。
「ほ、本当に打ち出してよろしいのですか?生身の人間が投石機の衝撃に耐えられるとは思えないんですが・・・ホウホウ」
アールケーワイルドの信じがたい要請に、警備隊長、梟の亜人ニューロは戸惑いの顔を見せる。
「なぁにワシは頑丈が取り柄だ。気にせずやってくれ。早くせんと、あいつが殺されちまうぞ!」
「わ、分かりました」
押し切られるようにニューロが部下に指示を出し、投石機が動いた。
「そんじゃあ、行ってくる!あとはまかせたぞぉぉぉぉ・・・」
勢いよく投げ出され、アールケーワイルドは空へと消えていった。
◆
両軍が激突する戦場の中、不自然な空間がある。
ぽっかりと円形に空いた、水の中に一滴の油を垂らしたような綺麗な円の空間だった。
空間の中心には二人の人間、美の化身ナル・ユリシーズと黄金竜騎士ペルシオスがいた。
二人からは、戦場で興奮状態の戦士たちでさえ近づきがたい空気が放たれていたのだ。
対峙する二人の戦士。
ナルは数ヵ所に斬擊を浴び、ペルシオスは振り上げた状態の右腕を氷で封じられていた。
「ふん、時間稼ぎのつもりか?苦し紛れに腕を凍らせたところで、貴様の死の運命は覆らん。右が動かんなら左で斬ればよいだけだ。死ね!」
封じられ自由の利かない右腕を下げ、入れ替りで左の黄金剣を振った。狙いは首だった。
しかしその斬擊はナルの眼前で止まった。小さな六角形の氷の壁が、黄金剣を食い止めていたのだ。
「ぬ!?なんだこれは?我の剣を止めるだと?ただの氷ではないな?」
「い、いいや、ただの氷だ・・・だが、六枚重ねで少々頑丈なだけだ・・・」
ナルの言う通り、それは氷を魔力で固めて作った六角形の膜を、六層に重ねたものだった。
「そうか、一枚では我の剣に耐えられんが、六層なら斬った層が徐々に剣に絡まり、最後には食い止めるという構造か。見事だな」
『蜂巣晶隔』(ほうそうしょうかく)。物理、魔法、あらゆる攻撃に対して高い防御性能を誇るナル特製の補助魔法だ。
「そうか、我の右腕を凍らせたのは、これを作るための時間稼ぎか・・・」
「そうだ・・・しかも、それだけじゃ・・・ないぞ、足下を、見てみろ・・・」
「なに?」
言われて、ペルシオスが目を向けると、そこには既に両足がくるぶしまで氷で覆われていた。
「こ、これは、いつの間に!?」
「お前、が・・・雪床を散らして、くれた、おかげで・・・周囲を、魔力と氷で覆うことが出来たからな・・・ゆっくりと、仕込ませてもらった、よ・・・」
言葉を繋ぐこともままならないほど体力を消耗してはいるが、ナルは冷静さと精密さを維持していた。
「そ、そして、これが・・・今の、私ができる・・・精一杯、の、攻撃・・・」
振り絞るように言うと、ナルはライフル形態のハチカンを握る。片膝を立て、照準を固定した。
「『蜂巣晶隔』!」
銃口の前に六角形の氷が生じた。
「なんのつもりだ?自ら攻撃を妨げるつもりか?」
ペルシオスが当然の疑問を口にする。
「こ、これは・・・防御魔法じゃない・・・補助、魔法なんだ、よ。そして、このライフルは・・・特別にライフリングの距離を増やして・・・生成した。そ、その過剰な、螺旋の弾丸に・・・私、の魔力が込められた蜂巣晶隔を巻き込ませる・・・さて、ど、どうなると、思う・・・?」
「な、なんだと?そんなことをすれば・・・」
「答えは自分で確かめろ!カバカ弾装填!発射ぁ!」
気力を振り絞り、指に力を込めてナルが引き金を引いた。狙撃用の弾丸カバカ弾が殺意の螺旋を描いて放たれた。
カバカ弾は銃口を飛び出した直後に蜂巣晶隔の一つ目の層に触れた。
銃弾の螺旋回転が氷と魔力の六角形を巻き込み、纏う。
続いて二、三、四と、層を重ね纏う毎にカバカ弾は勢いと回転を増していく。
六層全てを巻き込んだ銃弾が、両腕の動きを封じられ、がら空きとなった黄金鎧の胸部に到達した。
回転による激しい金属音を掻き鳴らし、六層の強化が施されたカバカ弾が鎧に食い込みペルシオスを侵略した。
超将軍のために仕立てられた特別製の黄金鎧によって貫通や致命傷は免れたが、それでも弾丸は胸部の中央、胸骨に深々と食い込んでいた。
「か、かはっ!がぁぁ・・・ば、馬鹿な、わ、我が鎧が・・・身体が・・・ごぶっ!」
言葉を遮るように、カバカ弾の衝撃によって圧迫され破れた胃からこみ上がってきた血液が口から吐き出され、兜の隙間から吹き出した。
ペルシオスの身体が大きく揺らいだ。ナルのように膝をつくほどではないが、少なくとも攻撃どころではないことは明らかだった。
「お、おのれぇえええ、やってくれたなぁああ!この我にこれほどの深手を・・・げぼぉ!」
双方の重傷の様相。
しかし、それでもペルシオスは激痛に耐えながら両腕に力を込めて動きを封じる氷を砕いた。
「なめるなよぉ、覇ぁ!」
気合いの声と共に、右腕の氷が砕ける。
「おのれ・・・右腕だけ、この程度しかできんか。だが、せ、せめて、一矢報いねば・・・」
震える腕で剣を振り上げるペルシオス。まだナルをの首を諦めていない。
一方のナルもペルシオスを睨み、心は健在であると主張する。
「い、良い目だな。ならば・・・首ごと落としてくれよう・・・死ぃ・・・」
大きく黄金剣を振りかぶった。
二人に、そして取り巻く兵たちに緊張が走る。
その時。
「・・・ぁぁぁあああてぇええええええ!」
緊張を踏み荒らすような濁った怒鳴り声が、遠方の空から迫ってきた。
声の方向に戦場のすべての視線が注がれる。そこにいたのは、投石機によって送り出されたアールケーワイルドだった。手には愛用の警棒とマグナムリボルバーが握られていた。
「な、なんの、つもり、だ・・・あの、バカ・・・」
アールケーワイルドの信じがたい登場の仕方に、ナルは余裕のない状態でありながら悪態をつく。
「な、あ、あれは・・・四凶、か?」
奇抜な来訪者に、ペルシオスは戸惑い動きを止める。
眼前のナル、飛来するアールケーワイルド。
二者によってペルシオスは一瞬、意識を乱した。
首級か撃墜か剣の先が迷いを見せ、それが命取りになった。
「く、首を・・・ぐぁっ!」
ナルを討つ。と決断したが遅かった。迷った一瞬でアールケーワイルドの警棒はペルシオスに届き、剣を持つ右肩に深々と食い込んでいた。
「よっしゃあ、ギリギリ間に合ったなぁ!おりゃあ!」
着地と同時に、アールケーワイルドは警棒を黄金兜の右側面に叩き込んだ。
根元から破壊された右腕は、防御するために挙動することがかなわない。ペルシオスは強烈な一撃を直に味わうこととなった。
胸に銃撃、肩に打撃、顔面に打撃と、強烈な三連撃をくらい、黄金竜騎士ペルシオスはついに膝をついた。
「いかん、将軍をお助けしろ!」
大将の命を危惧したノルスが号令を発した。 戦闘を中断させた周囲の王国兵が駆け寄ってくる。
「よし、今だ!逃げるぞ掴まれ!」
アールケーワイルドがナルを抱え上げた。味方陣営へ向かって駆け出す。
「お、おまえ・・・何故?」
「何故って、味方を助けるのは当たり前だろうが!今は一旦引くぞ、今回は痛み分けだ!」
二人は味方の中に紛れた。
◆
「ぐ・・・お、おのれ・・・この、まま、で
・・・終わらんぞ・・・」
意識乱れ、震える声でペルシオスは決死の反撃を図った。
片膝の竜の装飾を掴むと、震えながら掲げる。
「げ、激竜よ、出でよ・・・」
掲げられた装飾が宙に舞い、激しく震えると内部から血肉が発生し、飛び出し、膨れ上がった。
血肉は巨大な塊となって、次第に形を定めると、二足歩行の、前腕と顎の発達した『激竜マクサリ』となった。
「キュオオオオオオオオ!」
甲高い咆哮が戦場に響き渡る。
激竜マクサリの脇を後方から騎馬が駆け抜けた。
ペルシオス救援の部下だ。
騎馬は将を担ぎ上げると、アールケーワイルドのように自軍内へと消えた。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
◯アールケーワイルド
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