第27話 「暴風と呼ばれる女」(バトル)
「もしかして、六姫聖とやらは全員が通り名を持っているのか?」
修練所に向かうリンの後姿を見ながら、サイガは一つの疑問をセナに尋ねた。
「そうだよ。ナル様が美の化身って呼ばれているように、リン様も確か・・・って、あれ?なんだっけ?」
「セナさん、忘れたのなら、魔録書に聞いてみてはどうですか?」
度忘れしたセナに、エィカが助言する。
「そうだね。魔録書よ答えておくれ。六姫聖、リン・スノウ様について教えて」
「かしこまりました、ご主人様」
セナの問いかけに、魔録書がその目を開き答えた。
『六姫聖リン・スノウ。身長一九二センチ、近接戦で高い戦闘力を誇る。非常に好戦的な性格で、実戦、試合と場所を選ばず戦いの場に身を置き続けるため、戦闘経験は六姫聖の中でも群を抜いて多い。また、その好戦的な性格からついた通り名は『暴風』である』
「暴風・・・だと・・・」
「ということは、さっきのナル様みたいな魔力量で嵐のように暴れまわるということでしょうか?」
魔録書の言葉にサイガは言葉を詰まらせ、エィカは寒気のするような予想を立てた。
ギルドの裏手に設けられた修練所の中央でサイガとリンが向かい合った。
周囲には六姫聖の戦闘を一目見ようと、多くの冒険者達で溢れかえった。ギルド職員ですら仕事を放り出し駆けつける始末だ。
「どのような手段を用いても構いません。私にその実力を認めさせてください。そうすれば合格です。あなたを冒険者として登録いたします」
「どのような手段でも。ですか」
「ええ、どのような、でもです」
二人は不敵に笑った。
共に目的は同じ『冒険者への登録』だが、思惑は違っていた。サイガは暗殺者としての忍びの技の駆使をたくらみ、リンは強者との闘争という渇望を満たすために、それぞれ笑っていたのだ。
リンが目を閉じて深く息を吸った。肺が空気に満たされ、上半身が膨らんだ。
「はぁあああああああ・・・」
全身に力と気合を込めて、重々しくゆっくりと吸った息を吐き出した。それにともなってリンの体に変化は生じ始めた。筋肉に緊張が走り、膨張する。
高身長を支えるために、もともと太かった脚はさらに太さを増し、皮下脂肪が消え筋肉の形がわかるほど衣服に張り詰める。
豊満だった胸は胸筋が下地となって、胸周りは三回りほど大きくなったように見える。
上腕二等筋と後背筋は互いに押し合い、閉じられなくなった脇がわずかに開く。
リンの体は劇的に変化した。先ほどまでは背の高い女、程度の体格だったのが、男のプロレスラーやボディビルダーを凌駕するほどの筋骨隆々の体となったのだ。
その姿は暴風リン・スノウが戦闘態勢に入ったことを表した。
「ふふ、お待たせいたしました。準備完了ですわ」
目を疑うような変化を見せた後も、リンの笑顔は変わることはなかった。
「すげぇ・・・なんだあれ?」
「あんな腕で殴られたらひとたまりもないぞ」
リンのその容貌の変わりように、周囲の野次馬がいっせいに騒ぎ出した。
「驚かせてしまったみたいですわね、皆様。初見の方々はそうですわ。私のこの筋操剛体を目の当たりにすると、慄かれますの。ですけど、サイガさん、あなたはどうかし・・・ら!!」
驚愕する野次馬達の反応にうんざりしながら、リンは目を閉じて、軽く首を振った。そして目を開けサイガへと視線を戻した。
が、サイガはその一瞬の隙を見逃さなかった。
目を閉じた瞬間に前に走り出すと、上方に飛び上がり前転。空中で加速した踵をリンの脳天に向けて振り下ろしたのだ。
リンは全て言い終わる前に、咄嗟にそれを腕で受け止めた。そのため、最後の一言が大きく跳ね上がったのだ。
急降下する踵と、それを受ける腕。肉と肉のぶつかる音が、開戦のゴングとなった。
「お見事。奇襲はお嫌いかな?」
咄嗟に反応し受け止めたリンに、サイガが笑いながら尋ねる。
「上等ですわ」
腕から伝わる衝撃に、リンの顔は愉悦に満ちていた。