第280話 「この程度で私は汚せないぞ」(バトル)
亜人の身体能力は人間を上回る。
獣系なら力、鳥系なら身軽さといった具合に、もとの動物の特徴を有するため、その部分で人間よりも優れるのだ。
光の丘の傭兵部隊はそのほとんどが獣系で、筋力は人間の倍以上に及ぶ。そのため、王国軍の兵たちは亜人の壁を破れずにいた。
まず、接近する騎馬隊に傭兵隊長のダブラが咆哮を浴びせると、馬たちは恐怖で足を止めた。
怯える騎馬隊を一斉に獣人たちが襲う。
斧、槍、槌、大剣と、長柄の武器が馬を倒し隊列を瓦解させていく。
痛手を与えた。と確信した獣人たちが次の攻撃に移ろうと武器を構え直す。
だが、にわかに空が赤く染まると炎の雨が降り注ぎ、進攻の足を止めさせる。
王国軍本隊からの遠距離攻撃魔法『ファイアレイン』だ。
「魔法だ!耐性の無い者はさがれ!」
ダブラが喧騒のなかでもよく通る声で命じた。
獣人のほとんどは本能的に火を恐れることに加え攻撃魔法への耐性が低いため、行軍が停止する。
空からは今も炎が降り続けていた。
ナルのハチカンが形態を変化させた。
ライフルから大砲へ。肩に担ぐ大型のランチャーになる。
「ハチカンランチャーモード!この程度の魔法なら、対策もなにもない。一撃で消し飛ばしてやろう!アダブ弾装填!」
天に打ち上げ、広域に氷の雨を降らせるアダブ弾が装填された。
「この程度」と、ナルは炎の雨を一笑に付す。
魔炎メイ・カルナックの炎を常日頃から目の当たりにしているナルにとって、この炎は灯火にも劣るものだった。
「アダブ弾、発っ射ぁ!!」
砲弾が打ち上げられた。それは高く高く、炎の雨の上方を位置取った。
砲弾が散開した。氷の雨が降り注ぐ。規模は広く、容易に炎を覆い尽くしていた。
ナルの砲撃は、範囲も威力も炎を遥かに凌駕しており、氷は炎を呑み込み完全にかき消した。
さらに氷は放たれた量の三分の一を残していた。
ナルが右手を上げた。親指と中指が腹を合わせている。
「パチン」とスナップが鳴り、残されていた氷が砕けて燃える地面に降り注ぎ消火が行われる。
ナルの氷によって、獣人たちを本能的に怯えさせた炎は消え去った。
◆
「な、なんだと?百人の魔道士の同時詠唱で放った炎を、たった一人、たった一撃で相殺したというのか?しかも余力を残して・・・あ、あれが六姫聖・・・美の化身ナル・ユリシーズ・・・」
ペルシオスの副官ノルスは、空を見ながら呆然と口を開ける。
「面白いな。凡百の魔道士がいくら集まろうが、ものの数ではないということか」
一言所見を述べると、ペルシオスは立ち上がった。右肩の竜頭の形の装飾に左手をかけると、取り外して天に掲げる。
「突出した戦力には突出した戦力をぶつけてくれよう!いけ、『嵐竜』!」
竜の装飾が天に浮かび上がり、激しい風が吹き始めた。
「ア゛オオオオオォォ!」
その名の通り、嵐のような鳴き声が聞こえると、風が消え去りあとには一匹の緑色の竜が現れた。
黄金竜騎士ペルシオスの鎧には両肩両膝に竜の装飾が施されており、それぞれに竜が封印されている。
ペルシオスが駆る地竜マドンも左膝に封じられたその一匹なのだ。
そして、右肩から呼び出されたのは『嵐竜ベブー』。
巨大な翼を媒介とした風魔法を操る緑色の竜で、ずんぐりとした体躯のため動きは鈍いが、それを補ってあまりある精度で風魔法を扱う。
「行け、ベブー。あの女と遊んでこい。なんなら食ってしまっても構わんぞ」
「ア゛オオオオオン」
命じられたベブーは咆哮を上げると、大きく羽を羽ばたかせて、ナルへ向かって飛び去った。
◆
「前方!大型の竜が接近中です!」
傭兵部隊の熊の獣人が、ベブーの気配を察知してナルに報告した。
「なに?いったいどこから現れた?・・・あれは私が相手をする。皆は戦線を維持してくれ!」
そう言い残して、ナルは飛翔した。後には冷気が残った。
◆
「この感じ・・・風を操る竜か。この規模の魔物を地上で暴れさせるわけにはいかないな」
空中でベブーと対峙するナル。冷ややかに睨み付ける。
麗しく鋭い眼光を受け、ベブーも空中で制止したまま睨み返した。
ベブーが口を開いた。口腔内でなにかが蠢いている。
「!!風魔法か!?」
気づいて身構えた瞬間、乱れた風が口から飛び出した。激しくうねりながら、竜巻と化してナルへ迫る。
「『凍盾』(とうじゅん)!」
絶対零度の盾『凍盾』を発動させ、ナルは風を防ぐ。
塞がれてなお、ベブーは風を吐き続ける。その威力に、ナルはその場に釘付けにされた。
「くっ、やはり竜の魔法は威力が段違いだな。ならば・・・『反鏡』」
魔法を反射する氷の鏡『反鏡』が発動した。複数の鏡が、ナルの足下とベブーの周りに囲うように現れる。
「ハチカン!」
ナルの両手に連射性の高いサブマシンガン形態のハチカンが出現した。
「セアッタ弾、装填!」
一万発以上の弾丸の超高速での連射を可能とするセアッタ弾が装填された。
連射の銃に装填された連射の弾丸。二重の高速連射の機能が相乗し、その連射の速度は神速の域に達する。
「さぁ、四方八方からの弾丸の包囲網だ。穴だらけにしてやるぞ!『リフレクションブリザード』!」
引き金が引かれ、ハチカンから無数の弾丸が超速で乱射された。
足下の反鏡から、ベブーの周囲の反鏡に、周囲の反鏡からまた別の反鏡に。
乱反射から乱反射。さらに乱反射。止むことのない無数の銃弾の檻に囚われ、ベブーの表皮は緑から赤色に染まっていく。
「ア゛、ア゛オオオオオォォ!」
ベブーが吠えた。
しかしその声は、痛みに悶える苦悶の声だった。助けを求めて叫んでいるようにも聞こえた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
狂ったような声を上げ、ベブーが大きく翼を広げた。魔法の触媒だけあって、通常の竜のものより二倍ほど大きい。
翼は振動音を発していた。さらに銃弾の中にあって被弾することなく、傷も負っていなかった。
「羽だけ無傷だと?どういうことだ?・・・まさか、お前の魔力の発生源は口ではなく、そこか!?」
ナルの読み通り翼は魔法の触媒で、そのためナルの魔法で作られた銃弾の攻撃を相殺していたのだ。
これは、銃弾の中に込められる魔力が少量だったために起こったことだった。
ベブーの翼に光る紋様が浮かび上がった。高位の風魔法のための紋様だ。
「ギョアアアアアアアア!!」
天に響き渡る咆哮と共に、翼が羽ばたいた。
竜巻で対象を呑み込み風の牙で噛み砕く高位の風魔法『バイティンサイクロン』が翼の紋様から放たれた。
竜という存在は、時に神として、時に魔物として扱われる。それは竜が魔物と神の間の存在であることを教える。
その存在が放つ高位の魔法。威力は人間のそれとは比較にならない。
バイティンサイクロンは、その牙でナルの身体を無惨に切り刻むはずだった。
しかしそうはならなかった。
乱風の牙は、放たれた瞬間にその標的をナルから術者であるベブーへ向け、赤く染まった緑の巨体に牙を突き立てたのだ。
「????ギョア゛ア゛ア゛!???」
ベブーは状況が理解できないまま悲鳴を上げた。
全身からこれまで以上の鮮血が飛び散った。
「ギョアア!!」
苦痛の中で、ベブーはまた口を開いた。窮地から脱するための、苦し紛れの行動だった。
そしてそれが、命取りだった。
大きく開かれた口に、筒状の大きな物体が突っ込まれた。大砲形態のハチカンだった。
「これで終わりだな。しかし、竜は知性を持つと思っていたが、人に飼われて脳が萎縮したようだな。まさか魔法を反射する、私の『反鏡』に囲まれた状態で高位魔法を放つとはな」
ナルの言葉を聞き理解したことで、ベブーは己の愚かさを知り後悔の念で嘆きの叫びを上げた。
しかしその声は、喉まで押し込まれたハチカンによって肺に封じられる。
「さらばだ。貴様が最後に目にするものが美の化身である私であったこと、せめてもの幸運だと思うがいい。マッハド弾装填!発っ射ぁ!」
全砲弾中最高位力のマッハド弾がベブーの体内に撃ち込まれた。
内側から氷の爆発が広がり、竜の全てを凍らせて砕いた。
ベブーは骨、肉、内臓、全てが氷の粒となって宙に消え、唯一残ったのは魔力の触媒である翼だけだった。
本隊を失った翼は、重力に逆らえず地に落ちていった。
単騎で竜を撃破するナルの勇姿に、味方からは称賛の雄叫びが上がった。
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