第278話 「奮起せざるをえまい!」(ストーリー)
「以上が斥候の報告です。残念ながら超将軍の幕舎内での様子を探ることは叶いませんでした。ホウホウ」
そう言って斥候からの報告に一区切りをつけたのは警備隊長、梟の亜人のニューロだ。
光の丘では王国軍に対する作戦会議の真っ最中だった。
「ニューロよ、ここに書いてある『黄金竜騎士の抜剣は確認できないほど速かった』とあるが、これは確かかね?斥候の者の見間違いではないのか?」
にわかには信じがたい報告内容に、当然の疑問をぶつけるのは、傭兵部隊長の獅子の亜人ダブラだった。
「そこは間違いないでしょう斥候は空に鷹、陸には土竜の者を出しました。その二者での共通の認識です。加えて、共に実力は冒険者で言うなら中の上。目は確かです。ホウホウ」
「そうか、それならばなおのこと困ったことになるな。ガル・・・」
「歯切れが悪ぃな。なにが言いてぇんだ」
己の中で話を巡らせるダブラに、ウォルフジェンドが焦れた。
「いないんだよ。近接戦渡り合えるものが、ここにはね」
「はぁ?なに情けねぇこと言ってやがる。てめぇら獣の亜人だろ?人間よりずっと強ぇ身体してんじゃねぇのかよ?」
「確かにそうだが、これは規格外だ。常識を遥かに超えている。地竜の方は数にモノを言わせればなんとかなるが、コイツはそうもいかん。冒険者たちはどうかね?」
ダブラは冒険者代表の竜の亜人ゼタへと話を振る。
「愚問だな。傭兵隊は、竜人の私を筆頭に歴戦の戦士が揃っている。超将軍なぞ恐るるに足らん!・・・と、言いたいところだが、かの者は竜すら容易く狩ると聞く。もしその噂が事実なら・・・」
超将軍の名に腕自慢の戦士たちの言葉が弱くなる。
「・・・・・・」
沈黙が空間を支配した。全員が次の言葉を探している。
「となると、ワシが出るのが妥当だな。超将軍の連中は揃って虫が好かん。あの女、力ずくで叩きのめしてやるよ」
アールケーワイルドが名乗りを上げた。その顔と言葉には珍しく嫌悪と怒りの念が込められていた。
その雰囲気にナルは違和感を覚える。が、今はそれを呑み込んだ。
「ありがたい。では、そっちはお任せよう。それともう一つ、気になるところがある」
ジオールが資料から写真を一枚取り出す。
「ここ写っている大きな荷物はなんだ?」
写真には大型の荷車に乗せられた大きな荷物があった。
食料や武器といった、小さなものを集積したものではなく、大きな一つのものを固定している積み方だった。
「申し訳ありませんが、中を確認することは叶いませんでした。部隊の中で最も警備が厳重に敷かれておりまして、近づくことすらままならなかったそうです。ホウホウ」
ニューロは頭を掻いた。
「もしかしたら、連中の奥の手かも知れねぇ。できることなら真っ先に正体を暴いておきてぇな」
「ご安心をウォルフジェンド殿、潜入調査は継続中です。ホウホウ」
「では、この資料をもとに当日の作戦と布陣を計画する。日を跨ぐ前には完了し、各部隊へ知らせるので、配置は日が昇る前に行うことになるだろうから、今のうちに補給を済ませてよく休んでおいてくれ」
ジオールの言葉をもって会議は終了した。一旦、全員が部屋をあとにする。
◆
会議後、各隊長を見送るナル。その背にアールケーワイルドが声をかける。
「ナル・ユリシーズ、お前さん頼みがある」
「なんだ?」
目の敵に声をかけられ、ナルは不快な顔になる。それでも美しさは損なわれない。
「まぁそんな顔をするな。少し難しいかもしれんが、お前に前線に立ってもらおうと思ってな」
「正気か?私は狙撃手だぞ。わざわざ不利な状態を招くつもりか?」
「確かに、お前の長所を殺すことになるかもしれん。だが、今日のジオールとの戦いで気づいただろう、お前の美貌は人種を超越して万人を魅了する」
アールケーワイルドが語るのはジオールとの戦いの際の観衆たちの反応だった。
「知っている。なにを今さら・・・」
「だからこそ、お前が前線に立つことで兵たちを鼓舞できるはずだ。居るだけでそんなことができるのは、美の化身のお前だけだ」
「・・・」
「光の丘の戦闘要員は、多く見積っても約三千。数で負けている上に、ワシは超将軍にかかりきりになるのは確定だ。必然的に実力者の負担は過剰なものとなる」
「確かに、戦力差の穴埋めは私たちの役目にはなるな」
「だから、お前が奮戦する姿を見せれば全体の士気は必ず上昇して、戦力の飛躍的向上が見込めるはずだ。だから頼む!この通りだ!」
両手を合わせて頭を下げるアールケーワイルド。
普段、目の敵にして冷遇してくる相手に対して平身低頭する姿にナルは感心した。
「頭を上げろ。そんなことでいちいち頭を下げるな」
「お、お前、そんなことって、皆の命がかかって・・・」
「だからこそだ。この私が、そんな命運を担う重要な役割を頭を下げなければ務めないとでも思ったのか!?」
「い、いや、まぁ・・・そう言う訳じゃ・・・これはいつもの癖というかなんと言うか・・・」
アールケーワイルドに他意はない。ごく自然に頭を下げていた。
「見くびるなよ!貴様に言われるまでもない、私の勇姿であらゆる者たちを奮起させてやる!」
そう言うと、ナルは黒く長く美しい髪をたなびかせ、ヒールの音高く去っていった。
「怒らせてしまいましたか?」
ナルの姿が見えなくなったところで、陰からコージュが現れた。
「いや、あいつはいつもあんな感じだ。ワシは目の上のたんこぶだからな」
「ごめんなさい、嫌な役をさせてしまいました。彼女のこと、まだよく知らなくて」
「いやかまわん、陛下の愛した国を守るためだ。ワシの恥一つで済めば安いもんだ。それにあいつに対してその考えは杞憂だな。あいつぁ頑固だが、馬鹿じゃねぇ。想いの強さはワシ以上さ」
今回のナルが前線で戦士たちを鼓舞する案はコージュの発案だったのだが、ナルの人となりを知らないため、交渉をアールケーワイルドに委ねたのだ。
「それで、懸念は消えたか?」
「はい。天・地・人の地と人が整いました。不測の事態がなければ、勝機はあるかと・・・」
「だといいがな。ま、そうなるように気張るのがワシらの仕事か」
「ですね。頑張りましょう」
二人は作戦を練るためにジオールの部屋へと入った。
◆
迫る戦の準備のために、ナルは食堂にいた。魔力の補充と氷の魔法珠の作製のためだ。
「兵糧の分に手をつけない範囲で、できる限りの量の甘いものを出してくれ」
「え?で、できる限りって、百人分じゃききませんよ!」
ナルの注文に、食堂のウェイトレスは驚嘆した。
「適量だな。戦いに出るにあたって、準備を怠るわけにはいかないんだ。次々に持ってきてくれ!」
そう言うとナルは、席に着いてチョコレートソースに練乳を混ぜたドリンクをジョッキで注文した。
「ほ、本当に四万キロカロリー食べるつもりなんですか!!?」
遅れて食堂に到着し、テーブルに並ぶ大量のスイーツを見たエィカが、ウェイトレスよりも大きな声で驚嘆した。
「そんなに驚くことか?六姫聖が大量に食事をするのを見るのは初めてじゃないだろう?」
「そ、それはそうですけど・・・さすがにこの量は初めてです」
「仕方ないだろう、万が一のために魔法珠を準備する必要があるんだ。食べたそばから消耗するからな、食べるのをやめるわけにはいかないんだ。なんなら一緒にどうだ?一人で黙々と食べ続けるのも寂しいものだからな」
「ええ・・・う~~ん・・・」
「なんだ、乗り気じゃないのか?残念だな、今なら私と食べさせあいっこが出来るのにな。ほら、あ~~ん・・・」
ナルはメープルシロップの滴るパンケーキをフォークに刺して差し出した。
「ご一緒します!」
一瞬だけ迷ったが、エィカは即座に陥落した。
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