第275話 「この恥知らずめ!」(ストーリー)
「先程は我が師がみっともない姿を見せてしまい申し訳ございません。師に代わってお詫び申し上げます」
そう言いながら深く下げた頭を起こしたのは、ウォルフジェンドの弟子でコージュと名乗るダークエルフの女だった。
コージュは、隣の会議室で今後の作戦をジオールと相談していたが、客間が騒々しいのでジオールと共に様子を見に来たところで、先程の光景に出くわしたのだ。
「やれやれ、酒を与えておけば大人しくするかと思いきや、酔いつぶれて弟子にしかられるとは・・・それでも年長者か?」
「悪かったな、これでも年長者だよ」
呆れるジオール。さすがに言葉に衣を着せる気もおきなかった。
「はじめまして、あなたがエィカさんですね。先生からお話はかねがねうかがっております。これまでで一番優秀な方とのことで」
「は、はぁ・・・ずびっ」
自己紹介ついでの唐突な報告に、エィカは思わず鼻をすすって返事をした。行儀の悪さに気づいてすぐさま鼻を隠す。
「おいコージュ、いらねぇこと言うんじゃねぇよ。そういうのは本人に言わねぇのが粋ってもんだろ」
「だからといって、最低限の事ぐらいは口に出して伝えてください。だから信頼を油断と捉えられるんですよ」
ウォルフジェンドがアールケーワイルドと飲み比べを行い潰れたのは、単純に酒に溺れただけではなくエィカへの信頼の意図もあったのだが、日頃の言動と振る舞いから大事の前に泥酔する怠惰に捉えられてしまった。
コージュはその事を言っていた。
「ど、どーゆーことですか?」
興奮が覚めないためか、いまひとつ二人の会話の意味を理解できないエィカがナルを見る。
「まぁ大雑把に言うと、ウォルフジェンド殿はエィカを素晴らしい弟子だと思っているということだ」
本当に大雑把に、だが最も聞こえの良い一言で師から弟子への想いを言い表した。
ウォルフジェンドとコージュも頷いていた。
「まぁ、ウォルフジェンド殿はエィカが叱ってくれたからいいとして、問題は貴様だアールケーワイルド!いくら酒に強いからといっても、相手が潰れるほど飲むことがあるか!限度を考えろ、一体どれくらい飲んだんだ!?」
エィカが終わったと思いきや、次はナルが怒りを露にした。
その剣幕はエィカに及ばないが、ナル特有の冷たさと完璧に整った顔立ちが本能的な恐怖に触れてくる。
叱責と恐怖によって、まさに肝が冷えたアールケーワイルドは酔いもどこかに飛んでいってしまい、顔と身体全てを使ってたじろいでみせた。
「こ、今度はお前かよ。ワシはそんなに飲んどらんよ。ただ、ここの酒場においてある酒を度数の強い方から十ガロン(三十六リットル)ほどチャンポンしただけだ」
「十ガロンだと?だからあんなに酒臭かったのか?エィカのいう通りだな、貴様の王への忠誠心は酒以下か!?」
「ば、馬鹿言うな。ワシの心は鉄の柱にように実直で揺るぎないぞ。その証拠にほれ、一切酔っとらんじゃないか!」
「それは単なる体質の問題だろう。つまらん言い逃れをするな。一番の問題は酒を飲んだことと臭いを漂わせていることだ!自制の利かない忠誠心など、むしろ無礼だ!」
ナルは六姫聖の中でも特に忠義に厚く生真面目な性格のため、主語が大きく脅迫的な物言いになる傾向がある。
飛び出す言葉は槍のように鋭く、心を刺して攻め立てていた。
「ナル様、もうそれぐらいでご容赦ください。二人の不心得、これは武働きで返していただければよろしいかと」
ナルの怒りの様に、自然の終息を不可能とみたコージュが割って入った。これによって、客間を支配していた荒れた空気が一旦の終わりを迎えた。
コージュは二人の心構えもそうだが、ナルのアールケーワイルドに対する態度に個人的な感情を読み取っており、話がこじれる前に断ち切ったのだ。
◆
怒りと興奮が覚め冷静になったところで、風の精霊助けを借りて部屋の空気を入れ替え、室内を整えると、議論されるべき本題が始まった。
明日に迫った超将軍率いる軍勢への対策だ。
室内には、ジオール、ウォルフジェンド、ナル、アールケーワイルド、エィカ、コージュの他に光の丘に滞在する亜人たちの代表が集った。
商人組合長、狸の亜人『アレック』。
傭兵隊長、獅子の亜人『ダブラ』。
警備隊長、梟の亜人『ニューロ』。
冒険者代表、竜の亜人『ゼタ』。
住民代表、エルフの『アイム』。
客間の端から端まで届く長机を置き、全員が席に着く。
◆
「諸君、この光の丘の危機に力を貸していただくことに対し、まずは礼を申し上げる」
開口一番、長のジオールが皆の前に立ち感謝を伝える。
「さて、既にご存じの通り、この光の丘は明日にも王国最強格の戦士『黄金竜騎士ペルシオス』率いる王国軍による戦闘を辞さない徴発行為を受けることとなる。それは公式の印の捺された通告書からも確かだろう」
ジオールは一枚の紙を見せる。前述の通り王家の印が捺されていた。
「ジオール殿、ひとつ聞いてもよろしいか?」
ナルが手を上げて尋ねた。
「なにか?」
「軍の目的はなんですか?徴発を行うには、欲するものがあるはずです。通告書に記載は?」
「いや、ない。だが心当たりはある。ほぼ確信している」
「それは?」
「この台地そのものだ」
ジオールは軍の徴発の動機を語り出した。
◆
五百年ほど前、この地は土地神の恩寵により、魔力や精霊の力が溢れる肥沃な平面の土地だった。
豊かな場所には様々な生命が集う。人、獣、魔物、亜人、精霊、エルフ、あらゆる種類の命が分け隔てなく恩恵を享受し平穏に暮らしていた。
しかし、無償の恵みと平和な地があるとなれば無法の輩がそれを狙いだす。
肥沃な土地は踏み荒らされ多くの命が奪われた。
そのことにより土地神は激しく悲しみ、あらゆるものを拒絶することとなり、土地を隆起させて岩と土で封じた台地へと作り替えた。
それ以来この地は、ただ木々に覆われるだけの無人の森となった。
それから約三百年後、この地に、人間の迫害を受けたエルフの一団が放浪の末にたどり着いた。
それを率いていたのがジオールで、用心棒を勤めていたのがウォルフジェンドだった。
台地になってから三百年の間に、台地は狂暴な魔物がはびこる荒れ果てた魔の巣窟となっていたが、エルフたちは魔物を討伐して台地の内部をくりぬくことでそこを開拓し、安住の地とした。
台地の内部は神と精霊の力に満たされていた。そしてエルフたちは自然を愛し、自然に感謝することを忘れなかった。
その事によって、エルフたちは台地の恩恵を充分すぎるほど受けることになり、以降二百年に渡ってこの台地は反映を続けることとなった。
そしていつしかこの地は光の丘と呼ばれるようになったのだ。
◆
「というわけだ。その事からもわかる通り、軍が狙うのは土地神と精霊の力、つまりこの台地そのものだ」
ジオールが語り終わった。
「神の力か。確かに軍を動かしてでも手に入れたいものではあるな」
ナルが腑に落ちた顔をする。
「そんで、戦力差はどんくらいだ?」
ウォルフジェンドが問う。
「それは私が・・・ホゥホゥ」
警備隊長、梟の亜人ニューロが口を開いた。全身が綿毛の、丸いシルエットの老年の亜人だ。
「斥候からの報告によれば、数は約五千。内訳は騎兵千の歩兵三千、魔道士五百と補給隊五百です。ホゥホゥ」
「五千?ここを攻略するにしちゃ少ねぇな。住人の半分程度しかいねぇぞ。てことは、それだけ超将軍が強ぇってことだな」
「ああ。戦力に換算するなら五千人以上に匹敵するだろうな」
ナルがウォルフジェンドの予想を補完した。
「一人で五千人分だと?冗談きついぜ」
規格外の数字に、ウォルフジェンドは思わず笑ってしまった。
「ジオール殿、超将軍もそうなんですが、ひとつ気がかりな報告がございます。ホゥホゥ」
「気がかり?なんだ?」
「敵の隊列の中に、正体のわからない荷物があるとのことです。ホゥホゥ」
そう言うと、アイムは斥候からの報告をまとめた書類を読み始めた。
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