第272話 「存分に味わえ」(バトル)
髪の艶で攻撃を回避するという、ナルにしかできない唯一無二の戦闘術はジオールの精神を追い詰め、その脳内を怒りで煮えたぎらせていた。
「おおおお、おのれぇええ!髪の艶だとぉ?そんなもので私の攻撃を躱したというのか!?ならばその顔と身体だ。髪に代わって痛め付けてやるぞ!いけっ!・・・はっ!しまっ・・・」
ジオールが意思を宣言した直後、慌てて口をつぐむ。
「今の号令、やはり、あの攻撃は自身から発したものではなく『使い』の類いだったか。先ほどの三連撃、動作が直線的だったのに軌道が不規則だった。まるでなにか意思があって動いているように、な」
まんまとジオールを怒りのドツボにはめ失言を引き出したことで、ナルは口角を上げニヤリと笑った。
怪しくはあるが、それもまた美しかった。
迂闊な発言を悔いた後、ジオールは咳払いをして襟を正した。興奮した己をいさめたのだ。
「まったく、私としたことが、興奮して口を滑らせるとは情けない話だ。どうやら、たかが人間と侮っていたようだな」
深呼吸をし、ジオールが落ち着きを取り戻した。
「認めよう。貴殿らは精神、技術共に私に並ぶ対等の相手だと。そして、対等の者にならば明かそう。これが私の力だ!出よ『霊幻兵団』!」
ジオールの号令を受けて、その力が顕現した。
周囲の空気が陽炎のようにゆらめき、その名の通り兵団を形作る。
兵団がはっきりと姿を表した。
全身を包む鈍い銀の鎧に長剣を握る兵が計十体。生命感はなく、霊幻という名の示す通りの一団だった。
「なるほど、これが見えない攻撃の正体か」
「そうだ、神出鬼没の不可視の兵団だ。先程は三体だけを動かしたが、今度は十体全てでの総攻撃。殺しはせんが、兵団の脅威、存分に味わわせてやるぞ!いけっ!」
ジオールが指揮者のように両手を前に振った。
霊幻兵団が長剣を構えたまま総員で突撃を開始した。
◆
「姿の見えない兵団か。さっきワシの首を絞めたのもあいつらの一体って訳だな」
喉に残る兵士の手の余韻を払うように、アールケーワイルドは喉をさする。
「そういうこった。しかし、あの六姫聖のネェちゃんスゲェな、攻撃の正体に気づくとは思ってたけど、あんなに早くつきとめるうえに、一発ももらってねぇときたもんだ。大したもんだぜ」
忌憚のないウォルフジェンドの賛辞。その文言にエィカは引っ掛かった。
「え?先生、もしかして知ってたんですか?ジオールさんのアレ」
「初対面じゃねぇんだ。そりゃそうだろ」
「だったらヒントぐらい言ってあげてもよかったんじゃ・・・」
「なに言ってんだアホンダラ。そんなことしちまったら、実力の証明になんねぇだろ。それにそんなことされてあの女が喜ぶか?お前らは今、戦争してんだ。甘っちょろいのも大概にしとけよ」
「は、はい。ごめんなさい。迂闊でした・・・」
「おう」
静かだが、厳しい口調でウォルフジェンドは弟子を叱る。そのやりとりは二人が紛れもなく師弟であることを教える。
「ま、ついでに言うと、あの綺麗な顔が苦しむところも見たいってのがあったけどな」
「さ、最低です、先生!」
「確かに、良い趣味とは言えんな」
「はっはっは、まぁそう言うなって」
あきれる二人を尻目に、ウォルフジェンドは体重をリングのロープに預けてケラケラと笑った。
◆
ジオールが呼び出した霊幻兵団の攻撃は、見事なまでに統制がとれていた。
まずは十体中の四体が前進し波状に散開。そこから両端の二体がさらに前に出てナルの後方にまわり正方形に囲んだ。
それとほぼ同時にさらに四体が動き、一体ずつ正方形の辺に入る。
一糸乱れぬ動きで、瞬く間にナルを正方形と菱形で作られた八角形の陣に封じ込めた。
「どうだ、見事なまでに美しい陣容だろう。意思がある兵ではこうはいかぬ。私の意のままに動く霊幻兵団ならではの芸当だ」
高慢な物言い。だが、それに見合うだけの、確かに見事な動きだった。
「構えろ!」
囲う兵が剣を構える。上、下、右、左、斜め、水平の引き。各々バラついた構えだった。
「なるほど、あえて乱れさせて私に動きを予想をさせない気か」
「明答。どの方向へ逃げようが、互いに補いあって必ず刃に捕まるという布陣だ」
「面白いな。だったら、その効果のほど見せてもらおうか」
「言われるまでもない。覚悟!」
ジオールが手を振り下ろした。それに従い八体の兵士が一斉に剣を振る。
「ふ、たかが八本の剣で私をとらえられるわけがないだろう」
直前まで刃を迎えながらも、ナルは余裕だった。避けようともせずにハチカンを下に向けている。
ナルが引き金を引いた。直後、地面から氷が発生し、散らばるように飛び出した。
飛び出した氷が巨大な棘となり、兵士たちを貫いた。
棘は鎧の胸を前から後ろへ、股から脳天へと貫通し、八体全てを串刺しにして消滅させる。
「い、一瞬で・・・八体同時にだと?なにをした?なんだその氷は?」
「『反鏡』(はんきょう)。魔法を反射させる氷の補助魔法だ。これを足元一面に展開し、そこに氷の爆発を起こすウバーラ弾を撃ち込んだ。そして発生、乱反射した氷の爆発を凝縮させ棘を作り兵士を貫いた。『プリズムフロスト』という多人数用の技だ。ここまで綺麗にきまると爽快だな。では、これで終わりだ」
ナルがパチンとスナップを鳴らした。
氷が砕け散って冷たい粒となり、粒が光を反射してナルの美麗な肢体を照らす。
プリズムフロストの華麗さと、女神を思わせる神々しいまでのナルの美しさに、これまでで一番の歓声が上がる。
女子の数人は失神してしまった。
「く、足元一面に氷の魔法だと?一体、いつの間にそんな仕掛けを・・・」
「いつの間に?ずいぶんと悠長なことを・・・仕込みは最初から始まっている」
「なんだと?」
「私は最初から冷気を放出し続け、リング内の空気を冷やし、そして氷の床を作り上げた。だからこそ、さっきの砂の上を滑るような回避が可能なのだ」
「空気を冷やしている?ということは、すでにこのリング内は・・・」
「八角の隅まで私の領域だ!」
言いきるナル。そこには歴戦の勇将のような風格があった。
「さぁどうされますかジオール殿?このまま続けても、展開設置済みの『反鏡』以外の補助魔法を駆使して私はあなたを追い詰めます。それに、大事の前にこれ以上続けても消耗を重ねるだけです。我々が刃を向けるべきは互いではないはず・・・」
戦闘の緊張感を保ったままナルは説得を試みた。
力を示し、戦力の相殺をすることで、譲歩の道が開いたと判断したのだ。
「わかった、充分だ。貴様の実力理解した。認めよう。これで終わりだ」
勧告を受け入れ、ジオールは両手を上げて霊幻兵団を解除した。残されていた二体がゆらりと消える。
ナルも魔力を消去し冷気が失せた。
双方が戦闘終了の意思を示したことで、戦いは終わりを迎えた。
共に不毛な負傷の無い、無難な結果だった。
リングの中央で別れた二人は、それぞれの連れの待つコーナーへ戻る。
ナルは戻る途中で声援をかけ続けてくれた女子たちの所へと歩み寄る。
憧れの存在が目の前に現れ、乙女たちは目を開き、頬を赤らめ、口を開き言葉を失う。
「あ、あわわわ、な、ナル様が目の前に・・・」
「ありがとう。君たちの声、心強かったよ。こんなに応援してくれるファンがいるなんて、私は幸せだな。これからも応援してくれるかな?」
顔を近づけ感謝を告げるナル。その距離に女子たちは呼吸を乱す。
「は、は、は、はひぃ!お、応援ひまひゅう!」
声が上ずる。
「ありがとう。愛してるよ」
笑顔のままでさらに近づき、耳元でささやくと女子たちは腰が砕けてしまった。
ナルは踵を返すとコーナーへ帰った。
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