第271話 「見蕩れるがいい」(バトル)
六姫聖 美の化身 ナル・ユリシーズと光の丘のエルフの長ジオールが八角形のリングの中央で睨み会う。
身長百七十センチのナルよりも、ジオールはわずかに背が高かった。
ナルは見上げながらも凛とした姿勢を崩さない。
「ずいぶんと人間を嫌っておいでですね」
ナルが口を開く。謁見の時から抱いていたことだが、ジオールのナルたちに対する態度は一般的に知られる、エルフの人間に見せる態度や嫌悪の感情をさらに悪化させたものだったのだ。
「ああ。貴様のようなやつは特にな。見ているだけで腹立たしいよ」
ナルにだけ聞こえる声でジオールは答えた。
「私がなにか気に障る態度でも?」
「態度ではない。その顔だ」
「か、顔?」
「そうだ。人間だてらにエルフよりもはるかに美しいと来ている。見ろ、あの女たちの顔を、すっかり貴様の虜ではないか」
ジオールの示す方には、先程から黄色い声を上げ続けている女子たちの集団があった。
「あ奴らは昨日まで私の美しさに夢中であった。それが貴様が現れたとたんに手の平を返し、性を問わずに熱を上げておる。これが怒らずにいられるか」
「た、ただの嫉妬ではないですか」
ジオールから吐露された心中に、ナルはあきれた。しかし共感もした。
美の化身と呼ばれるナルにとっても、やはり『美』は絶対的な価値基準だったからだ。
「なるほど、ならばそんな小さな嫉妬心など、私が凍らせ砕いてみせましょう!」
長であるジオールのプライドを尊重し、ナルは観衆に聞こえない小さな声で勝利宣言を言いきった。
ジオールの顔が怒りでひきつる。
「ふふふ・・・面白い小娘だ・・・顔だけでなく態度まで、どこまでも馬鹿にしてくれおる・・・よかろう。ならば貴様の顔、二目と見れぬように切り刻んでやろう!」
ナルと正反対の大声で、高らかな宣言をするジオール。それを聞いた女子たちから「嫌ーーーっ!」と、悲痛な叫びが上がった。
◆
「あのエルフの旦那、ずいぶんと怒っとるな。ナルのやつ、なにを言ったんだ?」
ナルの背後、二人のやり取りを見守っていたアールケーワイルドが顔をしかめて呟いた。
ナルの勝ち気な性格を鑑み、なにかいらぬことを口走ったのではと考えたのだ。
同じく様子を見ていたウォルフジェンドは、少し考えるように黙ると考えを口にする。
「ジオールのやつぁ、そもそも短気だからな。なにを言われたにしても、ああやって激昂するのも珍しくねぇんだが・・・」
「だが?」
アールケーワイルドが問う。
「オレが知ってるよりか、ずっと早ぇな。ほんの一言、二言でキレさせてんじゃねぇか。なぁ、エィカよ」
「は、はい、なんですか先生?」
「あいつ、挑発上手ぇな」
「は、はは、なんと言っていいやら」
喜んでいいかよくわからない評価にエィカは苦笑いするしかなかった。
◆
戦いのための緊張感が最高潮を迎えた。
ナルとジオールは、一メートルほど距離を開けて睨みあったままでその場は動かないが、殺気と殺気、冷気と怒気は接触寸前だった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言のまま数秒が過ぎた。
ナルは二丁のハチカンを下に向けたまま。ジオールも同じように両手を垂らしたまま。
しかし意気は上々。あとは口火を切るだけとなっていた。
ジオールが先にしかけた。右の手刀を一気に振り上げると、見えない攻撃がその動きを倣って、冷えた空気を裂きながらナルを襲う。
細くしなやかな左の足を半身分引いて、ナルは見えない攻撃を完全に回避した。
そして避けた動きを利用し、右の拳銃形態のハチカンの銃口をジオールの左腕に向け、ためらうことなく引き金を引いた。
左腕全体が一瞬で氷に包まれ動きを封じられた。
「くっ、小癪な!」
ジオールが凍りついた左腕を守るために一歩退く。その最中、上げた手を左に向けて振り下ろし、見えない攻撃を斜めに放つ。
苦し紛れの見えない攻撃を、ナルは華麗に回避する。
新体操のようにしなやかな動きで両足を百八十度開くと、一瞬で身体を沈め、地に伏す姿勢をとった。
「軌道が単純だな。起りの時点で狙いが丸わかりだ」
開かれた足が、円を描くように動いた。右足が前、左足が後ろへ、コンパスの描線のように正確な円だった。
さらに後方に向かって二度、円を描いて回転し、ナルも距離をとった。射撃に最適な距離へ調節するためだ。
「いかんな、少し熱くなりすぎていた。自ら不利な距離にいてどうする」
実のところ、ナルは位置取りを失敗していた。
本来なら無駄に距離をつめずに、有利な位置から一方的に射撃で終わらせるつもりだった。ジオールの攻撃の正体もわからない現状なら、それがもっとも効率のよい勝利への道だったからだ。
しかし、自戒の言葉通りナルは熱くなっていた。
先ほどの謁見の際の、話を聞くこともなくアールケーワイルドに手を出したことに義憤を抱いていたのだ。
ナルは冷めた口調や態度と裏腹に、情、心を重んじる一面があるのだ。
それは姫、シフォンへの忠誠心の強さで平素から現れていた。
回転と後退で距離をとったところで、ナルはフィギュアスケートで見られるシットスピンを行い、身体を起こし立ち上がった。
振り上げた頭に続き、漆黒の髪が舞い、冷気がほとばしる。
「きゃーっナル様ーーーっ!素敵ぃーーっ!愛してるーーーっ!」
その、立つだけで美しすぎる一連の動きに、観衆の女子たちは喉が裂けんばかりに声援を発した。
その声がさらにジオールを逆撫でする。
怒りで顔を紅潮させたジオールが、腕の氷の封を砕き、両手を広げた。右、左、右と三度、内に向けて手を振る。
再び見えない攻撃がナルに迫る。
だが、今度の攻撃が様子が違った。攻撃の速度、角度、位置が、前例と相違していたのだ。
攻撃の変化を感じ取ったナルは、それに応じて自身の動きを変えた。選んだのは回避ではなく迎撃だった。
左右のハチカンで各々二発、氷の弾丸を発射する。
ナルとジオールの間で氷の弾丸が砕けた。
見えない。だが、そこには何かがいた。
弾丸によって、向かってきていた三振りの攻撃のうち、二振り分が消滅し、残る一振り分が迫る。
見えない。だが、間違いなく感じる。
ナルの繊細で敏感な肌は接近を感じ取っていた。
「わかっているだろう小娘、手数が足りておらんぞ!」
討ち漏らした最後の一振り分が、見えないままにナルの頭部を狙う。
「さあ、その髪も、顔も、貴様の血で赤く染め上げてやるぞ!醜く不様に散るといい!」
大きく、宝石のような輝きの目でナルは見えないながらも敵を見据える。
そして感じていた。狙いは顔と頭。嫉妬に狂い、そこに消えない傷を刻もうとしていることを。
見えない攻撃の衝撃が右から頭部を襲った。
が、次の瞬間、攻撃は真円の球体に水滴が触れるように流れを変えて通りすぎた。ナルの頭部は無傷だった。
その目は、変わらず強い輝きで前を見据えている。
「な、なんだと?外れた?無傷?どういうことだ、正面からとらえたんだぞ、なぜ外れた!?」
予想外の結果に、ジオールは戸惑う。
「残念だったな。よりにもよって私の頭、髪を狙うとはな。そこへの攻撃は通らないぞ」
髪をかきあげ、微笑むナル。黄色い声援が上がる。
「なんだ今のは?魔法か?」
なにが起こったのか、ジオールは理解できずにいる。
「ふふ、魔法ではない。私の髪は艶がありすぎるんだ。そのせいで物理的な接触では摩擦が生じずに全てが素通りする」
「な、なんだと?そんなことが・・・エルフでもそんな話は聞いたことがないぞ」
「つまり、私はエルフも人間も超越した、常識外の美しさということだ。美の化身とはそういうことだ!」
腰に手を当て、堂々と、自信満々にナルは言ってのけた。その言葉と姿は、これまで以上にジオールのプライドを叩きのめした。
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