第270話 「だったら思い知らせてやろう」(ストーリー)
ルゼリオ王国北東部、国境の山沿いにそびえ立つ聖なる地からの満ちる台地。その内部をくりぬき、居住可能に加工したものが、亜人たちの集う地『光の丘』だ。
光の丘はエルフの長ジオールを筆頭に、エルフ、獣人族、水棲族、有翼族、地住族と様々な亜人が生活、公益を行う一大都市。
ここには人間の町などを追われた亜人や、他の種族の特性や生産物を用いることによって生産、養殖を行う種族が多々おり、互いの利害や境遇を慮った関係性で成り立っている。
そんな光の丘の最上階の一室。エルフの長にして光の丘の最高責任者ジオールの部屋で、部屋の主ジオールとナルたちは謁見していた。
玉座に腰かけたまま、ジオールは姫の使者を憮然とした顔で迎えていた。明らかに歓迎されていなかった。
ジオールはエルフの長らしく、白く美しい髪と肌をしており、男でありながら女のような艶をもつ。
少しの沈黙の後、唇が開いた。
「はぁ・・・攻めてくるのが人間で、対抗の協力を申し出てくるのも人間とは、皮肉なものだな。人間同士で争うというのなら、どこか他所でやってもらいたいものだよ」
玉座に頬杖をついたままジオールは皮肉たっぷりの言葉で使者を労った。
エルフはそもそも人間に対して良い感情を抱いていない。それは歴史や対立などではなく、種族的に受け付けない部分が大きい。
つまり、なんとなくなのだが、ジオールはそれがいきすぎている。
そのため光の丘は、亜人たちは自由に行き来が可能だが、人間は許可制となっている
「ジオールよぉ、今はこの光の丘の危機だろ。超将軍の相手なんて大仕事、正直オレ一人じゃ手に余る。だがよ、オレの一番弟子と六姫聖、四凶が協力するって言ってんだ。そんなツラするこたぁねぇだろ」
協力を渋る態度のジオール説得しようと試みるのは、同じエルフで特級冒険者のウォルフジェンドだった。
言葉と態度は粗暴だが、その熱意は言葉で伝わってくる。
説得に手こずるウォルフジェンドの横に、アールケーワイルドが並び立った。顔が険しい。
アールケーワイルドは勢いよく頭を下げた。
「ジオール殿、此度の言われなき徴発行為、国王陛下に代わって謝罪いたします。実は現在、国王陛下は病の床にあり、国政がその手を離れているために佞臣や逆臣が跋扈しております。それゆえ・・・」
「どうでもいい!」
ジオールが言葉を遮った。不意打ちに、身体が硬直する。
無言で顔を上げるアールケーワイルド。ジオールは冷ややかに見下ろしていた。
「あの小僧がどうであろうが知ったことではない。ただひとつ、人間が信用に値しないということがわかっただけだ。貴様の言う佞臣も王も所詮は同じ人間だな」
「な!ち、違います!陛下をあのような連中と同じように・・・ぐあっ!」
ジオールから放たれた主への嘲りの言葉に、アールケーワイルドは思わず顔を上げた。その瞬間、喉を何かが押さえつけた。息がつまった。
首の何かを探ろうと、アールケーワイルドは手でまさぐるが、そこには何もない。
しかし、首が手の平の形に窪んでいた。ジオールの見えない、触れない手が喉を掴んでいたのだ。
「ジオールやめろ!つまんねぇマネしてんじゃねぇ!」
ウォルフジェンドが声を張り上げ、懐からナイフを取り出し構える。
その動きを見て、ジオールは見えない手を解いた。
アールケーワイルドが片ひざをついて大きく咳き込み、エィカが寄り添った。
「てめぇ、どういうつもりだ!?こいつらは協力しようって言ってんだろ!仲違いしてる場合じゃねだろうが!」
「・・・反論を許してはおらん」
激昂するウォルフジェンドを冷たい目で見下ろすと、ジオールは短く冷たくいい放った。
「んだとぉ・・・!」
二人の間に一触即発の空気が漂う。
「失礼いたしたジオール殿。粗暴なこやつの物言いが気に障られたのならば、謝罪いたします」
ウォルフジェンドの横に立ち、ナルが深く頭を下げた。らしくない振る舞いだった。
「おい六姫聖、なに言ってやがんだ!いまのはこいつが・・・」
一方的にへりくだるような態度のナルをとがめようとウォルフジェンドが顔を見る。だがそこには言葉とは裏腹に強い目をした美しい顔があった。
ナルが下げた頭を上げ、宝石のように輝く目でジオールを見つめる。
「しかしながら、ウォルフジェンド殿のおっしゃる通り、今は多くの命に危機が迫り、一人でも多くの戦力が求められます。いかに不愉快であったとしても長たる者のとる行いとしては些か軽率であるとお見受けします。どうか、ご自重くださいませ」
「なんだと、貴様・・・」
毅然としたナルの諫言にジオールは再び見えない手を発動させようとしたが、エルフを超越する美貌から発せられる気迫にあてられ、手を止めた。
「ふん、まぁいい。これに関しては大目にみよう」
諦めたような、納得したような口調でジオールは息を落ち着かせた。
ナルたちも胸を撫で下ろす。
「だが、貴様らが戦力となるかは別の問題だ。その力、確かめさせてもらうぞ」
安堵も束の間、ジオールの次の言葉に、一同に緊張が走った。手合わせを行えというのだ。
「おいジオール、テメェわかってねぇのか?
今はそれどころじゃ・・・」
「仔細のわからん馬の骨に戦線を任せろと言うのか?」
ウォルフジェンドの言葉を、ジオールの重い一言が断ち切った。
長として、多くの命を預かる者の重さがそこにあった。
「確かに一理あるな、これは呑まざるをえんか・・・」
信頼を得るための譲歩。ナルは条件を受け入れた。
「ちっ、石頭がよ!」
ウォルフジェンドが苦々しく吐き捨てた。
◆
話の決まった一同は一階に移動した。
光の丘の一階部は丸ごと練兵場になっており、日頃から警備隊や傭兵たちが集っている。
ここでジオールはナル、エィカ、アールケーワイルドの実力を測るというのだ。
練兵場の中央、砂地になっている稽古場にロープを張って作られた簡素な八角形のリングに、ジオールと三人は向かい合って立つ。
「やれやれ、予告どおりなら明日には超将軍が来るっていうのに、こんなことしていいのかねぇ」
辟易した顔でアールケーワイルドは頭を掻く。
「仕方あるまい。信頼がなければ協力態勢もままならん。ここは従っておこう」
そう言うナルの手にはすでに二丁拳銃形態のハチカンが握られていた。準備は万端だった。
「おまえ、なんだかんだでやる気だな」
そこはさすがの六姫聖と、アールケーワイルドは思い知らされた。
六姫聖、四凶、ウォルフジェンドの弟子と長のジオールが一戦を交えるという話は瞬く間に光の丘を駆け巡り、一階の練兵場にはほとんどの住人たちが野次馬となって集った。
「ジオールと六姫聖が戦うって、こんなの見ないわけがないだろう」
「おい、あれって、ナル・ユリシーズじゃないか?」
「うわぁ、すごい美人。写真集よりもずっと綺麗。素敵!」
「きゃーーナル様ーーーっ!」
「すげぇ、女神像が動いてるみたいだよ・・・」
観衆から、ナルの美しさを称える声が飛び交う。
当のナルはその声を浴びながら、戦いへの緊張感を高めていた。
「しっかし、ずいぶんと人気だな。亜人からも黄色い声援が飛んでくるとは・・・」
ナルの人気ぶりに、アールケーワイルドとエィカは目を疑う。
「まぁ当然だな。私の美しさは人種も国境も問わないからな」
賛辞の声を聞きなれているナルは、意に介することなく長く滑らかな黒髪をかきあげ耳にかける。その仕草にさらに大きな声援が上がった。
リング内、ナルたち三人に対峙する位置で、ジオールはナルを睨んでいた。その目には謎の強い怒りが宿っていた。
「ふん、なにが美の化身だ。安い声にまみれて気楽なものだな・・・」
ジオールは前に進んだ。見えない手の平の攻撃のために両手を開く。
「さぁ、誰が来るんだ?三人一緒でも構わんぞ!」
リングの中央まで進んだところで、ジオールが宣言する。
「な、ナル様どうします?ああ言ってますけど」
声に気圧され、エィカが身をすくませる。
「ふ、嘗められたものだな。いい、私が出よう。私のハチカンの威力、存分に味わわせてやろう!」
かじかむほどの冷気をほとばしらせて、ナルが前へ出た。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
○エルフの長 ジオール
○六姫聖 美の化身 ナル・ユリシーズ
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