第265話 「涙ーそして」(ストーリー)
中央都市グランドルで激戦が行われている頃、魔物の巣『莢魔の壺』中心地『奈落の井戸』。
地獄の将であるジュゼッタとゾグラスが飛び去ったその地で、蛮君ゾグラスの脅威を味わい堪能したミコたち四人は、空虚な時間を迎えていた。
「なぁリシャク、火ぃ持ってるか?」
長い煙管を手に持ったシズクヴィオレッタが、傷の再生にいそしむリシャクへと尋ねた。
「なんじゃ、お前、タバコを吸うのか?」
「ミコが匂いが嫌や言うからやめるつもりやったんやけどな。せやけど、ええ仕事したら一服しとうなってん」
「ええ仕事?ゾグラスのことか?リリーのことか?」
指先から小さな火を出すリシャク。煙管に点火した。
「どっちもや。ま、配分で言うたらリリーの鳴き声が九割やけどな」
吸い込んだ煙を一息で吐き出しながら、シズクヴィオレッタはリリーを見た。
リリーは少し離れた所で横になって丸まって泣いていた。
「うっうっうっ・・・ひどぃぃ~十回もイカされたぁぁ~恥ずかしぃよぉぉ・・・なんであんなことすんだよぉ~」
ゾグラスに負けたことよりも、シズクヴィオレッタの巧みな指技に弄ばれ、気を許したことにリリーは涙する。
人前での痴態は、ガサツなリリーにとっても恥ずべきことだった。
「あっはっは、堪忍なぁ。でもしゃあないんや、あんたが可愛い顔と声で鳴くから、ウチも火ぃ着いてもうてん。なんなら、あと十回はいけたで。こんな感じで、いっちゃん弱いとこ撫でたったのになぁ」
意地悪な笑みと口調で指を踊らせながら、シズクヴィオレッタはリリーに声をかける。
「ざけんな、もう二度とあんなのごめんだよ!」
「せやな。うちかてそんな趣味あれへんから、こんなんこれっきりや」
そう言うとシズクヴィオレッタはリシャクと軽く笑う。リリーは二人をむくれた顔で見ていた。
「・・・・・・はぁ、負けたなぁ」
煙の混じるため息を吐きながら、シズクヴィオレッタはボソリと呟いた。
「そうじゃな、惨敗じゃ。あれが地獄の将の二、蛮君ゾグラス。強烈であったじゃろ?」
「うん、あの黒いヤツすごく強かった。でもまだミコは負けてないぞ」
右手の傷を癒したミコが参加してきた。
「何を言うとる。気圧されて尻尾がしおれておったくせに」
「う、あ、あれは違うぞ。あのときミコは昼寝の時間だったから、ちょうど眠かったんだ。怯えてなんか無いぞ」
精一杯強がるが、その顔には一時でも怖じ気づいた自身への嫌悪の相が浮かんでいた。
「んで、どうすんだよ?このままやられっ放しでいいのか?」
寝返りをうち、仰向けになってリリーが尋ねる。
「アホ言いや。ここまで虚仮にされて泣き寝入りなんて、四凶の名前と女がすたるわ」
「だよな、同感だよ。このまんまじゃ、ぜってー終わらせねぇ。あいつは私がぶっ倒す!」
力強く言い切るリリー。その目は信念で輝いていた。
仰向けのリリーの顔を、ミコが覗き込んできた。
じっと目を合わせる。
「な、なんだよ?」
「ミコにも寄越せ」
「あん?」
「ミコもアイツをやっつけたい。だからミコにも寄越せ」
「ふっ、そうだな。お前もさんざんにやられたから、やり返したいよな」
「そうだ。絶対あいつの手を噛み砕いてやるぞ」
「いいぜ、一緒にぶっ殺そうぜ」
「うん!」
ミコは喜んで尻尾をピンと立てた。
「ではそうと決まれば、充分に休めたら出立するぞ。はやく皆と合流して鍛練と対策じゃ」
リシャクが大きな翼を広げ、飛行、運搬の準備にはいると、三人は頷いて支度を始めた。
◆
中央都市グランドル。
地獄の将の二人がその力を見せつけた結果、メイはその身体に甚大な被害を受けた。
ゾグラスからは胃を踏みつけ破られ、ジュゼッタからは魔法で全身に傷を負わされる。
さらに最後にはトドメとばかりにゾグラスの気による爆発を正面に受け地面に落下した。
不幸中の幸いに、同じ六姫聖のシャノンの回復魔法によって傷を癒したものの魔力の消耗は激しく、それに伴って意識も朦朧となっていた。
将たちが撤退し戦いが終わった直後、重症だったメイは直ぐ様医療班によって担架に乗せられ救命室へ搬送された。
「いや!メイ!死なないで!」
人払いされ、メイだけが寝かされる救命室に、シフォンの声が響く。
涙ぐみながら、部下でもある友の手を取る。二人の関係は今は友人に戻っていた。
「大丈夫よシフォン。ちょっと今までより消耗が激しくて疲れただけ。傷はシャノンが治してくれたから、あとは休んで、いつも通り食事をすれば、きっと回復するはずよ」
「ほんと?ほんとに?」
「うん、本当だって。だからさ今は少しだけ一人で休ませてくれる?ちょっと痛みが残ってて辛いから、ゆっくりしたいんだ・・・だから、ねっ」
「うん、わかった。待ってるから早く元気になってね」
「大丈夫だから。じゃあ、おやすみ・・・」
メイはゆっくりと息を落ち着けて目を閉じた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「あの、シフォン・・・」
「なに?」
「寝れないから出てってくんない?」
「あ、気づいてた?」
「ドアの音がしないんだから、わかるに決まってるでしょ。あと、手握ったまんまでなに言ってるのよ」
「だって、だって、心配だから・・・」
シフォンが涙声になった。甘えの達人が顔を覗かせる。
「はいはい、わかったから。これじゃあ私の方が気を使っちゃうからさ」
「うん、ごめんね。もう出ていくね」
シフォンは後ろ髪を引かれる思いで出口に向かい、ドアの前で振り向く。
「メイ、大好きだよ。早く良くなってね」
「うん、私も大好きだよ。お姫様」
敬愛の言葉を交わし、シフォンは外に出た。
◆
「ん・・・あ、あ~。よ、く、寝、た~」
身体を起こし、全身をしっかりと伸ばしながら、メイは熟睡と回復を噛み締めた。
体内の魔力の流れを確かめると、調子が整ったことを認識する。
「この感じだったら魔力に乱れはないわね。あとは回復すれば万全。・・・食堂にいくか」
ベッドから出ると、メイは食堂へと向かった。白い大理石の床の冷たさが裸足に心地よかった。
食堂への道中、正面から見慣れた顔が近づいてきた。チェイスだった。
「め、メイ、目を覚ましたのか。この道、食堂にいくつもりか?」
チェイスは足を止めて目を見開いた。驚いていた。
「そうよ、かなり魔力消耗してるからね。早く回復させなくちゃ。んじゃあ、シフォンにはあとから顔出すって言っといて」
そう言うとメイは食堂へと歩みを進める。
「あ、お、おい、メイ!ちょっと待・・・」
「ごめんねー、お腹空いてるから、話はあとー」
呼び止めるチェイスを尻目に、メイは消えていった。
メイは気づいていなかったが、メイは下着姿だった。
魔力を消耗した代償としてメイは三日間眠り続けており、その間、無意識に寝巻きを脱ぎ捨てていたのだ。
チェイスが呼び止めようとしたのは、その事実と現在の痴態を知らせるためだったのだが、寝起きのメイは呆けたまま歩いていた。
「メイ、目が覚めたの!?」
食堂で下着姿のまま、大量の油ものの料理を貪るメイのもとに、一報を受けたシフォンが息を荒げて駆けつけた。
「なによそんなに慌てて?食事終わったら行くつもりだったのに・・・うわっ!」
言い終わる前にシフォンはメイの胸に飛び込んできた。谷間に顔がすっぽりと埋まる。
「し、シフォン・・・なによ、大袈裟じゃない」
「だって、メイ三日も寝てたんだよ。もう目を覚まさないと思ってたんだから」
「ええ?三日ぁ?どうりでお腹が減るわけだ・・・」
胸にシフォンを受け入れたまま、メイはテーブルに積み上げられた大皿を見た。
海産物のフライや唐揚げ、ポテト、腸詰め、脂身の多い肉の炙りや香草焼き。若い男でも胃もたれするような料理が盛られていた大皿が約百枚。納得の量だ。
それでもまだメイは空腹だった。
「メ゛イ゛~~」
「ごめん、心配かけたね」
メイは主であり、甘えん坊の親友の頭を撫でる。
「ところでシフォン、一つお願いがあるんだけど」
「なに?」
「そろそろ胸から顔離してくれない?涙と鼻水で谷間がぐちゃぐちゃなんだけど」
「てへ、ごめんね」
顔を離すとシフォンは誤魔化すように笑った。
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