第260話 「大いなる魔」(バトル)
西の遠方。まだ姿は見えないが、強大な魔力の塊が確実にこっちに向かってきている。
「とんでもない魔力量・・・まさかメイ以外にこんなのがいるなんて。チェイス、姿は見える?」
「いえ、まだです姫。私の『眼』の範囲外です。しかし、それでこの圧力と存在感とは・・・」
チェイスは眉間にシワを寄せる。
◆
六姫聖『天眼鬼』チェイス・ハーディンは、視覚を魔力で強化し情報を収集する補助魔法の使い手だ。
独自に開発した遠隔眼球魔法『看眼』(かんがん)、視野の距離は約十キロ、数は最大で千以上の眼球を出現させ、同時に情報を集め、それを処理する頭脳を持つ。
知識量と観察眼、情報処理と戦略は国内随一であり、その知性をもってシフォンを傍らで支える名誉を授かる六姫聖のリーダーなのだ。
◆
「・・・見えた!だがこの速度は・・・いかんメイ、シャノン、守りを固めろ!突っ込んでくるぞ!」
西の空の先にゾグラスたちの姿を確認したチェイスが叫んだ。
「はぁ?突っ込むって、なによそれ?まだ見えてもいないじゃない」
「とにかく急げ、尋常じゃない速度だ!」
チェイスの言葉に、メイより先にシャノンが動いた。大型の盾を模した対魔法用防御魔法『属隔封盾』(ぞっかくふうじゅん)を発動させる。
「メイ、今は急いで魔法を重ねて。多分、私一人分の魔法では防ぎきれない!」
「ああもう!カカ・ウォール!」
メイが炎の壁の魔法、カカ・ウォールを展開し、属隔封盾に重ねて防御能力を高めた。
回復、補助魔法に関しては六姫聖ではシャノンが長じるのだが、メイも持ち前の魔力でそれに匹敵するものを作り出せるのだ。
これで防御性能は単純に二倍となった。
「来たぞ!衝撃に備えろ!」
チェイスが言い終わると同時に、二重の防壁に強大な何かが激突した。
音と衝撃は、隔たれ守られているはずのシフォンらの体を強烈に駆け抜けた。
「きっつぅぅ!なによ今の?チェイス、なにがぶつかったの?」
耳を塞いでいた手を離しながら、メイは青い顔のチェイスに尋ねた。この中で唯一、謎の衝突物の正体を目撃したという確信があるからだ。
「ほ、骨だ・・・」
「骨?」
「骨で作られた御輿がぶつかった・・・なんだあれは?あんな、悪趣味な・・・」
チェイスは御輿を見て混乱していた。それは、あの御輿を目の当たりにした者の共通の反応だった。
◆
「かぁ~、なんかこら。魔法ん盾と炎か?たいぎゃ強か魔法ばい。ジュゼッタ、どがんかしてくれんね」
衝突による衝撃はすさまじかったが、メイとシャノンの魔法は充分にその役割を果たしていた。
属隔封盾には傷ひとつ入ることなく、メイの炎は瘴気を焼き払わんと燃え盛っていたのだ。
ジュゼッタが前に出た。
右手をかざし、払うように内から外へ手を動かすと、突風が発生した。
上級の風魔法『塵嵐』を無詠唱で発動させたのだ。
しかもそれは、同時に十連発するという重ね掛けだった。
上級魔法の同時発動。さらにそれの十重、メイの炎は一瞬で消え去った。
◆
「え?うそ?あれ?なんで?き、消えた?わ、私の炎が・・・」
ジュゼッタの風魔法によってメイの炎は消滅した。だが、視界を遮断した壁越しに察知したため、メイはその現実を理解できずにいた。
ルゼリオ王国で最大最高の魔力を有するメイは、これまであらゆる事態を炎で押し通し解決してきた。その炎が一瞬で塵と消えたのだ。これは魔炎のはじめての経験だった。
「な、何、今の魔力?一瞬でメイの魔力を消した・・・チェイス、どうなってるの?」
メイ同様、未知の事態に同様を隠せないシャノン。看眼で詳細を見ていたであろうチェイスに説明を求める。
チェイスの顔はさらに青ざめていた。
ジュゼッタの魔力の程を目の当たりにして、絶望に支配されていたのだ。
「魔法だ。片手のたった一振で、メイ以上の魔法を放ち炎を消したんだ・・・つ・・・強すぎる」
チェイスの声と手は震えていた。
◆
メイの炎が消え去ったことを見届けると、ゾグラスは玉座から立ち上がり、御輿の先端、シャノンが作った盾の前に立った。
「こがん強か魔法ば使いよるたどがん奴か、顔ば拝むとすっばい。どい!」
無造作に蹴った。それだけだった。が、魔法の盾は破片も残らないほどに粉々に砕け散った。
「おぅ、燃やしよったた、わっか?」
飛び散る破片のなか、空中で真正面にメイとゾグラスは対面を果たした。大きな犬歯を見せてニヤリと笑っていた。
魔法の盾越しでも伝わってきていた圧が、濃度を増した。
鉛がのし掛かってきたような負荷がメイを襲う。
「な、なによこいつ・・・こいつがあの魔力の正体?いや、違う。こいつには大した魔力じゃない。せいぜい上級冒険者程度・・・じゃあ、誰なの・・・」
メイが感じ取ったゾグラスの魔力は、その観察の通り地獄の将としては控えもなものだった。
ゾグラス。その後ろのクライド、セティの順で見るメイ。そしてその視線がジュゼッタに及んだとき、確信と畏怖が同時に襲来した。「こいつだ!」と、メイは心で叫んだ。
「くっ!アマテラスフォーム!」
メイが炎の衣を纏った。背に灼熱の日輪が輝き、一帯が熱に包まれる。
余波の影響を恐れて武装を控えていたが、そんなことをいっている場合ではないと判断したのだ。
「ゴッドフィストぉ、フレアフラッシュ!」
メイの横に巨大な炎の拳が現れ、突き出された右の拳にしたがって前に突き出た。
拳の先から炎と光の混ざった波動が発射される。
ゾグラスの圧におされ、メイは反射的に攻撃に踏み切っていた。
炎の波が直撃した瞬間、ゾグラスの身体が業火に包まれた。温度は一万度に達していた。
「なんかこっ・・・!」
反応の声をあげようとしたところで、炎は喉を焼いて声を奪った。肉の焼ける匂いが漂う。
だが、メイの炎に出来たのはそこまでだった。
ゾグラスは炎に焼かれながら空中に一歩踏み出し、前に進む。超再生で焼かれたそばから身体を再生、構築し、メイに近づいているのだ。
肉が焼け、焦がれ、崩れ落ち、生まれ、再生し、血と肉となり、形作り、また焼け落ちる。
ゾグラスは短い間に数百回に及ぶ死と再生を繰り返すしていた。
「な、なによこいつ?なんで生きて・・・なんで進んでんのよ?なんで笑ってんのよぉぉぉぉぉぉ?!」
ゾグラスの異常なまでの戦闘欲と闘争への執着。そして灼熱をものともしない再生力に、メイは恐怖に乱され絶叫した。
「来るな!来るな!来るな!」
取り乱しながら、灼熱の拳の乱打で殴り続けるメイ。
だがゾグラスは燃やされ続けながらも空中での歩みを止めない。
そしてついに、鼻と鼻が接触するほどの距離にまでゾグラスは接近し、メイの炎の両手首を掴んだ。
「火は熱かばってんが、力が弱かね」
顔の半分の頭骨を剥き出しにしたまま、ゾグラスはメイに体重と力をかける。
「くっ、は、放せ!放せ、あああああああ!」
空中での制御を失い、二人は共に城のバルコニーへと落下した。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!




