第259話 「将の気まぐれ」(ストーリー)
魔物の巣窟『莢魔の壺』において、狂戦士と化したリリー・コールドを鎮静化するための戦いが行われている頃、その場を立った地獄の将の一行は、王都を目指し空を駆けていた。
魔物の骨で組まれた御輿は風を受ける度に互いにぶつかり音を鳴らす。
それを聞きながら、序列の二ゾグラスは朱色に塗られた三升枡に並々と注がれた地獄の酒『冥王』を一気に飲み干した。
「ぶはぁーーーっ!うまかーっ!身体ば動かした後の酒は格別ばい!」
強烈な酒の匂いと喜びの声を吐き出した。
「うぇっ!なんだあの酒、めちゃくちゃ臭いよ。度数強すぎんじゃねーの?」
通常の酒と比較して、あまりに強すぎるアルコールの匂いに、セティは吐き気をもよおした。
「ああすまんすまん、人間にこん酒は匂いだけでもキツかね。度数が千五百あるけんが、なんさま強かもんね」
「せ、千五百度?なんだよそれ?もう飲み物じゃないだろ!」
アルコール度数千五百という規格外の物体に、セティはあらためて地獄の将たちが異な者であることを実感していた。
「・・・・・・」
「ん?どがんしたんね?」
ジュゼッタの異変にゾグラスが気づき声をかけた。閉じた目で遠方を見つめ、なにかを感じ取っている。
「・・・・・・!」
「ああ、そがんね。あすこっか、やたら強か魔力ば感じんね。なんね、気になっとね?」
上機嫌なようすでゾグラスは尋ね、ジュゼッタは頷いた。
「よし、そんなら寄り道すっばい」
ゾグラスの鶴の一声で、御輿は進路を右へ向けた。
「セティ、この先はまさか・・・」
「う、うん、この進路・・・。間違いない、中央都市に向かってるよ!」
地獄の将たちが好奇心のままに呼び寄せられたのは、姫派の本拠、中央都市グランドルだったのだ。
思い付きからの敵本拠地への急襲。クライドとセティの背筋が一気に冷えた。
◆
中央都市グランドル。その名の通り、ルゼリオ王国の中央に位置するかつての首都、王城フェンクであり、現在は王女シフォンの居城となっている。
そんな中央都市グランドル、フェンク城の一室で、王都からの亡命を果たした元技術開発局長ドクターウィルは、テーブルを挟み六姫聖の一人『魔炎』メイ・カルナックと顔を突き合わせて唸っていた。
「のうメイよ、お前の扱える最高温度とその持続時間はどれ程だ?」
「温度は最大で一兆度ね。持続時間は一瞬以下。しかも、ゴッドハンドの掌の間だけの限られた場所だけの話ね。かなり狭いわよ」
「い、一兆度だと?お前、数年前は三万度程度が精一杯だったろ。上がり幅が異常じゃないか。いったいなにがあった?」
「なにがあったって・・・修行は当然だけど、あえて言うならあれかな?」
「あれ?」
「そ、あれ。特異点。あれとの接触の後から一気に火力が増したのよね」
言い終えると、メイは脂にまみれた骨付き肉にかぶりついた。
「なるほどな、特異点、異界人サイガか・・・。しかしそれだけの火力、扱いきれんじゃろ」
「さすがにね。一億度以上は十秒の持続も難しいわ。持続力と精密さは大きな課題ね」
「そうか。ならばメイ、わしに協力せい。大規模な魔力のコントロールを可能にするのは現在の急務なのでな」
「例の超将軍の連中ね。奴らに対抗するためにも適切な火力は必要か・・・」
二人の念頭には、反乱勢力の戦力への懸念があった。
ルゼリオ王国の総戦力の大部分は王都に集中しており、シフォンの戦力と言えば六姫聖、サイガ、四凶、特級冒険者、中央都市所属の軍隊程度のもので、配分としては八対二となる。
数だけで見るなら勝機は絶望的だった。
「お前だけではないぞ、リンとミコも同じようなもんじゃ。奴ら、才能があるせいで、明らかに力を持て余しとる。そこんところをわしの技術で補ってやらんといかん。そうせんと勝てん」
「そうなのよね。あの娘らも、サイガと出会ってから明らかに急に強くなってってるのよね」
「特異点とはそういうものじゃ。正負を問わず影響を与える」
「実感してるわ。アイツが現れた報告があったときから、この国が大きく動き出してる」
「・・・」
「そして痛みも伴ってる」
「この痛みの先にあるのがシフォンの栄光ならば良いがの」
「栄光よ。そのための私たち、そのための六姫聖だもの・・・で、そのためになにをすればいいの?」
「なに簡単な話じゃ。これからわしが行う、魔力制御用の強化装備開発のための試行に付き合ってもらおうと思っての。ほぼ無限の魔力を持つお前さんにしか頼めん仕事じゃ」
「そーゆーことね。試行回数次第じゃ並の魔道士だと数時間が限界だけど、私なら何日でも連続でやれるからね」
「さすがに何日もやられたら、わしの方がもたんわ。では、早速とりかかろうかの、少しまっててくれ」
そう言うと、ウィルは椅子から立ち上がり魔力制御装置の試作品の収納されている棚へ向かう。
その最中、ウィルは空間計測用の魔力測定器が激しく反応していることに気づいた。
「メイ、そんなに焦って魔力を出さんでもええぞ」
「へ?私なにもしてないわよ。ほら、完全に抑えてるでしょ」
ウィルの言葉を理解できないといった様子でメイは答えた。
その言葉通り、メイの身体からは魔力は出ていない。そして、測定器の反応はメイとは全く別の方向を示していた。
「なんじゃと?確かに、反応は城のそとから来とる。じゃが、この距離でこの反応・・・この国でお前以外に一体誰が・・・?」
ウィルの額に汗が浮き上がる。
「うそ・・・なにこの魔力量?私に匹敵する。こんな奴、知らないわよ!」
メイが立ち上がった。ウィル同様、額に汗がにじむ。
「ウィル実験は後、私出るわ!」
言うが早いか、メイは窓に足をかけると外に飛び出した。空を舞い、城の前に出ると近づいてくる巨大な魔力を待ち構える。
メイの後方、城のバルコニーに、遅れて魔力を察知した、姫であるシフォンと護衛の六姫聖、『黒聖母』シャノンと『天眼鬼』チェイスが姿を見せた。
「シフォン、出てこないで!この魔力、不気味すぎる。何かされたときに守れる自信がない!」
前を見据えたままメイは警告を発する。
警告を受け、シャノンが上級の防御魔法『八角白壁』(はちかくのしらかべ)でシフォンを包んだ。
チェイスも警戒の色を強め、シフォンの前に出る。
◆
シフォンの居城 姫宮フェンク。
異質で膨大な魔力の接近に城内が慌ただしくなるなか、その城に向かう三人の姿が城下町にあった。
南方での任務を終えて帰還したサイガたちだ。
「どうしたんだいサイガ?怖い顔しちゃって」
城への道中、セナがサイガの異変を察し声をかける。
「なにか、とんでもない強者の気配を感じる」
「え?て、ことは誰か中央都市に侵入してるってことかい?」
「いや中ではない、外だ。それも遥か遠方だな」
サイガは西の空を見た。険しい顔で一点を見つめる。
「なにかが近づいてきている・・・セナ、ティル、城に急ぐぞ!」
サイガが駆け出し、慌ててセナとティルが続いた。
◆
シフォンによって与えられた、ドクターウィルの研究室。魔力を計測するための機器が異常な反応を示していた。
「一体なんじゃこの数値と反応は?このままでは測定器が限界をこえてしまうぞ」
ウィルは測定器停止させた。
「未知の魔力のデータを記録できんのは口惜しいが、今は機器の方が重要じゃからな。壊れては元も子もない。仕方ない記録は自分の目でやるとするかの」
ウィルは記録用のクリスタルを手に取ると、姿を隠す光学迷彩のコートを羽織って部屋を出た。
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