第257話 「置土産」(バトル)
地獄の将、序列の一ジュゼッタ・ロゼの強い抗議により、一行は退くこととなった。
いささか納得のいかないゾグラスがしぶしぶ移動のための段取りを組はじめた。
「なら、準備ばすっけんが、邪魔されんごてあやっどんば牽制してくるんね?」
ゾグラスの要請にジュゼッタが頷き、目を伏せたままリリーたちを見る。
緩やかに手をかざすと、セティに魔力を分け与えたときのように指を踊らせる。
指の動きをなぞって、光の文字がと魔法陣が空中にあらわれ、そこから魔力の奔流が放たれた。
◆
「いかん!皆、身を守れ!とんでもないものが来るぞ」
リシャクが危機を察して警告を発した。同時に防災生物『シェルターオクトパス』の耐魔性の煙幕を前方に吐き出し魔法に備える。
「おう、お前らこっちに来い!アゼンダ・シールド!」
リリーも防御力の高いアゼンダ・シールドを展開し全員に覆い被せ、さらにそれを高い防御性のシート『ボギー・アラミド』で包み防御体勢をとる。
ほどなく魔法が到達し発動した。
その魔法は密度、量と莢魔の壺に生息する魔物たちが束になっても及びもつかない魔力で、さらに特定の属性をもたなかった。魔法はすべての属性を孕んでいたのだ。
まずは風。上方からリリーたちに向けて押し潰すような突風が吹く。風は四人をその場に釘付けにした。
次に風は炎となった。今度はしたから上へ。渦巻く赤い柱を作る。
「にゃああああああ!熱いいいいいい!」
強烈な熱にミコが唸った。
その感想通り、ジュゼッタの炎は煙幕、シート、シールドをもってしても灼熱と言って差し支えないほどの熱気だったのだ。
「まじかよ!?こんな熱量耐えきれねぇぞ!このままじゃ焼け死ぬ!」
加護によって発動させたシートとシールドの耐久度の限界を知る当然主のリリーは知る。そして魔法の威力がそれを上回っていることを瞬時に理解した。
「やべぇ・・・限界だ・・・地獄の将ってこんなやつばっかかよ・・・もう、ダメ・・・」
圧倒的な魔法にリリーが抵抗を諦めかけたその時、加護への負荷が消えた。炎が消えたのだ。
「え?なんで・・・うわっ!」
自体の変化に一行は理解が追い付かない。だが、そんな一行を次の魔法が襲った。
魔法は炎から土へと属性を変え、足場を崩したのだ。
地面が窪み、大きく口を開ける。
さほど大きく深くもない穴だが、四人を呑み込むには充分だった。
四人が穴底に着地したところで、上空からの光が遮られた。
見ると、土砂が蓋のように上空を覆っていた。
「くそっ!生き埋めにするつもりかよ!アゼンダ・シー・・・」
再びシールドを展開しようとしたところで、四人は土砂に呑まれた。
◆
変幻自在に属性を切り替えるジュゼッタの魔法。
その見事な様を遠目に見ながら、蛮君ゾグラスは移動のための手段となる乗り物の作成に取りかかる。
「相変わらず凄かね、ジュゼッタん魔法は。なら、おさえとってくれよらす間に、こっちも準備ばせんばね」
そう言うと、ゾグラスは右手を差し出し、手の平を上に向けるとそこに黒色の闘気の塊を作り出した。
そしてそれを掴むと、リリーらによって作られた魔物たちの骸の山へと全力で投げつけた。
黒い闘気の塊が骸の山に触れた瞬間、全ての血肉が飛散して消えた。後には汚れの無い無数の純白の骨だけが残る。
「よか骨が残ったね。魔物の質がよかたい。そんで次は・・・こった!」
今度は黒い闘気を右足に漲らせ、全力で踏み込んだ。一瞬だが地面が強く揺れ、骨が跳ね上がった。
「どぉい!」
さらに右手に闘気を集め、浮いた骨郡に全力で叩きつけると、その闘気に導かれて骨が動き、組み、形を作りはじめる。
「おう、よかとん出来たばい。自信作だけんが乗り心地はよかぞ」
満足げにゾグラスが感想を口にする。その正面には、魔物の骨で組まれた御輿が出来上がっていた。
「うぇぇ・・・趣、味、悪ぅ~~」
御輿を見たセティが率直な感想を態度と言葉で現した。
「な、なんば言いよっか?こんぐら凝っとらんば、おっどんの乗りもんとして格好がつかんばい」
「凝ってるとかじゃなくて、悪趣味だっつってんの!こんなのに乗るなんて、どんな神経してんだよ」
「なんか、地上の連中はこんの良さん解らんとね?まぁよかばい・・・」
心の通じあえないことに落胆した顔のゾグラス。気持ちを切り替えると、遠巻きに状況を見ていた魔物たちを見る。
「そこんと!力ん強かたこっち来て、こん御輿ば、かたがんか!」
空気が震えるほどの大声でゾグラスが魔物たちに命じた。
圧倒的上位の存在である地獄の将の命を受け、魔物たちが即座に御輿の周りに集結した。
「よし、準備できたばい。行くけんがジュゼッタ、そっであんたどんも乗らんね」
ゾグラスが全員に声をかける。ジュゼッタは頷いていち早く御輿に乗るが、セティとゾグラスは躊躇いの反応を見せる。
「ええ!?私たちも乗るの?」
「あれに?・・・気乗りしないな」
「そらそがんだろもん。おどんば呼んだもんの所に案内してもらうばい。ど、はよせんか」
呼んだ者とは、反乱側の上層部だ。
「仕方ない、乗るしかないな。行くぞセティ」
「う、うん」
嫌がるセティの手を引くクライド。その何気ない自然な行為で、セティが少し機嫌を直した。
「へへ・・・」
「?どうした?」
「なんでもない」
その微妙な変化にクライドは気付かない。
二人の関係を見て、ジュゼッタは微笑んだ。
◆
土砂に埋もれ、リリーたちを呑み込んでいた地面が縦に揺れた。
最初は小規模だったが、二回三回と回数を重ねるごとにその勢いと規模を増していく。
「だりゃあああああ!」
「にゃあああああ!」
「はぁっ!」
リリーが加護のドリル、ミコが獣撫の爪、リシャクが『地獣グラボス』の口に変化した両腕で、三人が地面を破るように地中から飛び出してきた。その後にシズクヴィオレッタが続く。
「かぁ、ペっぺっ!くそぉ、とんでもねぇめにあわせやがって」
口の中の土を吐き出しながら、リリーはジュゼッタを睨んだ。
「しかし運が良かったのぅ、リリーにグラボスの肉片がついとらんかったら、とてもではないが生還できんかったぞ」
リシャクは腕の変化を解きながら、偶然の生を噛み締めていた。
ジュゼッタの魔力を含んだ土砂は通常の土とは違い、硬く重い。
そのためリリーのドリル、ミコの爪と効果が弱かったのだが、リリーの身体に付着していた地獣グラボスの残骸をリシャクが摂取することによって生存のための道筋が開けたのだ。
「ありがたく思えよ。こんなこともあろうかと、わざと肉片をつけっぱなしにして来たんだからな」
「嘘つけ。絶対、適当に洗ったから残ってただけだろ」
リリーのいい加減な大口を、ミコは切り捨てた。
「だっはっは。まぁいいじゃねぇか。それよりも見ろよアレ、悪趣味なもん作ってやがるぜ」
リリーはゾグラスが作った御輿へと意識を促す。
「げ、なんやねんあれ、骨で御輿作ってんのか?悪趣味やなぁ」
ゾグラス特製の御輿を見た一同の感想はセティと同じだった。
◆
「お、生きとったね。そがんじゃなかれんば面白かなかばい。ばってん、もう行かんといけんけんが、今日はここまでたい。よし、行くぞ!」
御輿の中央の玉座に腰かけたゾグラスが号令を出すと、魔物たちが御輿を担ぎ上げた。
その姿勢のまま、御輿は浮かび上がり空に向かう。
「は?空飛べるのかよ。じゃあ、かつぐ意味なくね?」
思いもよらない意外な事態に、セティは思わず声をあげた。
「なんば言いよんね。御輿はかたぐもんだろもん。こんも風情たい」
「そう言うもんかなぁ・・・ん?どうした、クライド?」
「いや、奴らに少し意趣返しをしようと思ってな」
空中の御輿から身を乗り出したクライドが鐘を鳴らした。
鐘の音は空を走り、リリーの中へと消えた。
◆
時間は数秒前に遡る。
御輿が飛翔した直後、その様子を見たミコがいきり立った。
「にゃあ!あいつら空へ逃げたぞ!」
「くっそぉ!タダで逃がしてたまるかよ!ネイル・ケル・・・」
腹部への一撃に一矢報いるために、リリーが釘を飛ばす加護『ネイル・ケルツ』を発動させようとしたが、クライドの鐘の音がそれを妨げた。
鐘の音はリリーの中へと入ると、脈動を高鳴らせ狂わせる。
「ぐぁっ・・・これ、あいつの鐘か・・・さっきの虫のとは違う・・・今度はなにしやがった・・・」
激しい胸の動悸に、リリーは加護を中断して両膝をつくと、胸を押さえてうずくまる。
◆
「クライド、あの女になにしたの?」
鐘の音を放ったクライドの横に、セティが身を並べてリリーの様子を見る。
「あいつの中にある闘争心を暴走させる音『狂心』を送り込んだ。これで奴らは同士討ちするはずだ。セティを苦しめた報いをじっくり味わわせてやるよ」
「へぇ、私をボコったから怒ってくれてんだ。なんだよ、嬉しいことやってくれんじゃん」
クライドの行動に、セティは照れ隠しで少しからかった。肘で脇を小突く。
「あ、あまり茶化すなよ。相棒を傷つけられて怒るのは当然だからな」
「うん、嬉しいよ。ありがとう」
「・・・・・・」
二人のやり取りする背中を見ながら、ジュゼッタは微笑んでいた。
◆
「リリー、大丈夫か?」
様子のおかしくなったリリーを心配したミコがかけよった。
「いかん、ミコ!近づくな!」
危機を感じ取ったリシャクが叫ぶ。
しかし、その声が届く前にクライドの鐘の音『狂心』によって狂ったリリーの攻撃がミコを襲った。
「がぁああああ!」
奇声のような雄叫びを上げて、狂ったリリーが円盤状のノコギリ『ダヅン・サーキュラー』を振り回す。
「うわっ!大変だ、リリーがおかしくなったぞ」
攻撃を躱しながらミコがリリーの様子を伝えてくる。
「おそらく、あの男のスキルじゃ。置き土産でリリーを暴走させたようじゃな。まったく、とんでもないことをしてくれる・・・最後の相手が味方とは」
「しゃあないな、こうなったら力ずくで黙らせるしかないな。策に乗るのは癪やけどな。ミコ、手の傷治しとき」
リシャクとシズクヴィオレッタが武器を構えた。
ミコはリリーから距離をとり、回復の魔宝珠を握りしめた。
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