第255話 「奥の太刀」(バトル)
惨状とはこの事を言うのだろう。と、シズクヴィオレッタは痛感していた。
蛮君ゾグラスに挑んだ、リリー、ミコ、リシャクの三名の攻撃は、その効果を発揮することはなかった。
攻撃自体の威力は充分すぎるほどだったが、ゾグラスの耐久性はその遥か上にあったのだ。
繰り出した攻撃を攻略され、返り討ちにあった三名は、笑い声をあげる蛮君の周りでうずくまっていた。それはまるで、絶対王者とそれを崇拝し頭を垂れる信者のような構図だった。
「圧倒的にして・・・絶望的か。よもやこれほど戦闘力に開きがあるとはの・・・」
肋骨を粉砕され背骨を折られ、内蔵を地に撒き散らし、上体を支えることができなくなったリシャクが、折り畳まれたような姿勢で感想を漏らした。
地獄の将であるリシャクはこの程度で死ぬことはないが、それでも状態は瀕死だった。
息が荒く、震えが止まらない。
リリーは今だに腹部をおさえたままうずくまり、ミコは噛み砕かれた右手を左手で支えながら闘志の宿った目でゾグラスを睨む。
しかし、ミコの尻尾は弱々しく左右に揺れている。怯えているのだ。
「ミコは強い。ミコは強いんだ。負けない・・・負けない・・・うう」
言い聞かせるようにブツブツと呟くミコ。意識はともかく、纏う空気は敗者のそれだった。
「あかん。ミコ、下がっとき。アンタ、心で負けてるわ。そんなん勝負以前の問題や」
虚勢をはるミコの前に手を差し出し、行く手を遮るシズクヴィオレッタ。その手には小太刀が握られていた。
「な、なにを言う。ミコはまだやれるぞ。手が潰れても我慢すれば・・・」
「アカン言うてるやろ!アホ!そない怯えた目ぇさらしてイキッてんやないで!返り討ちにあうだけや、大人しゅうしとき!」
シズクヴィオレッタに一喝され、ミコは萎縮した。耳と尻尾がしおれた。
「う、うみゃ・・・そうだな、今のミコはダメだな・・・ごめん」
ミコはうつむく。シズクヴィオレッタはそんなミコを抱き締め慰めたい衝動をこらえながらゾグラスに向かって歩を進める。
「なんか、そん小さか刀は?そがんとでおっば斬るつもりね?」
進み出るシズクヴィオレッタ。その手に握られる小太刀を見てゾグラスが笑う。
「せやで。アンタ相手やったら、この程度で充分や。なんなら、素手でやったってもええんやで?」
「は?なんかそら?なん言いよっかわかっとっとか?」
安い挑発だったが、効果は抜群だった。ゾグラスは目を血走らせてシズクヴィオレッタへ歩を進める。
小太刀を鞘から抜き放つと、シズクヴィオレッタもゆっくりと前に進む。
着物の狭い歩幅でしずしずと進むシズクヴィオレッタ。
大股で地面を踏みしめながら雄々しく進むゾグラス。
両極端な歩みの二人の距離が縮まる。
歩みながらゾグラスは右の拳を握りしめる。全力が込められた拳には血管が浮かんでいた。
シズクヴィオレッタは静かに長く息を吐き、心拍と精神を極限まで鎮める。
二人が共に間合いに入った。
直後、ゾグラスは踏み出した勢いをそのまま利用した右の拳を顔を狙って全力で突き出した。空気を突き破る音が鳴り響く。
しかし拳を突き出した先にシズクヴィオレッタの姿は無く、渾身の拳は空を切った。
「おらん。どこ行ったっか?・・・ぬぁっ!?」
消えたシズクヴィオレッタを探すゾグラスの腕に激痛が走った。
腕に目をやると、腕は三つに切断されていた。箇所は手首と肘。間接を切り離されていた。
「!!どい!」
切断された腕が分離して落下する前に、ゾグラスは一歩踏み込んで腕を押し込み、切断面を密着させた。傷口が繋がり、超速再生が完了する。
「なんか今んた?いつ斬られたか解らんかったばい」
「そんなん、今に決まってるやろ」
右から声が聞こえた。同時にゾグラスの右目が縦に斬り裂かれた。
シズクヴィオレッタはゾグラスの拳を躱しざまに腕を切断し、右側に回り込んでいたのだ。
「ぐぁっ!なんか。やぜか、ひゅっ・・・ひゅ」
ゾグラスが右目が裂かれたことを理解するより早く、喉が横一文字に裂かれた。傷口から空気が漏れ、言葉が流れる。
咄嗟に左手で喉をおさえようとするが、すでに左手は手首から斬り落とされていた。
シズクヴィオレッタは、短い時間のなかでゾグラスの間接を正確に攻め続けていた。
「かっ、はあっ!が、な、なんかこやっわ?どっから攻撃してきよるか全然解らんばい!」
喉の傷を回復させながら、シズクヴィオレッタの面妖な攻撃に初めて狼狽の様子を見せて、ゾグラスは数歩退いた。
「は、ははっ・・・序列の二を下がらせるか。見事なものじゃの」
目を疑うような光景に、リシャクは地面に転がったまま蛮君を笑う。
少し離れて距離をとったことで、ゾグラスはようやくシズクヴィオレッタの姿を視認することができた。
その立ち姿は柳の木のように脱力して、小太刀を下向きに構えていた。一見すると攻撃の意思など無いように見えた。
「静海一刀流 奥の太刀『宵の影』」
表情を変えること無く、ポツリと呟くシズクヴィオレッタ。その声にゾグラスは、リリーやミコに無い独特の殺意を読み取った。
「なんかわら。たいぎゃ薄気味悪かね」
「せや。この技は闇夜の中に溶け込み消える己の影を模した技。決して見ることの叶わへん宵闇の影からの刃、それが宵の影。影に命を狙われる、気味が悪いんも当然や」
「なんかそら。見えん技て、そがんとがあっとか!?」
「なんや、たった今くらっといて信じられへんのかいな?ほんならええわ。解るまで、その身体に教えたるわ」
そう宣言すると、シズクヴィオレッタは静かな呼吸、歩みと共に前進する。
「やぜかったい!」
不気味な殺気を漂わせながら接近するシズクヴィオレッタに対し、危機感をあおられたゾグラスは、右の爪先を地面に突き立てて足下の砂利を抉るように蹴りあげた。
地面が捲れ上がり、土砂の散弾となってシズクヴィオレッタに襲いかかる。
しかし、すでにそこにシズクヴィオレッタの姿は無い。
飛来する土砂の遥か下、ほぼ地面と水平まで身を低くしてゾグラスに接近していた。
開かれた着物の裾から、美しく長い足を付け根まで覗かせ大きく開いて上体を下げ、極限までの低姿勢となって前進する。
「影や言うたやろ。上にはおらんで」
「かぁっ!なんかそん動きは?」
狙いが大きく外れ、ゾグラスの右足は空を蹴る。そして残された軸足を小太刀が刻む。
アキレス腱を切断すると、蛮君の姿勢を崩し仰向けに倒れさせる。
「こがんとで倒れったまっか!」
ゾグラスは両手を握り、背が着く直前で地面を叩いた。
反動で身体が跳ね上がり体勢を立て直す。
「そこ、ちょうどエエわ」
ゾグラスが着地した場所には、シズクヴィオレッタが待ち構えていた。
小太刀の切っ先を腹部の位置に予め置き、ゾグラスは戻ってきた瞬間に腹を真横に割かれた。内臓が切創から流れ落ちる。
「がぁああああ!は、腹ば切ったか!?」
「せや。そんでこれはウチからの贈り物や。余り物やから遠慮せんとってな」
開いた腹に、シズクヴィオレッタはなにかを放り込んだ。直後に超速再生が終わり傷を塞ぐ。
「な、なんか今んた?なんば入れたっか?」
「すぐにわかるわ。ほんでどや、宵の影、おもろい技やったやろ?」
「なんば言いよっか!わけんわからん動きばしてか、あらなんか!?」
顔が触れそうなほどの至近距離でゾグラスは怒鳴る。
「なんや、解ってへんかったんか?あれはアンタの攻撃意識の外を攻める技や」
「そ、外・・・?」
「攻撃いうんは、よぉ狙ってやるもんや。せやから、戦いに集中すれば意識は標的に定まる。ほんで当然外への注意は弱まる。宵の影はその弱なった注意の隙間に滑り込む技や」
「なんかそっは?滑り込むて、そがんこっだけで、おっばここまで追い詰むっとか?」
「なに言うてんねん。それが重要や。意識が向かん言うことは、無防備いうことや。どんな達人でも無防備なら素人以下や。ほんでその結果がこれや。よう解ったやろ?」
「く・・・」
「ウチはミコほど速ないし、リリーほど力も強ない。せやけど巧いねん。せやから正面から殴りあう二人より、ウチの方が上手いことアンタを転がせたいうわけや。実力はアンタの方が上やけど、今回はウチの技巧の勝ちや。ま、相性が悪かった、いうところやね」
シズクヴィオレッタは微笑んだ。しかしそこに、油断や慢心の様子は無かった。
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