第253話 「蛮君無双」(バトル)
地獄の将の序列の二、蛮君ゾグラスの体をドリルによって貫通したことにより、勝利を確信したリリー。
ゾグラスはユンボ・エルグの一撃をものともしない耐久性だっただけに、その喜びと達成感はひとしおのものとなっていた。
「どぉだぁ!これが私の加護の力だ!なめんじゃねぇぞ!」
「は、はは・・・まさか人間がゾグラスを貫きよるか。たまげたものじゃ。だが、油断するでないぞ。こやつは地獄の頂点に立つ実力者、この程度では・・・」
ここまで言ったところでリシャクは気づいた、ゾグラスの様子が平時と変化がないということに。そしてその顔は生気に満ちていた。
蛮君ゾグラスの口が大きく開いた。クッションスライムに覆われているが、かまうことなく上下に広げる。
ゾグラスが口で大きく息を吸い込んだ。
空気もろとも、身体中のスライムが口に収まっていく。
スライムを口一杯に含み、ゾグラスの頬が膨らんだ。
「・・・げばぁっ!」
ゾグラスは口の中のスライムをリリーに向けて吐き出した。
顔から全身にスライムを浴び、今度はリリーがスライムにまみれる。
「ぎゃああああああ!汚ったねぇええええ!くっせぇえええ!またかよちくしょう!」
グラボスに続きスライムの体液によって汚されるというニ度目の悲劇に、リリーは怒り混じりの悲鳴を上げる。
「なんと、このような手段でスライムを破るか!華麗とはほど遠いのう」
「せからしか!綺麗事ば言いよったっちゃ、勝たれんけんね!出来っことは全部せなんた!」
豪快なゾグラスの回避法に、リシャクは皮肉を込めて賛辞を口にする
解放されたゾグラスが右手を伸ばしリリーの首を掴んだ。驚異的な握力で一瞬で息がつまる。
「か、がぁ、く・・・」
「嘗むんなよ、腹に穴ばほがしたぐらいで、おっは死なんばい!」
首を掴んだまま、ゾグラスはリリーを持ち上げる。自重によりさらに喉が締まり息がつまる。
「ひゅ、ひゅ」と、わずかな隙間から空気を取り込みながら、リリーは必死にもがいて命にしがみつく。
口には泡が吹き出し始めていた。
「そら、腹ん穴のお返したい!」
腹部を貫くドリルをものともせず、深く踏み込み腹をねじれさせて、魔力と黒い闘気を纏った左の拳をリリーの腹部へ叩き込んだ。
お返しという言葉通り、ゾグラスの拳はドリルと全く同じ箇所に命中した。
衝撃が突き抜けた後、腸と胃の内容物が口を経て飛び出した。その威力にリリーは吐瀉を一瞬もこらえることが出来なかったのだ。
「おお、良か顔しとるばい!どがんね?魂が震ゆっど?」
噴き出され、降り注ぐ吐瀉物を顔に浴び、ゾグラスは満足そうに大いに笑った。
命を懸けた究極の応酬に、心の奥から喜びを感じていた。
ゾグラスがリリーの首を掴んでいた手を放した。
腹部の痛みで抵抗力を失ったリリーは力なく地面に倒れ込む。
両腕と背の加護は消え去っていた。
伏したまま震えるリリーに向けて、ゾグラスが拳を握る。
「名残惜しかばってん、こっで終わりたい。楽しかったばい」
トドメの体勢に入った。
「おのれ、やらせるか!」
リリーの窮地を救うべく、リシャクが動いた。
右腕の鞭をしならせ、ゾグラスの顔を狙う。
「なん邪魔しよっか、おぅちゃっかね!」
唸り迫る鞭を右腕に絡ませ、ゾグラスは攻撃を受け止めた。
「馬鹿め、先端に触れたな!そこは猛毒っ・・・」
言い終わる前に、リシャクの身体がゾグラスの剛力によって引き寄せられた。
「毒だけんてなんか!先に自分ば心配せんか!」
毒の触手を巻き付けたままの拳が、引き寄せられたリシャクの顔面をとらえる。
正拳ではなく、裏拳で触手ごと押し付けた。
「ぐぅっ!猛毒もおかまいなしか!?元気なことよのう・・・」
即死級の猛毒とはいえ、その主には効果は弱い。毒はリシャクの顔を爛れさせるにとどまった。
「さすが蠱毒の主の毒たい、手が痺れとぉ。動かんごてなってしもたばい」
「痺れるだけか。耐性も桁違いじゃな。直に掴むのも納得じゃ・・・ふん!」
毒による爛れの延焼を危惧し、リシャクは顔の皮膚を強引に剥ぎ取った。即座に超速再生で回復する。
ゾグラスも腕に力を込めると、巻き付いた触手を弾き飛ばした。
毒は既に中和されていた。
「面白かばってん・・・弱かね」
「く・・・っ」
腕を軽く振りながら、攻防の余韻を味わうゾグラス。そんなゾグラスの率直な感想に、リシャクは閉口する。
「所詮、序列の五は五たいね。おんには勝てん」
「言うてくれるのぅ」
リシャクは警戒体勢のまま返事をする。
「こん女もそがんたい。使いよる技は見たことなかけん楽しめたばってんが、おんには届かん。足らんばい」
そう吐き捨てると、痛みに苦しむリリーの顔をゾグラスは軽く蹴る。
リリーは抗えずそれを受け入れる。屈辱だった。
あまりにも大きすぎる戦闘力の差に、リリーは絶望で涙を浮かべていた。
◆
「・・・・・・」
「ん?なんね?・・・ああ、そがんたいね。あんま遊んどる時間はなかね。さっさと終わらするばい」
これまで静観をしていた序列の一ジュゼッタ・ロゼが無言でゾグラスを見た。
それを受けてゾグラスが返事をする。ジュゼッタは極端に言葉を発さないが、ゾグラスはそんなジュゼッタの心中を理解することが出来るのだ。
決着のためにゾグラスは大きく足を引き後方に振り上げた。全力の蹴りでリリーの顔面を潰し命を奪うつもりなのだ。
「リシャク。こやっば片付けたら、次は相手ばしてやるけんね。・・・そら!」
ゾグラスが上げていた足を振り下ろした。
爪先が、苦しみと悔しさでまみれる顔に迫る。
リリー、リシャク、そしてゾグラスも死を確信した。
が、次の瞬間、蛮君を左右からの殺気が挟み込んだ。
「ん?なんか!?」
咄嗟に蹴り足を止め、ゾグラスは両腕を上げて守りの体勢に入る。
左右から、黒と白銀の煌めきが走り、ゾグラスの腕に当たる。
「痛かね。なんかこら、誰や!?」
左右からの煌めきは斬撃だった。放ったのはミコとシズクヴィオレッタだった。わずかの時間で回復を終えたミコは、シズクヴィオレッタと共にリリーの救援に駆けつけたのだ。
「やらせへんで。いくら勝った側言うても、顔を蹴り潰すんなんて黙って見てられへん!」
「そうだそうだやらせないぞ。みんなでリリーを守るぞ!」
同じ戦士、同じ女としての誇りと怒りが二人を突き動かす。
「なんかわっどま!邪魔すんならくらすぞ!」
ゾグラスは怒りに任せた怒号を発する。
「嫌だ!ミコは邪魔するぞ!リリーを助けるぞ!」
「せや、邪魔させてもらうで。帰って言うても、帰らへんで!」
ミコとシズクヴィオレッタは、リリーと同じくリシャク特製の強身剤使用して攻撃を仕掛けていた。
筋力や戦闘力は普段より数段跳ね上がるはずだが、そんな二人の攻撃の刃を、ゾグラスは腕で受け止め、筋肉で固定していた。
「な、なんやこいつ?刀が・・・動かへん!?」
「ミコの爪もだ。抜けないぞ!?」
「そがんたい。おっの筋肉で挟んどるけんが絶対動かんばい!だりゃあああああ!」
ゾグラスは両腕を振り上げた。武器を固定されたままの、二人の身体が持ち上がった。
「な、なんやて!?」
「にゃあ!?」
ゾグラスの体格は人間の女と大差はない。だがそこは地獄の序列のニ、蛮君の二つ名を持つだけあり、豪快な力技でミコとシズクヴィオレッタを退ける。
「あかん、ここは退かな・・・」
「獣撫、消えろ!」
苦肉の決断。体が持ち上げられ危機を覚えたた二人は、武器を手放し素手となって避難した。
「フーッ!すごいな、こいつすごく強いぞ!ミコ最初から本気でいくぞ!獣撫、出ろ!」
ミコが再び爪を装着し、刀を手放したシズクヴィオレッタは、回生のための手段を逡巡させていた。
お読み頂き、ありがとうございます。
この作品を『おもしろかった!』、『続きが気になる!』と思ってくださった方はブックマーク登録や↓の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!




