第24話 「西の交易都市クロスト」(ストーリー)
太陽が西の地平線に縁をかけ、街道に三人の長い影を這わせる。
細く長く伸びきった影が矢印のように指し示した街道の先、三人の目に長く広がる壁が見えてきた。
目的の地、クロストを守る防壁である。
「みえたぁ、やっと着いたよ。長かったね」
「そうですね。市に来るだけで、こんなに汚れて汗まみれになるうえ、魔物に襲われて死にそうになるなんて思ってもいませんでした。早くお風呂に入りたいです」
目に映る城壁に安堵したセナとエィカが口数多く言葉を交わす。
「どうやら、そう上手くはいかなそうだぞ」
盛り上がる二人に水を差しながら、サイガが市の入り口を指差した。そこには数人の列があった。
服装や馬に引かれる荷物などを見るに、サイガたちと同じ旅人や商人達であることが察せられる。
門を通過する許可を得るための検問なのだろう。門の左右には槍を携えた衛兵が就き、眼光鋭くサイガたちに整列を促してきた。
列に並び順番を待つ間、三人は炭と化した荷物から救出した物資の確認を行った。
「全部で三十万ジェム・・・っと、お金は全部無事だね。だけど、衣類や回復薬、食料がほとんど駄目になったし、買い直さなきゃならないから、すぐに底をつくよ」
セナが財布を覗きつつぼやき、すっかり小さくなった荷袋を持ち上げて見せた。
「なにもあの量を保つ必要はない。次の町までもてば充分だ」
「そうです。その分、装備を充実させましょう。あんな戦いはもうこりごりです」
キマイラとの戦闘が余程こたえたのだろう、エィカは失った衣服よりも武装を優先させる提案をしてきた。平和的な主張をするかと思っていたサイガとセナの二人は、少し意外に思いながらも同意した。
東を目指す旅路は長い。そんな旅で最初の魔物が巨大なキマイラとあっては、三人の警戒心は高まったまま下がることがなかった。
「そうだな、やはり命を守るこが優先だ。宿で休んだら、明日は装備を整えよう」
サイガの提案にセナもエィカも頷いた。
一行の一応の予定が出来たところで、門の内側から一台の大きな馬車が外へと向かってきた。貴族用ではなく、商人が物資を運ぶ際などに用いる、大きな幌の馬車だ。
馬車は門の中央で足を止めると、門の衛兵に御者が話しかけた。
「清掃部第三隊だ。西、四キロの地点で清掃要請、外出の手続きを頼む」
「なんだ、こんな時間から出動か?ずいぶんと忙しいな」
衛兵が差し出した帳簿に御者が署名と外出事由を記入する。
記入がてらに御者が口を開いた。
「ああ、どうやら、六姫聖からの直接の要請で、それを聞きつけたギドンの野郎が所長に手を回して、明日の朝一でいいっていうのを無理やり緊急出動に切り替えやがった。こっちはいい迷惑だよ」
「投票日が近いからな。お上へ覚えをよくしようと躍起なんだろうさ。そんなことしたって、あんなやつに票が集まることなんてないだろうから、無駄だろうがな」
「たしかに、おれは絶対入れないね」
「おれもだよ」
笑いながら書き終えた帳簿を衛兵に返すと、部隊員を乗せた馬車は西へ向かって走り出し、その姿を地平線に消した。
「次。前へ進め」
列に並んで約三十分、直前の組の手続きが終わり、サイガたちの番がやってきた。
衛兵が三人を促す。
「待たせたな。そんじゃあさっさと手続きを終わらせるから、身分証、出して」
身分証。衛兵の言葉を受けて三人は硬直した。
思えば、三人は三人とも身分不詳の存在だった。
サイガは異国の旅人と偽る異界人。
セナは死を偽装した書類上の死者。
エィカは先日まで奴隷の上、契約主を殺害された、立場的には誘拐された身。
身分など、証明しようにも不可能な三人だったのだ。
三人はそろって固唾を呑んだ。わずかの間に数多くの思案を脳内でめぐらせ、解決法を探る。だが実際、身分証を所持していないのでは、舌先三寸で乗り切ることはかなわない。
三人に共通の絶望が満ちる。
「・・・あ!そうだ!」
突然セナが声を上げた。何か心当たりがあるのか、荷袋をひっくり返して中身を地面にばら撒いた。
「セナさん、一体なにをしてるんですか?」
「思い出したんだよ。さっき荷物を整理したときに、村長からの手紙があったのを。たしか、宛名がクロスト市長ラウロ殿。って書いてあったんだ。あった、これだ!」
セナが積み重なった荷物の奥から、一通の封筒を取り出した。
「なぁ、これでどうにかならないかい?」
セナから差し出された封筒を、衛兵が怪訝な顔で受け取った。
「市長への手紙?しかも、差出人がロルフ・ヴェント・・・だと・・・」
宛名、続いて差出人と確認したところで、衛兵の表情が一変した。その顔は驚愕し目を見開いている。
手紙、サイガたちへと何度も視線を往復させたあと、衛兵は部下を呼びつけた。
「おい、この手紙を班長へ届けて来い。そこから指示を仰げ」
「は、はい」
敬礼し手紙を受け取ると、部下の男は駆け足で門の中へと向かっていった。
衛兵が三人に向き直る。
「手紙を確認に向かわせた。返答があるまでしばらく待機してもらいたい」
そう言われ、三人は近くの待合所とやらに通された。