第251話 「頂点に立つ者」(ストーリー)
「な、なんやあいつら、仲間割れしよったんか?」
「恐らくそうだろうな。まぁ、ラシュトンの性格を考えれば、さもありなんといったところじゃがな」
中将軍クライドの鐘の音によって、奈落の井戸の奥へとその身を消したラシュトン。
そのやり取りの一部始終を目の当たりにして、リシャクは呆れた声を漏らした。
「だが、そのせいで地獄への道が繋がってしまった。おのれ・・・奴らが出てくるぞ。油断するなよ!」
強敵であるラシュトンの死。しかしそれによってもたらされる更なる強敵。リシャクの顔には脂汗が滲んでいた。
「シズクヴィオレッタ、リリー、地獄からの奴らが出てくる前に、少しでも敵の戦力を減らさねばならん。あの男を狙うぞ」
そう言うと、リシャクは右手を触れただけで即死する毒を持つ『メイオウカツオノエボシ』の触手へと変化させた。
「お、おいリシャク。あの中将軍の前に、あいつをどうにかした方がいいんじゃねぇか?」
「ん?なんじゃ?」
リリーが不安げな顔でクラウドとは別方向を指差し、リシャクがそちらを向く。そこには奈落の井戸へ向かって疾走してくるミコの姿があった。
「にゃああああああああああ!」
遠方から甲高い鳴き声が届く。ミコはいまだ、トイレハイのままだった。
「ええい、また訳の解らん行動をしおって・・・」
前方の地獄、遠方のミコ。
渋滞する問題に、リシャクは大きく息を吐いた。
「あんたらは中将軍にあたってや。ミコは、ウチがなんとかしたるわ」
シズクヴィオレッタがリシャクとリリーを差し置いてミコに向かって歩み出した。
二人は「わかった」と言い、クライドに向かっていった。
ミコは疾走の後、井戸の縁を駆け上がってきた。
勢いよく飛び上がると、爪を振りかざす。その目は獲物を求め狂っていた。
「ミコぉ!こっちや来ぃ!」
ミコに向かって、両手を差し出すように広げるシズクヴィオレッタ。受け止め、抱き締める合図だ。
ミコは一瞬で笑顔になった。まるで愛しい主人を見つけた飼い猫のような、喜びに満ちた笑顔だった。
「にゃっにゃっ」と機嫌良く鳴いて、ミコは空中で方向転換した。
「んななぁ~~」
ミコは甘える声でシズクヴィオレッタの胸に飛び込んだ。
額を胸に擦り付けると、顔を上げて頬を合わせ、鼻と鼻をくっつけ、親愛の挨拶を繰り広げた。
「ああ~よし、よし、よし、よし。なんや興奮してんなぁ。せやけどもう安心や、ゆっくりしぃ」
全身を抱え込み揉みほぐすように撫で回すと、ミコはようやく落ち着きを取り戻し、トイレハイから正気に戻った。
「ふにゃ・・・あれ?ミコ、なにしてたんだ?なんで抱っこされてるんだ?」
「さあ、なんでやろな?せやけど気にせんでええで」
「うん・・・。ん!?う、うぎゃっ!い、痛い!すごく胸が痛いぞ!にゃああああ!」
落ち着きを取り戻したことで、ミコは自身が重傷であることを思い出した。痛みが再び身体に襲いかかる。
「な、なんやあんた、胸に穴空いとるやないの。そんな傷で今まで走りまわっとったん?」
ミコの傷に驚いたシズクヴィオレッタは、懐からシャノンの回復魔法が封じられた魔法珠を取り出し、ミコの傷口にあてがって治療を施した。
「うううう~・・・いたい~、なんでミコこんな怪我してるんだ~」
ミコはトイレハイを経たことで、一部の記憶を失っていた。
「知らんわ。なんで自分の傷こと自分で解ってへんねん。ほら、じっとしとき、傷口開いてまうで!」
シズクヴィオレッタの母心が、甘やかしを上回った。
痛みにもがくミコを押さえつけ、強引に治療を敢行する。
「にゃあ~、きもちいい~」
回復の効果により、ミコは心と身体をとろけさせる。
「さすが六姫聖の回復魔法やな、効果は抜群や。ええかミコ、ちゃんと治したるさかい、じっとしてるんやで」
「うん、わかった~。ふみゃあ~」
ミコはシズクヴィオレッタの膝枕とシャノンの回復魔法の心地よさに、たまらず目を閉じた。
◆
ミコをシズクヴィオレッタに任せ、リリーとリシャクはクライドを仕留めんと接近する。
リシャクの右手のメイオウカツオノエボシの触手が唸りを上げて放たれた。猛毒を持つ先端を鞭のように撓らせながら、クライドを狙う。
クライドの鐘が鳴った。
「まだセティの目が開いてないんだ。お前らの相手はしてられないんだよ!『転響』」
クライドの前に半円状の壁が現れ、リシャクの攻撃を跳ね返した。
制御を失った触手の先端が、主の顔を襲う。
「ちっ、反転の技か。触手解除!」
先端が顔に届く寸前で、リシャクは右腕を通常に戻し、触手を消した。攻撃を無効化し、再び触手へと変える。
「おい、まずいんじゃねぇか?攻撃を返されるなんて、時間稼ぎにもってこいだぜ」
あらためて目の当たりにする、クライドの命鐘の応用力の高さに、リリーは感心混じりに呟いた。
「・・・時間稼ぎで終わればよかったのだがな」
「どういうことだ?」
「時間切れじゃ、奴らが到着しおった」
「そうなのか?私は魔力が弱ぇからよくわかんんねぇけど・・・」
「それは幸いじゃの。私は今にも吐き出してしまいそうじゃ・・・」
奈落の井戸の内部が、急速にかさを増し始めた。
瘴気で黒く淀みきった中身は縁にまで達すると、大きく盛り上がる。そのほとばしりは爆発寸前まで達していた。
限界を向かえた井戸の中身が爆発し、天に向かって勢いよく噴き出す。
それは黒い逆さの滝だった。
ほどなくして瘴気の奔流が落ち着くと、井戸の中央に二つの影があった。
地獄の将、序列の一と二が地上に顕現した。
そこには二人に女がいた。
一人は穏やかで静謐な雰囲気を纏った物静かな印象。
もう一人は荒々しい闘気にまみれた、戦闘の化身のような姿。
対極的な二人だった。
「あれが地獄の将の頂点か?見た目は私らとそんな変わらねぇが、とんでもねぇ圧だな潰されちまいそうだ・・・」
二人の将が放つ無意識の魔力、瘴気、威圧感は、それを感知できる者にとって窒息してしまいそうなほどの濃度でリリーたちに届いていた。
「そうじゃ、序列の一、『絶対魔力存在 ジュゼッタ・ロゼ』。序列の二、『蛮君 ゾグラス』。ラシュトンとは比べ物にならんほど強いぞ」
現れた二人のうち、荒々しい闘気を纏う女の方が一歩前に出た。
序列の二、蛮君 ゾグラスだ。
長く荒れた黒髪に、長身で引き締まった身体、多数の傷を負った露出した肌、自信に満ち満ちた表情。
歴戦の風格がそこにあった。強者であることを無言で知らせてくる。
「久しかぶりたいね、リシャク。なんしよんな、こがんとこで?」
犬歯の目立つ歯並びを見せびらかすように、ゾグラスはニヤリと笑いながら尋ねてきた。口調は荒々しく特徴的だった。
「ふっ・・・なに、なにやら地上が面白そうだったのでな、遊び半分で楽しんでおるところよ」
額に大粒の冷や汗を滲ませながら、リシャクは気後れしまいと虚勢をはる。
「貴様らこそなんじゃ、地獄の果てで安穏としておるのではないのか?地上に何用じゃ?」
「おっどんは、呼ばれたけん来たったい。なんか今ん地上には強か連中がおるらしかけん、協力すんなら、そやっどんと好きなだけ戦わせくるっていうけんが世話んなりにきたとよ」
「???お、おい、こいつ今なんて言ったんだ?全っ然、聞き取れねぇ」
あまりに強いゾグラスの語りの癖に、リリーは困惑した。
「あれは、あいつの地方特有の訛りじゃ。どうやら、地獄の将の戦闘欲を満たしてやると言われて来たらしい。将は戦いを欲しておるから飛び付いたようじゃの」
「おっどんは強すぎるけん、地獄に相手にでくっ者がおらんけんが、とぜんなかもんね。だけんがたいぎゃな喜んで来たっばい」
ゾグラスの言葉に偽りと傲慢はなかった。事実、二人が現れてから、リリーたちは目を離せず一歩も動けずにいた。
「くそ、さっきから鳥肌が止まらねぇ。おいリシャク、こいつら、やべぇのがビンビン伝わってくるけど、どんな奴らなんだよ?」
リリーが微かに震える腕を擦りながら尋ねてきた。
リシャクが一人を指差した。黒髪の女だ。
「さっきからよく喋っとるのが、序列の二、蛮君ゾグラス。暴力だけで成り上がった脳筋そのものの女じゃ」
指が隣の緑髪の女に向く。
「そしてその隣が序列の一、絶対魔力存在ジュゼッタ・ロゼ。地獄に漂うあらゆる魔力が集合し人の形と精神を成した魔力の塊じゃ」
「お前らがいる地獄を暴力だけで成り上がったやつと、魔力の集合体だと?な、なんだよそれ?そんなのがいるのかよ?そんな奴ら、絶対桁違いだろ」
自身の常識外の存在に、リリーは驚愕する。
その言葉を聞いて、ゾグラスは歯を見せてニヤリと笑った。大きな犬歯が目立つ。
「そがんたい。おどんは強かぞ!だけんが・・・」
そこまで言うと、ゾグラスの姿が消えた。
次の瞬間、リリーの正面に現れる。
瞬足の踏み込みだった。
「のぼせとんなら、くらすっぞ」
「ぐぁっ!」
ゾグラスの左の拳がリリーの腹に突き刺さった。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
○地獄の将 序列の二 蛮君ゾグラス
○地獄の将 序列の一 絶対魔力存在ジュゼッタ・ロゼ
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