第249話 「命、狂う。 前編」(バトル)
リリーの腹部に寄生生物を発生させて時間を稼ぐ間に、クライドはスキルの全てをセティの回復へ注ぐ。
「命鐘・『活身』。」
瀕死の重傷を負ったセティの全身を、クライドの命鐘・活身の音が包む。
活身は損傷した肉体を再生させる回復の効果があり、セティの欠損した身体は完全に再生していた。
「傷は治ったぞ。目を開けろセティ」
「・・・・・・」
傷は消えたがセティの反応がない。目を閉じたまま、呼吸が止まっている。
「お、おい、どうした?セティ?セティ?」
生命の気配の無いセティの肩を揺するクライド。口調から激しい狼狽が見てとれる。
肩を揺する手を止めると、クライドはセティに馬乗りになって両手で心臓の圧迫し、人工呼吸を始めた。
下手な科学を圧倒的に凌駕するほどの結果をもたらすスキルを有しながら、原始的な手法にすがったのだ。
それだけクライドは切羽詰まっていた。
「む、無駄だ。その女はすでに死んでいる・・・。そんなゴミよりオレを治せ」
クライドの上方から、現実を突きつける無情な言葉が投げ掛けられた。その言い様に、クライドは声の方を睨む。
そこにいたのは、全身のあらゆる箇所に切創と打撲を負った地獄の将のラシュトンだった。
その姿は痛ましく、頭頂部は割れて脳が露出し、右目は破裂。左腕は失われ、胴体は鋭く切り裂かれ血が止めどなく流れ出ている。
「な、ラシュトン?その傷は、一体・・・?」
地獄の将、序列の三の衝撃的な姿。クライドは一時的に怒りを忘れて訪ねることしかできなかった。
ラシュトンは残された右手で遠方を指差した。
そこには、全力疾走で近づいてくる、六姫聖・超獣ミコ・ミコの姿があった。
「ま、まさか、あいつの仕業か?」
◆
時は、ラシュトンが奈落の井戸の縁に帰還した五分ほど前の時点に遡る。
地獄の将、序列の三のラシュトンは、超獣ミコ・ミコの身体能力とそこから繰り出される猛攻によって、苦戦を強いられていた。
ラシュトンは元は三人の人間だったものがひとつの身体となって現在の姿を手に入れた。
そのため、その身体には六本の腕が生えており、それと空間を操る能力を駆使した戦法で敵を翻弄する。
だが、逆に言うと、その六本腕の攻撃がラシュトンの限界であり、空間を超越した六本の腕の攻撃を見切るという、常軌を逸した対応をとることができれば、ラシュトンを完封できる。
そして、ミコはそれが可能だった。
ミコの野生の勘と直感力は、あらゆる角度から襲い来るラシュトンの変幻自在の攻撃に完璧なまでに対応していた。
空間を割いて仕掛けられる攻撃は、並の戦士や冒険者程度なら一撃必殺の効果をもたらす。
しかし、ミコは出現の気配を敏感に察知し、さらには攻撃がその身に触れるという、圧倒的な後手の状況からでも回避からの反撃を仕掛けてくるのだ。
ラシュトンは、攻めれば攻めるほど反撃よって傷を増やされ続けていた。
「あははははは!すごいぞすごいぞ!攻撃が全然見えない。このままだとミコに当たっちゃうぞ!あははははは!」
予備動作の概念が一切存在しないラシュトンの空間攻撃。
そんな予測不可能な襲撃全てを、ミコは踊るように回避し続ける。
後方から剣で脛椎を狙えば前方宙返り。真下から槍で突こうとすれば、具足の爪の先端を槍の先端に合わせた片足立ちで制する。
「こ、こんクソガキがぁああ!なんで攻撃が当たらねぇ!?一体どうやって感知してやがるんだ!?」
四方八方、三百六十度あらゆる空間からの攻撃にミコは完全に対応する。
ミコはさらに高らかに笑い続ける。
「あははははは!楽しいな!わーい、わーい!」
一向にミコを捉えることが出来ない歯がゆさから、ラシュトンの攻撃は熾烈にはなるものの、次第にその正確性を欠きはじめた。
空間を利用するという圧倒的戦略的優位性の高いラシュトンの能力だが、乱れた精神ではミコに届くことは決してない。
ミコは攻撃を回避しながらも、徐々にラシュトンに接近しつつあった。
「ええい、身体を狙っても無駄か。だが、これなら避けられまい・・・」
粗雑な攻撃を繰り返すラッドに替わり、冷静なスーラの相が出た。
戦闘を好むラッドと違い、スーラは結果を重視する。そのために、ミコの感覚器を攻撃することにした。
空間からのレイピアの刺突攻撃を文字通り、『目の前』に出現させたのだ。
極限の至近距離とも言える、角膜の直前にカウンター狙いで出現した、正確な視認が不可能な攻撃。迎え撃つ形のレイピアにミコが自らその目を捧げることとなる。
「!ぎにゃっ!」
短い濁った鳴き声を上げ、ミコは身体と首を急旋回させてレイピアから身を守るという避難行動に出た。
攻撃の手を止めさせ一矢報いたのだ。
ラシュトンの攻撃は、その相が替わると気性も変わり、ひいては攻撃手段すら変化する。
その緩急の落差が、一瞬、ミコの野生の勘を上回った。
ミコが足を止めた。顔はうつむいていた。
「やったか!?」
ここにきて、ミコに入った効果的な一撃。ラシュトンは喜びの声を上げた。
「・・・にゃあぁぁあ・・・」
ミコが鳴きながらゆっくりと顔を上げた。重々しい動きと声だった。
ラシュトンのレイピアによる攻撃は顔に命中していた。だがそれは、本命である眼球ではなく、右目の上の額を縦一文字に割くにとどまっていた。
そしてその傷によって、右半面は血で赤く染まっていた。
「なにぃ・・・目を外しただと?あ、あれを避けたのか・・・」
ミコの動きを捉え、その足を止めることは出来たものの、本懐である目を潰すことはかなわなかった。
圧倒的な運動神経が奇策を凌駕する。その事実が、ラシュトンから喜びを一瞬で奪い去った。
「仕方ない・・・こうなったら消耗は激しいが、あれをやるしかないか・・・!」
意を決して呟くと、ラシュトンは意識を集中して強く念じ、空間を操りだした。
その一連の流れを、ミコは「うみゃ?」と不思議そうな目で見る。
「あいつなにやってるんだ?新しい遊びか?」
無邪気な瞳で眺めるミコ。そんなミコに異変が起こった。喉から胃にかけて、激しい痛みが起こったのだ。
「ぎゃあああ!い、痛い痛い痛い痛い!なんだ?喉の奥がすごく痛いぞ!カッカッ!」
突然の違和感に、激しく暴れまわりながら喉を鳴らし嗚咽をもらすミコ。
しかしその唾液にも異変が起こった。赤いものが滲んで混ざりだしたのだ。それは血だった。
ミコは喉に異物を感じた。
「カハッカハッ!げぇえええええ!」
何度も喉を鳴らして、異物を外へ押し出そうと激しくえずく。
次第に喉を何かが登ってきて、そして口から吐き出された。
それは剣の切っ先だった。
「な、なんだ・・・これ・・・ミコの中から剣が出てきたぞ。ミコこんなの食べてないぞ!」
剣を吐き出すという異常な事態に、ミコの心は大きく乱れた。
唾液と血にまみれた切っ先を見つめたまま動けなくなっていた。
「流石に遮蔽物があると半端になるか。ならばもう一度・・・」
ラシュトンが再び意識を集中する。
「に゛ゃっ!!」
ミコの身中に、またしても違和感が生じた
「にゃあああああ!ま、また、ミコのなかに何かある!うぎゃあああああ!」
体内の痛みに耐えかねて、該当箇所に両手を添える。そこはみぞおち、胃の位置だった。
「ふははははは、苦しいか?空間を操り、お前の身体の中を直接攻撃してやったぞ!さっきは調節をしくじったが、今度は確実にその威力を味わわせてやる!」
ラシュトンがその手を自らに向けて引き寄せる仕草をすると、ミコの身体の内側から外に向かって、何かが飛び出そうとする。
「な、なんだ、これ?まさか・・・また剣が?」
「そのまさかだ、地獄の将序列の三は伊達ではないぞ!くらえぇ!」
「ぎに゛ゃああああああ!」
ミコのみぞおちから剣が飛び出した。
そしてそれは一度で終わることなく、五度に渡って行われ、ミコの身体には五つの傷が刻まれ、その苦しみによってミコは前のめりに地面に倒れた。
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