第245話 「ぶつかる矜持と矜持」(ストーリー)
中将軍クライドの鐘の音の命じるままに、奈落の井戸へとその命を投げ込む魔物たちを見ながら、地獄の将、序列の三のラシュトンは期待に胸を躍らせていた。
ラシュトンはかつて人間であり、父王の謀によって暗殺され地獄へと落ち、魔物となって果てには将となった。
そんなラシュトンの中には復讐の炎が燃え続けていた。
地獄の時間の経過が地上と同質であるかは知るところではないが、ラシュトンは将に就いてからも永きにわたって父への復讐と地上の制覇を夢見ていたのだ。
「アハハハハハ!来てる、来てるよ!地獄の瘴気がこっちまで大量に流れてきてる!この規模なら僕なら楽勝で通ってこれる。あと少しだ。あと少しで、あいつらがやってくる。この世界をめちゃくちゃにしてやるぞ!アハハハハハ」
地獄への道が完成に近づくにつれ、躁のアンリンが興奮し、声を昂らせる。
精神を同一とする静のスーラと激のラッドも同じ様に高笑いを上げた。
狂喜するラシュトンを尻目に、瘴気の濃度にむせるクライドとセティは眉をひそめ顔を付き合わせる。
「なんだよあいつ、バカみたいに笑って。口が三つもあるからチョーうるさいんですけど」
「あの口ぶりからすると、この世界にかなりの恨みがありそうだな。その復讐の期待をこれから来る将にしているんだろう。あの声はその希望の大きさそのものさ」
無表情ででクライドが答えた。その目は空を見ている。
「なによ、つまんなそーにしてさ。任務なんだからさ、もっと気持ち込めなよ」
クライドのラシュトンとの極端な温度差に気づいたセティが、その頬に指を当て、反応を促す。
その顔がセティに向いた。
「セティ」
「?」
「このままで良いと思うか?」
「なにが?」
「このまま、地獄への道を開くことだ。協力関係とはいえ、俺たちの世界を壊そうと言っているヤツに手を貸すことだよ。こんなことは、売国奴以下の外道の振るまいに思えてな・・・」
再びクライドの目が空を見る。任務の最中とはいえ、その胸中には背徳と疑問が浮かんでいたのだ。
沈んだような空気を漂わせるクライドの顔を、セティは「はぁ」とため息を吐くと両手で挟んだ。
顔を無理矢理振り向かせて目を合わせる。鼻が触れあいそうなほどの近さだった。
「だーから、気持ち込めなって」
「き、気持ち?」
「そ。アタシたちは決めたんじゃん。反乱軍で戦うって。今のまんまの立場より、上を目指すって。戦いしかできないアタシたちに出来るのはそれぐらいだって!その気持ちを込めんの」
まっすぐな言葉と目だった。セティは見た目から軽薄な人物像でとらえられがちだが、その芯は強く誠実なのだ。
「クライド、あんたはアタシの相棒なんだからさ、上の空で任務やるなんて許さないよ。二人で一緒に駆け上がんだからさ。ボサッとしてんな」
「セティ・・・そうだな、すまない。そのとおりだ、気持ちを込めるよ。ありがとう。だが・・・」
「だが?」
「ちょっと、顔が近すぎるから、もう少しはなれてくれないか?」
「あ!ご、ごめん!」
「いや、いいんだ・・・」
ここでようやく、過剰な接近だったことを自覚し、セティは手を放した。
セティは熱中すると過度な行動に出てしまうのだ。
小麦色の肌を塗り替えてしまうほど、その頬と耳は赤く染まっていた。
◆
地獄の将、序列の三のラシュトンは浮かれていた。だが、そこは腐っても序列の三、敵を察知する感覚は一級品だった。
高笑いを続ける躁のアンリンだったが、その相が瞬時に激のラッドに入れ代わった。
「アハハ・・・!来やがったな!隠れてねぇで出てきやがれ、クソッタレェ!」
高笑いから、呼吸の間を置かず一気に切り替わって響く怒声。
居合のような素早さだった。
ラシュトンの声が向けられた方向に中将軍の二人も注視する。
そこには何もなかった。ただ、瘴気で荒れた地面があるだけだった。
「なんだよ、誰もいないじゃ・・・あれ?・・・」
セティが拍子抜けの言葉を発しようとしたとき、あることに気づいた。
空間がわずかに歪んでいるのだ。
「まさか、アタシと同じ隠行の術かよ?生意気!」
空間の歪みが、わずかなものから、大きな渦のように変化した。
直後、空間が布のように剥がれめくれると、そこから蠱毒の主リシャクが姿を表した。
ラッドの怒号とセティの指摘が功を奏し、隠行を解いたのだ。
「ひゃっひゃっひゃ!バレてしまったのう。『ミラージュカメレオン』の皮膚で作った特殊迷彩を見破るとは大したもんじゃ。のう、そう思うじゃろ?」
リシャクが左右それぞれの斜め前、遠方に向かって声をかける。
すると、声の先の空間がまたしても歪み始めた。
歪みからは、それぞれ姿を隠していたシズクヴィオレッタとリリーが現れる。
三人は、奈落の井戸の前の将たちの東、西、南に位置をとり、三角形に囲む布陣で出現した。
東側のリリーが迷彩を投げ捨てた。
「ああ、確かにな。さすが序列の三ってだけはあるな。やるじゃねぇか」
爽快な笑顔でラシュトンの慧眼に賛辞を送る。
さらに西側のシズクヴィオレッタが迷彩を脱ぎ地面に落とすと、小さな拍手をする。
「ホンマや、お見事やね。恐れ入ったわ」
三人の態度には違和感があった。無駄に口数が多く、明らかに注意を引こうとしている。
そんな不自然な行動に、ラシュトンの静の相スーラが警戒の色を濃くする。
「なんのつもりだ?気色の悪い。何か仕掛けるつもりか?」
球状の顔にある三つの面で、三人をそれぞれ凝視する。
◆
ラシュトンの予想通り、リシャクたちには狙いがあった。
それは、機先を制すために四人の中で最も敏捷性に優れたミコで奇襲を仕掛けるというものだった。
そのために三人は、あえて気づかれるように接近し、三人の視線を散らすために三方に配したのだ。
リシャクはラシュトンに、リリーはセティに、シズクヴィオレッタはクライドを引き付けていた。
◆
「ハハッ!面白いねぇ、たった三人で僕たちを囲んでなんのつもりだっての!小細工なんて通じないこと教えてやるよ!」
静のスーラに代わって躁のアンリンが出た。先ほどとはうって変わって、攻勢に転じる。
「?三人だと?いかん、セティ、奴らは全部で四人だ。一人足りない!」
ミコたち一行の総員を、唯一その目で見てきたクライドが叫んだ。記憶と現状との食い違いによる違和感に、強烈に不安をあおられたのだ。
「え?足りないって、誰がだよ!?」
鬼気迫るクライドからの警告に、セティが反応する。
「それは・・・」
「はっ!やっぱり何か小細工してやがったか!だがよぉ、なにをやろうが、俺には通じ・・・ぶごぁあ!」
ラシュトンの激のラッドが、予感的中だと声を張り上げクライドに言葉を被せたが、言い終わる前に、頭部を強烈な打撃が襲った。
計画どおり、三人の気を引いた一瞬の隙に、神速のミコが背後から急接近し、飛び後ろ回し蹴りの『ミコくるるんキック』が炸裂。踵をめり込ませた。
ラシュトンの球状の頭部は、さながらサッカーボールのように水平移動で遠方に飛んでいった。
一瞬で制御を失った、ラシュトンの首なしの身体が両ひざをついた。
「今だ!一気にいくぜ!」
ミコの奇襲の成功を受けて、リリーが声をかける。
リリーが具現の加護を発動させて右腕にパイルドライバーを装着する。
リシャクは腕を『クロガネモンハナシャコ』の拳、足を『ヨイチノミ』の両足に変化させ、硬度、速度、跳躍を兼ね備えた攻撃を準備する。
シズクヴィオレッタは凪となり、技の真価を発揮させるために心技体を刀と一体化させる。
邪悪な企みを阻止すべく、女傑たちは前に飛び出した。
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