第243話 「死闘の前の一息」(ストーリー)
中将軍クライドとセティの逃走劇は、一瞬に思えるほどの短い時間だった。
放たれた閃光魔法から目を守り、体勢を整えるまでの間に二人は姿を消していたのだ。
「すごい逃げ足だな。ミコが見失っちゃったぞ」
「ウチもや。あっちゅうまに消えて、気配もつかめへんかったわ」
見事なまでの遁走ぶりに、二人はしばらく中将軍たちの居た場所をポカンと眺めていた。
やがて、ミコの首に優しい仕草でシズクヴィオレッタの指が触れた。続いて腕が回され、全身を抱き締められた。
「ごめんな、ウチがはしゃいで浮わついとったせいで、嫌な目に遭わせて」
シズクヴィオレッタはミコを抱きながら、プランクデーモンの襲撃からミコを救えなかったことを詫びた。しかし、鎮静剤で睡眠中だったミコにその認識はない。
「な、なんのことだ?よくわからないぞ。それより苦しいし、腹も減ったからなにか食べたいぞ」
「・・・っぷ!そ、そやな、ぎょうさん寝たからお腹減ってるな。そらそや」
睡眠の次は食事と、ミコは欲望に忠実だった。
思わずシズクヴィオレッタは吹き出した。
◆
「んで、敵の二人組はどっか消えちまったってわけか」
しばらくして、遅れて到着したリリーは事の流れをシズクヴィオレッタから聞かされながら、荷物から食料を取り出していた。
一旦足を止め、リシャクを待ちがてら次の作戦の立案とミコの腹を満たすことにしたのだ。
「そうだ・・・はぐはぐ・・・すごく、息ピッタリの動き・・・むぐむぐ・・・だったぞ・・・モシャモシャ・・・ごくごく、ぷはぁ」
食欲を抑えきれず、ミコは食べながら状況を語る。パンと干し肉を大量に掻き込み、水で流し込んだ。
「ほらほら、口の周り汚れとるやん」
ミコの子供じみた行動に、シズクヴィオレッタは呆れながらも、口周りを拭き取り世話をする。
「なんじゃ、舌の根の乾かぬうちに、まだ過保護をやっとるのか?」
聞き慣れない声だった。リリー、ミコ、シズクヴィオレッタが同時に声の方を向く。
そこには緑の髪で、素肌に毛皮と羽毛のコートをかけた女がいた。真体のリシャクだった。
三人が食事をする間に追い付いたのだ。
「なんだぁ?お前もしかしてリシャクか?それが言ってた「本気」ってやつか?」
すっかり変わってしまったリシャクの風体に、リリーの声が大きくなり、シズクヴィオレッタの手が止まる。
ミコは変わらず食事を続けていた。
「うむ、そのとおり。これが私の本気の姿、『真体』だ。戦闘力はこれまでの比ではないぞ。あと、魅力もな」
大人の顔となったリシャクが余裕の笑みを見せる。
「なんやケバなったなぁ。今までの方が可愛らしかったんやけどな。ま、ミコにはかなわんけどな」
そう言うとシズクヴィオレッタはミコの頭を撫でて、ミコは額を「にゃんにゃん」と擦り付ける。
床に広げられた食料の山を、四人は囲むように座った。
「ミコ、よく腹を満たしておけ。この後は死闘になるぞ」
一同を見据え、リシャクが重い調子で口を開いた。
「あ?どういうこった?」
リリーが問う。
「思いもよらぬ強敵が地上に出てきておる。おおよその企みは察するが、なにぶん食えん輩じゃから油断ならん」
イラついた口調で魔物肉をかじりながら、リシャクは三妖面ラシュトンの説明とその目論見の推察を語る。
「地獄の将、序列の三の三妖面ラシュトンが地上に出てきておる。こやつは元が人間故、やたらと地上に固執しておったから青天の霹靂というわけではないが、地上が乱れとるのと同じ時期というのが引っ掛かるのじゃ」
「その三番目の将だけの話だけやない。ってことやな」
「うむ、ラシュトンの野望につけこんでいる者がおるかもしれん。地獄側か地上側か、はたまたどちらもか・・・」
リシャクとシズクヴィオレッタは腕を組んで考え込んだ。
「そのラシュトンってやつは強いのか?」
「え?」
ミコとリリーが異口同音の質問を飛ばしてきた。
シズクヴィオレッタとリシャクが同じく異口同音で返し、二人に顔を向けた。
ミコとリリーは肉を頬張りながら、純粋な視線を向けてきていた。
「地獄の序列の三なんだろ。だったら相当なもんってことだよな?」
「まあのぅ、油断をすれば私も不覚をとる使い手じゃ。実際に体験して痛感しておる」
リリーの質問に答えながら、リシャクは先刻のラシュトンとのやり取りを思い返していた。空間を利用した戦法は、その脳裏に苦い記憶を刻み付けていた。
「じゃあ、そいつが出てきたらミコが戦ってもいいか?」
「は?なに言ってやがる?私がやるに決まってんだろ。ここを主戦場にしてんのは私だぞ、こっちに譲るのがスジだろ!」
「やだやだ!ミコは強いやつと戦いたいんだ!」
「バカ!私だってやりてぇよ!ここら辺の連中じゃあ、戦い慣れちまって苦戦しねぇんだよ!」
「ミコもそうだぞ!ミコより弱い魔物しかいないから全然楽しくない!もっとママやサイガみたいな、ミコを殺せるような敵と戦いたいんだ!」
「ん?」
強敵を求め、舌戦が繰り広げられたが、ミコの出したサイガの名前にリリーは気を引かれた。
「おい、そのサイガって誰だ?お前を殺せるぐらい強いのか?」
「そうだ、サイガはすごく強いぞ。ミコが殺されかけたんだからな」
一角楼の出来事を語るミコ。その顔は得意満面だった。強さに対して憧れのあるミコは、強者に敬意を示し、他者のことであっても喜びを顕にするのだ。
「ミコが殺されかけるのか。へぇ、面白ぇなそいつ・・・よしわかった!だったら、そのサイガってやつと戦らせろ。だったら将の方は譲ってやるよ」
「いいぞ!サイガはリリーにやる。ミコはラシュトンってやつと戦う。それで決まりだ!」
ミコとリリーが笑顔で契約を結んだ。
その傍らでは、「おいおい、本人の承諾なしで勝手に決めるな」というのと同時に、「まぁこの二人になにか言っても無駄か」という、諦めの表情で見守るシズクヴィオレッタとリシャクの顔があった。
「さて、ラシュトンは莢魔の壺の中央の地、奈落の井戸にいると告げおった。となれば、衝突は必然じゃ。ということで、渡しておきたいものがある手を出すがよい」
リシャクに言われ、三人が手の平を差し出す。それぞれの手の平に二本の小さなアンプルが置かれた。
「なんなん、これ?」
「強身剤と超感剤じゃ。飲めば肉体と精神の戦闘力を一時的に上昇させてくれる。使いすぎると体に障りおるので、一回分だけじゃが、効果は絶大じゃ」
「あれやな、異界人が使とった超化翠みたいなもんやな」
「そういうことじゃ。多用の危うさはよく知っておるな。使うのなら、自己責任でな」
リシャクはニヤリと笑った。
「ん?リシャク、ミコには超感剤がないぞ」
「ミコ、おぬしは感覚が鋭すぎるゆえ、超感剤は無しじゃ。下手をすると壊れてしまうからの」
「ふみゃ・・・」
強身剤を握りしめながら、ミコは不満げな顔をした。
「虫を扱う地獄の将が用意した強壮剤ねぇ・・・」
アンプルを指でつまみ、しげしげと眺めるリリー。
「これ、素材は虫じゃねぇよな?」
「おお、よくわかったの。持久力と筋力の強い複数の虫から絞り出したエキスを何倍にも濃縮したものじゃ」
「げ、マジかよ!?聞いといてよかったぜ」
薬の効果の強さにリリー、シズクヴィオレッタは思わず顔をしかめる。
虫を拒絶するわけではないが、事前の情報とそれに対する覚悟はしたいのだ。
リシャクの薬、シャノンの回復魔宝珠と、道具袋の中身を確認すると、いよいよ四人は莢魔の壺の中心地、奈落の井戸に向かって出発した。
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