第241話 「散る命」(ストーリー)
「ふむ。まぁ、裸以上メイ以下と言ったところかの。薄い皮下脂肪がヌメヌメと心地よいわ」
歪んだ笑顔でメイをからかうような感想を口にすると、リシャクは不意に真顔に切り替わった。
目が据わり、後方に殺気をとばす。
「おるのであろう。出てこい」
「へぇ、気づいてるんだ。相変わらず、いい勘してるね」
地面から声が聞こえた。軽薄そうな男の声だった。
「何を言うか。同胞の気配を読めんほど衰えてはおらん。早う出てこい」
「はいはい、そう怒るなよ」
声の聞こえた地面の空間に亀裂が入った。
そこから這い出るように指が顔を覗かせると、亀裂を掴み強引にこじ開け始めた。
手が亀裂を押し広げ、ついには人一人分の空間が生まれた。
空間を睨み付けるリシャク。
数秒の後、そこから若い色白の男が顔だけを覗かせた。
「やぁ、久しぶりだね。しばらく見ないと思ったら、地上にいたんだね。しかもそんな人間みたいな姿しちゃって。序列の五が泣くよ」
顔を会わせた早々軽口を叩く男の名は『三妖面 ラシュトン』。地獄の将、序列は三の高位の将だ。
「ラシュトン。序列の三が地上に何用だ?」
「ははは、君と同じさ。地上が面白そうなことになってるから、ちょっと観光にきたのさ」
「バカを言うな。貴様らがそんなタマか!何か良からぬことを企んでおるのであろう」
リシャクはラシュトンの言葉を頭から否定した。信用に値しないということを態度で示していた。
「おぅおぅ、言ってくれんじゃねぇかメスガキがぁ!調子にのってっと、首飛ばしちまうぞ!」
ラシュトンの口調が豹変した。先ほどまでの軽薄な口調とはうってかわって、剥き出しの敵意と殺意が溢れていた。
顔も色白の優男から、浅黒く日焼けした横暴な顔つきに変わっていた。
「事実であろうが。貴様らが常に地上に対し謀りを考えとるのは周知のことじゃ。心当たりがないとは言わせんぞ」
格上のラシュトンの恫喝の言葉に、一切怯むことなくリシャクは言い返した。将の序列に差はあれど、その矜持は決して劣ってはいない。
リシャクの毅然とした言葉を受け、またしてもラシュトンの顔が変化した。
今度は激しい顔つきから一転して、穏やかで静かな達観した表情だった。
「さすがにお見通しか。まぁ、我らの素性を鑑みれば当然だな」
ラシュトンが口を開く。顔の通り穏やかな言葉遣いだった。
「ちっ、コロコロと入れ替わりおって。せわしないのう」
◆
三妖面ラシュトンは地獄の将の序列の三でありながら、かつては地上にあった、とある王国の三つ子の王子だった。
三人の王子は、冷静で内政に長ける長男、粗暴で戦上手な次男、柔和で民に慕われる三男と、三つ子らしく同じ顔でありながら、その性格は全く違っていた。
王子たちは常に王位継承を争っており、父王はその事に長年頭を悩ませていた。
そんな王家に新たに子が生まれたことで事態は大きく変わった。
王は、才能はあっても結束することのない三人を廃し、末の子を後継者として教育することを選んだ。
ある日、王は命として三つ子に魔物の巣の討伐を命じ、三人が現地を訪れたところで罠にかけ、その命を奪った。
そして三人の遺体は、地獄へ続くと言われる底の見えない谷に落とされた。
王家側の話はここで終わりだが、王子たちの話はまだ続く。
三人が落とされた谷は実際に地獄へと繋がっていた。
地獄へと落ちた三人は、亡者となって永遠にさまよう身となったのだが、その心にはただひとつ共通するものがあった。
父王に対する復讐心と地獄を併呑してみせるという野心だった。
三人の胸中にある怨嗟の念と、周囲に漂う地獄の瘴気は、次第に三つ子を混沌の存在へと変質させた。
負の感情にまみれた身体はひとつとなり、魔物となった。
しかし心は分かれたまま、三つ子は肉体と精神の解離した、地獄でも稀有な魔物となって力と地位を求めて血肉を貪るようになったのだ。
こうして三妖面ラシュトンが誕生した。
◆
ラシュトンには、三つ子を元とした三つの相がある。
戦を得意とする激の相『ラッド』、人心を惑わす躁の相『アンリン』、知謀を巡らす静の相『スーラ』。
ラシュトンはこの相を使い分けることにより、生き抜き、地獄の将としての立場を急速に向上させたのだった。
「リシャクよ、我らには大願がある。果たすべき大願がな。そのためには同胞である将といえども命を奪うことに躊躇いはない」
静の相スーラが口を開く。直後、リシャクの周囲に空間の亀裂が六つ出現した。
「しまった・・・!」
「死ね」
六つの亀裂それぞれから剣の切っ先が飛び出した。その全てがリシャクを貫く。
「ぐぁ・・・」
目、首、胸、胸、腹、太腿の六ヶ所を一斉に貫かれ、リシャクはその場に仰向けに倒れた。
致命的な箇所への深傷に、真体とはいえどもリシャクは瀕死となった。剣のひとつは脳に達しており、人間なら即死するほどの傷だったのだ。
「う、ぐぐぐ・・・おのれ・・・きさまら、な、何が目的だ?」
「はは、さすが将、しぶといね。だけど虫の息だ。あ、これ、ギャグね、笑って笑ってぇ」
顔を躁のアンリンに切り替えて、ラシュトンはケラケラと笑う。
「目的なんて教えるわけないじゃん。知りたかったら、生き延びて僕たちを追ってきなよ。ま、君の死臭に呼ばれたあいつらから生き延びられたらだけどね」
笑いながらラシュトンは空を見る。そこにはリシャクと八腕バジリスクの死骸を貪るため、死肉あさりの魔物が様子を伺っていた。
「く、『ドクロヴァルチャー』共か・・・。生意気にも、私を食らうつもり、か・・・」
「じゃあな、メスガキ。俺達は中央の『奈落の井戸』にいるからよ。精々足掻いて生き延びるこったな。はっはっはぁ!」
激の相のラッドが高笑いを上げると、ラシュトンは空間の亀裂を閉じて姿を消した。
後には瀕死のリシャクが残るのみとなった。
◆
全身の傷の影響により、リシャクは身体の自由を失っていた。さらには、剣に仕込まれていた毒と魔力によって本来持つはずの自己回復力も低下させられていた。
「ふん、芸の細かいことだ。しかし不味いな、このままでは・・・」
リシャクには懸念があった。
それは、去り際のラシュトンが言い残したドクロヴァルチャーをはじめとした死肉食らいたちのことだ。
さらに厄介なことにリシャクを狙うものたちは空だけではなく地上にもいた。『掃除屋』の異名を持つ『ドンジャッカル』だ。
すでにリシャクの近くには獲物の匂いを嗅ぎ付けた数匹のドンジャッカルが、よだれを滴しながら様子を伺っていたのだ。
「失せろ。下賎な者共に食わせてやるほど、私の身体は安くは・・・ぐぁっ!」
リシャクの言葉に耳を貸すことなく、ドンジャッカルは腿に噛みついた。
鋭い犬歯が深々と突き刺さる。
魔物たちは八腕バジリスクの死骸を差し置いて、より高位のリシャクを選んだのだ。
「おのれ下郎共が。私に牙をたてたこと、後悔することになるぞ・・・げぇ!」
別の個体のドンジャッカルが、爪で腹を引き裂いた。勢いで内蔵が飛び出す。
腹が開いたことをきっかけに、すべてのドンジャッカルが一斉に飛びかかってきた。我先に内蔵を貪る。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!お前ら、ごとき、にぃこの私がぁ・・・」
地獄の将という御馳走にありつくため、上空のドクロヴァルチャーも舞い降りてきた。
その鋭い嘴で肉体の柔らかい部分をついばみ始める。
まずは目。そして頬。喉。ドンジャッカルに混ざって内臓と、余すことなく将の身を味わう。
「え、えぐ、げぇ・・・が、ひゃ」
リシャクは言葉を発しようともがくが、喉が潰され声が出ない。
地獄の将の生命力は人間を遥かに凌駕する。そのため、人間ならとうに絶命する状況であってもリシャクは死ぬことも叶わず、ただいたずらに苦しみの中で呻くことしかできなかった。
内臓を食い尽くされたところで、リシャクは指一本動かす力すら失った。
潰され、ついばまれ、空洞となった眼窩で空を見上げる。
頭蓋骨、肋骨、背骨、骨盤、前腕骨、大腿骨と、食い荒らされた身体から無惨に骨が覗く。
ドンジャッカルが胸に噛みついた。強靭な顎で乳房と肋骨を一噛みで食いちぎる。
「・・・」
食いちぎられた勢いで身体が揺れる。
それを皮切りに、再びドンジャッカルの群れがリシャクに牙をたてる。
噛みつき、振り回し、身体を分解させていく。
ドクロヴァルチャーも負けじと、飛び散る肉片や脳を口に運ぶ。
数分も過ぎたころ、リシャクは食い尽くされ、倒れていた場所には血の跡が残るだけだった。
地獄の将は、格下の魔物の餌という悲惨な最後を迎えた。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
○身体を貪られるリシャク
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