第240話 「真体 地獄の将リシャク」(バトル)
かつてプランクデーモンの巣だった場所へ向けて、地と空を二つの影が疾走する。
地の影はシズクヴィオレッタを乗せたリシャクの駆るトラクタービートル。
空の影は中将軍クライドが操る空将鷹だ。
「あかん。リシャク急ぎ、あの鳥、追い付いてきてるで」
「あいつは空将鷹。空中では比肩するものがいないほどの機動性を誇る。私の手持ちの虫では到底かなわん。今はとにかく急ぐしかない!」
空将鷹は後発だったが、瞬く間にトラクタービートルに追い付いていた。
「ふむ、むこうの状況もわからんし、少し時間稼ぎをしておくか」
空将鷹の背に乗る中将軍クライドは、地上の様子を伺うと一手講じた。ハンドベルを鳴らし支配下の魔物を召喚する。
「!!なんや?地面揺れてへんか?」
全力疾走の揺れるトラクタービートルの荷台にしがみつきながら、シズクヴィオレッタは得体の知れない殺気を感じ取った。
そしてそれはリシャクも同じだった。虫の知らせを感じていた。
「右の方だ。厄介なのが走ってくるぞ」
「右?」
リシャクが示した方角にシズクヴィオレッタが目を向ける。その先、遠方に小さな土煙が上がっていた。
「アレやな?」
「気を付けろ、姿が見えなくてもわかるほどの魔力や瘴気を放っている。おそらく『八腕バジリスク』だ」
「はちわ・・・?な、なんなんそれ?」
「八本腕の蛇の王だ。牛を数頭丸呑みにできる巨体をほこり、その腕を使って移動、食事、戦闘とあらゆることをこなす。暴食性と凶暴さを併せ持つ、高位中の高位の魔物だ。どうやら、壺の中央も近いようだな」
八腕バジリスクの説明をしながらも、リシャクの顔は険しい。それだけ驚異の存在なのだ。
話をしている間にも、八腕バジリスクの上げる土煙は接近を続け、本体の姿も目で捉えることができるほどになっていた。
「あかん、このままやと追い付かれてまうわ。・・・リシャク、先行き。あいつはウチが相手したるわ」
そう言うと、シズクヴィオレッタは身を乗り出そうとした。が、それをリシャクが制止した。
「待て。ここは私が引き受けよう、お前はミコのところへ行ってやれ。その方がミコも喜ぶだろう。幸い目的地までは直線だ、そのまま走れば着く」
リシャクはシズクヴィオレッタを座らせ、入れ替わるように立ち上がった。
「あ、あんた、大丈夫なんか?」
「ふっ、私は地獄の将だぞ。あの手の魔物の相手なぞ、馴れたものだ。さぁ、早く行くんだ」
シズクヴィオレッタを促すと、リシャクは荷台から飛び降りた。
着地したリシャクは振り向くことなく、背中でシズクヴィオレッタを見送った。
送られながら、シズクヴィオレッタは心なしかその背が大きくなっていると感じた。
「さて・・・大分、身体に瘴気と魔力が満ちてきたね。こっちの世界に出てきて、久方ぶりに昂ってきたよ。地獄の将リシャクの本気、見せてあげようか!」
気迫に満ちた物言いで高らかに宣言すると、リシャクの身体に変化が起こり始めた。
上背と手足が伸び、肩幅が広がり、全身の肉付きもよくなる。
少女の体型から、成人のものへと変わっていた。
これまでの姿が七、八歳程度なら、今は二十代半ばに見える。
「いかん・・・着替えを考えずに姿を変えてしまった。これではメイ・カルナックだ」
変身を終えたところでリシャクは自身が半裸であることに気づいた。伸びた身長に衣服が耐えれずに破れ散ったのだ。
あられもないその姿を、リシャクは六姫聖のメイに例えた。もちろん悪い意味だ。
「まぁいいさ。服がなければ、あいつの革をコートがわりに纏ってやろう」
リシャクの目が怒涛の勢いで迫りつつある八腕バジリスクに向けられる。
しかし、当の八腕バジリスクの目はリシャクを向いていない。赤く充血したまま、遠方のトラクタービートルに向けられている。
八腕バジリスクは中将軍クライドのハンドベルによって、盲進するだけの傀儡と化していたのだ。
正気を失うという、八腕バジリスクの異変を悟ったリシャクは軽いため息をついた。
「これはつまらんな。せっかくの最高位の魔物、肩慣らしにはちょうどいいかと思ったのに、拍子抜けだ。・・・まぁいいか」
邪悪で不敵な笑み。思わず「ヒヒ」と声が漏れた。
猛進する八腕バジリスクが、リシャクに目もくれず横を通りすぎようとした瞬間、足代わりの八本の腕に糸が絡み付いた。
「しゃああああああ!」
驚きの奇声をあげて、八腕バジリスクは前方の地面に頭から突っ込んだ。
通常体型の蛇なら到底起こり得ない光景。その奇妙な格好にリシャクは笑った。
「はっはっは、いい様だな。このリシャク様を素通りしようなどという、ふざけたことをしようとするからそうなるのだ!」
高笑いをあげながら八腕バジリスクに近づくリシャク。
その右腕はこれまでの戦いで見せてきたように、カマキリの鎌となっていた。しかし今回はひとつ大きな違いがあった。その刃がこれまでと比較にならないほど鋭く研ぎ澄まされいたのだ。
カマキリの鎌はノコギリ状となっているが、その一つ一つが日本刀のように輝きを放っていた。
「どうだ、見事だろう?『ギロチンカマキリ』の鎌に『村正鮫』の歯をあしらったものだ。このリシャク、世界のあらゆる生物の武器を身に宿す、これぞ蠱毒の王たる所以よ。さぁ、我が自慢の刃の切れ味、存分に味わわせてくれよう!」
「しゃ、しゃああああああ!しゃあああああ!」
刃を光らせながら近づくリシャクに対し、八腕バジリスクは恐怖と威嚇で喉をならす。
必死に八本の腕をもがかせるが、絡み付いた強靭な『獄卒女郎蜘蛛』の糸が一切の自由を奪っていた。
「はっはっはぁ、もがいておるなぁ。ならば少し自由にしてやろう」
笑いながらリシャクが鎌を三度振った。
強靭な糸ごと三本の左の巨腕が切り落とされた。
「ふふふ・・・腕が落ちて腹ががら空きじゃ。柔らかいところには、これを食らってみるか・・・のぅ!」
八腕バジリスクの腹にリシャクの掌が張り付けられた。直後、その掌が勢いよく引かれると、そこには腹部の皮膚と肉が塊となってくっついていた。
「ふふ、掌を『アサシンヤモリ』のものに変えたのじゃ。こやつの掌はどんな滑らかなものでも吸い付いて放さない驚異の手。柔い腹なぞ根こそぎよ。ひゃひゃひゃ」
本来の力を発揮したリシャクは、地獄の魔物の特性を自在に使用する。いわば天然のバイオミメティクスを使いこなすのだ。
引きちぎられた箇所から血を噴き出しながら、八腕バジリスクはさらに苦鳴をあげながらのたうち回る。
その姿を見下ろしながら、リシャクは手中の肉にかぶりついていた。
「うむ、なかなかに美味であるな。ほどよく毒もあって臓腑が腐りそうだ。心拍も倍以上に跳ね上がって、呼吸も浅くなる。人間なら死んでいるところよ」
紫色の肉を食しながら、およそ食事とは思えない感想を述べるリシャク。
それを全てたいらげると、空いた左手を新たな形に変化させた。
手首から先が消え、前腕が管のような形になり、そこには触手のような細い紐状の虫が無数に蠢いていた。
「ほれ、可愛いじゃろう『ハリガネカンディル』じゃ。対象の身体の中に入り込んで、柔らかいところから順に食ろうていく」
ハリガネカンディルの蠢く左の手首を、先ほど引きちぎった傷口に近づけると、虫たちは一斉に傷口に飛び込み、八腕バジリスクの体内に潜り込んだ。
びっしりと並んだ小さく鋭い歯で、ハリガネカンディルが身を掘りながら体内を突き進み食い荒らしていく。
八腕バジリスクは身動きできない身体で、恐怖と痛みを最大限に表現するために、ひたすらに悲鳴を上げていた。
数分後、ハリガネカンディルに内蔵を食いつくされた八腕バジリスクは息絶え、巨体はただの骸と化した。
ハリガネカンディルを帰還させた後、リシャクは宣言どおりその身体から革を剥ぎ取ると、鎌と糸を使い、簡易なドレスのような服を繕い身に纏った。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
○リシャク 真の姿
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