第239話 「赤く染まる戦鬼 リリー・コールド」(バトル)
「おおい、次はお前だ。降りてこい。戦おうぜ!」
シルバーレイヴンを仕止めた後、顔の返り血を拭いながら、リリーは空将鷹に向かって叫んだ。
その背にいるであろう、高位の魔物を操るほどの実力者の存在を期待していた。
◆
「いやいや冗談じゃないぜ。あんな狂暴な女なんかと戦えるかよ。そういうのはセティだけで手一杯だって」
空将鷹の背から地上を覗き込みながら、中将軍クライドは静かにぼやいた。
地上ではリリーが空に向かって呼び掛け続けているが、それに応じる気はさらさらない。
「あいつの相手は、こいつらに頼むとするか」
クライドがハンドベルを取り出した。二度、澄んだ音を鳴らすと、その音はリリーの足下の地面へと吸い込まれていった。
直後、直下に微細な振動が起こり、何者かの存在をリリーに知らせる。
「え?ま、まさか・・・」
上空から足下へ、リリーの視線が移動する。
そのまさかだった。クライドに操られた魔物が地中から出現したのだ。
◆
現れた魔物の名は『地獣グラボス』。
かつて一角楼でメイが戦った、腐地魔神グラボイゾンの邪悪な魔力に感化されたことによって生まれた魔物で、非常に強力かつ邪悪な神の眷属だ。
グラボスは巨体を誇る、クジラ型の魔物だ。
その大きさはグラボイゾンには及ばないものの、人間に比べれば遥かに大きい。グラボイゾンがシロナガスクジラとするなら、グラボスはミンククジラ程度の差がある。
◆
地下から現れたグラボスは、垂直の姿勢で地上に向けて大口を開けていた。
それは、さながらクジラが小魚の大群を捕食する動作そのものだった。
「地獣だと?こんなもんまで操れるのかよ!?しかも真下?」
大きく広げられた口のほぼ中央にリリーはいた。グラボスは、地中から獲物の位置を正確に把握していたのだ。
リリーを丸呑みにせんと、グラボスの口が迫ってきた。その中には体内へと続く暗い道が開かれる。
「面白ぇ!食えるもんならぁ、食ってみなぁ!」
リリーが加護を発動させた。
背と左腕に闘気が集中し、具現化する。
闘気はエアーコンプレッサーと送風ノズルへ変化した。
「そうらぁ、腹一杯食らわせてやるぜぇ!『エアー・グリオン』!」
リリーの背のコンプレッサーが唸りを上げ、左腕に装着された送風ノズルの吹き出し口から、大量の圧縮された空気が送り込まれた。
送風の勢いはすさまじく、リリーの身体が浮かび上がる。
一瞬で送り込まれた大量の圧縮空気は、急速にグラボスの巨体を膨張させた。
地中で風船のように膨らみ続ける身体。そこに、リリーは一切送風を緩めることなく、空気の暴食を促す。
『ボォォォォオオオオオ』『ごぉおおおおおお』と、雄叫びのような音が鳴り響く。
体内の許容を越えた空気が呼吸孔から漏れ、汽笛の要領で音を立てたのだ。
グラボスは空気の圧力によって、自身の体機能の制御を失っていた。
絶え間なく空気を送り込まれ続けたことによって、地獣グラボスの身体の許容量は限界を突破した。
皮膚が内側から裂け、内蔵が地中に散乱した。
リリーを捕食するために広げられていた口からは、逆流した空気と共に、破裂した内蔵と濁った血液が噴出し、リリーの全身を染める。
「げぇえええ、くっせぇえええ!ふっざけんな、なんだよこれぇ!」
地獣の内臓から放たれるあまりの悪臭に、リリーは地の上を転げ回る。匂いの原因を土で擦り落とそうとしているのだ。
「ぎゃああああ!は、鼻がイカれるぅーっ!」
鼻孔に突き刺さるような悪臭に、リリーは完全に気を取られてしまった。
そこに付け入るように、新たな魔物が文字通りその魔手を伸ばした。
場所はまたしても下だった。
グラボスの死骸の横。地をのたうつリリーを掬い上げるように、金属製の巨大な掌が地表を突き破って現れた。
掌は、狙いどおりリリーを持ち上げた。
「しまった、油断しちまった!この手、『大鉄人兵』か!」
リリーの予想どおり、現れたのは「生命を宿した鉱石」と呼ばれる人形の魔物、大鉄人兵だった。
リリーがすっぽりと収まる、大鉄人兵の掌が閉じ始めた。圧殺するつもりだ。
大鉄人兵の動作は思いの外速く、指が迫り、リリーは掌の上に立つ姿勢でそれを受け止めた。
「ぐ、ぐあああああああ!くそ、やっぱ力じゃ勝てねぇか・・・」
大鉄人兵はリリーの十倍以上の身長であり、さらには金属製。力と質量で押し負けるのは当然の結果だった。
「畜生、このままじゃ潰されちまう。脱出だ!」
リリーは加護を発動させ、両足に掘削用のパイルを装着した。
「そらっ!ぶちぬけぇ『パイル・サルク』!」
左右のパイルが同時に大鉄人兵の掌を打ち貫いた。
パイルが手を貫通すると、右の手に大きな穴が空き、そこから亀裂が走る。さらに亀裂は上腕まで到達し、右腕を完全に粉砕した。
無言のまま、大鉄人兵は大きく体制を崩し、右膝を付いた。
「よっしゃ、もらった!」
大鉄人兵の立てられた左足の脛に、脱出後即座に駆け寄ってきたリリーが、右の飛び蹴りでパイルを当てた。
これから訪れる爽快な結果を想像し、思わずニヤける。
「パイル・サルクだぁ!」
再びパイルが打ち込まれた。
衝撃で大鉄人兵の脛が分断され、巨体は左に傾き倒れた。
リリーは反動を利用した華麗な宙返りで着地する。
大鉄人兵が身体を支えるために左手を付いた。
そこに、狙い澄ましたようにリリーが接近した。その両手には既に巨大な金槌が握られている。
「そうりゃあ『ハンマー・サイファ』!」
巨大な金槌による、豪快な横振りの一撃。
直撃を受けた左腕は粉微塵に吹き飛んだ。
支えを失った大鉄人兵の巨体が横倒しになる。
何とか必死に立ち上がろうとするが、両腕と片足を失った身体では、いかに高位の魔物とはいえども、もがくことしかできない。
全身を軋ませながら四苦八苦する大鉄人兵の眼前にリリーが立った。
「よぅ、ご機嫌かい?」
ポケットに手を突っ込んだまま、顔を近づけるリリー。
「私はご機嫌だぜ。なんてったって、ずっと目の前に強くてヒリヒリした連中がいるんだからな。おかげで今日は人生最高の日になりそうだ。感謝するぜ。そんじゃ、あばよ」
感謝の言葉を口にすると、リリーは右足を大鉄人兵の顔に乗せた。
加護が発動し、右足にトンネル掘削用のシールドボーリングマシンが装着される。
「くたばれ!『クークザ・ボーリング』!」
ボーリングマシンが起動、回転した。
強固な岩盤を砕くための歯は、鉱石で作られた魔物の身体を容易に塵へと変えていく。
大鉄人兵は無機物の魔物のため、痛覚は存在しない。
しかしリリーの攻撃はあまりにも強烈で、生物としての本能にまで届いた。
まるで痛みから逃れるかのように、大鉄人兵が悶え苦しみ始めたのだ。
顔面をボーリングマシンで削られながら、身体を左右に暴れさせ、欠損した手足を振り回す。
「おう、暴れろ暴れろ。目一杯暴れて命にしがみつけ!執念を私に感じさせろ!丸ごと私が食らってやるぜ!」
ボーリングの振動と大鉄人兵の抵抗を全身に感じながら、リリーは歓喜の声を上げる。
数分の後、大鉄人兵は動きを失った。その命は尽き、巨体はただの鉱物の塊と化した。
決着を確認すると、リリーはボーリングの回転を緩やかに止めた。
次いで加護を解除すると、大きく息を吐きだし戦いの余韻に浸る。
「ふぅ~、最ッ高!・・・さて、そんじゃあ」
息を整えると、リリーは上空を見る。今度こそ空将鷹の背の敵と戦うためだ。
だがそこに空将鷹の姿はなかった。
「あ、あれ?あいつどこ行きやがった?」
消えた敵を求めリリーは左右を見渡す。そして遠方にその姿を認めた。
「あ、いた!あのやろう逃げやがったな!」
すでに彼方に消えようとしている空将鷹を追って、リリーが走り出した。
「こりゃ無理だ。高位の魔物をあんなにあっさり殺っちまうなんて・・・あんなのが相手じゃ手駒がもたんぞ。これは、早いところセティと合流するか」
追手の殺気を背後に感じながら、クライドは目的の地、プランクデーモンの巣へと空将鷹を急がせた。
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