第237話 「逃げて、暴れて、突っ込んで」(バトル)
六姫聖の一人、『超獣』ミコ・ミコは、かつて一角楼において、邪悪な意識にあてられて暴走した過去がある。
その際は、居合わせたサイガがミコを瀕死に追い込むことで鎮圧することに成功した。
だが今回は違う。
ミコは『怒り』という激しい感情に任せて意識を殺し、殺意の向かうままに爪を振るう。
さらに抑止力となる存在もいない。
そのため今回の暴走は、ミコが思うまま、存分に暴れることが出来るのだ。
そしてその怒りは、ミコの人生において最大だった。
ミコは敬愛する母に近づくため、その姿を模していた。そのための道具のひとつ、尻尾を奪われた。
これを自身と母に対する侮辱ととらえた。
尻尾は、ミコにとって誇りそのものだったのだ。
「ふみ゛ゃ!」
ミコが、仰向けのプランクデーモンに向かって跳躍した。全身を丸めると、車輪のように前方回転をする。
「あれ?なんだこれ?」
跳躍したミコの動きに、プランクデーモンは目を疑った。
回転するミコは、風船のようにふわりと緩やかに宙に浮き、回転の回数に見合わない、明らかに重力に逆らった動きをしていたのだ。
山なりの軌道を描きながら、ミコはプランクデーモンに近づく。
接近を認知しながらも、プランクデーモンは見慣れないその動きに目を奪われていた。
「しゃっ!」
ミコが鳴いた。その声で、プランクデーモンは正気に帰る。
鳴くと同時に、ミコは前転の流れで両足の六本の爪を振り下ろす。
「ひいっ」と悲鳴を上げて、プランクデーモンは横に転がり回避した。
床に六本の溝が刻まれた。
「に゛ゃっ!」
再びミコが鳴いた。今度は両手の爪が振り下ろされた。
重力を無視した緩やかな跳躍からの足、腕の爪の急襲。ミコの身体能力がなせる異次元の連続攻撃だった。
プランクデーモンは再び横に回転して攻撃を避ける。
床にはさらに六本の溝が刻まれた。
「に、逃げなきゃ。足を再生して逃げなきゃ!」
命の危機に面して、プランクデーモンの生存本能は強く機能した。
ミコに斬り飛ばされた足を超速再生させ、逃走の形態に移行する。
しかし、度重なる再生でプランクデーモンは消耗していた。再生した足は細く、守りの要の毛も薄かったのだ。
細く弱っているとはいえ、高位の魔物の肉体の身体能力は高い。
プランクデーモンはミコに背を向け、両足の全速力で逃げ出した。
ミコほどではないが、それでも人間よりは高い脚力で、プランクデーモンは跳躍した。崩落した巣の壁を飛び越え、外部への逃亡を計る。
跳躍した獲物を追って、ミコも「にゃっ!」と鳴いて跳躍した。
ミコの筋肉はしなやかで強い。その筋肉で構成された足のバネにより、ミコは後発でありながらプランクデーモンに追い付き、そして追い越した。
「え、な、なんで?」
真横に現れ、あっという間に追い抜き、背中を見せるミコに対し、プランクデーモンは言葉を失った。
追い抜いた直後、空中で、ミコが上半身だけを捻るように勢いよく振り返った。追う者と追われる者の目が合う。
振り返った上半身に続いて、下半身が勢いよく回転してきた。そしてその勢いを利用して放たれた鋭い回し蹴りが、プランクデーモンの顔面に刺さった。
蹴りの威力は強烈だった。
プランクデーモンは逃走経路をそのまま逆走し、強制的に帰巣させられた。
崩落して外壁だけとなった巣に、主が墜落する形で帰還した。
帰還の勢いで瓦礫と土煙が舞い上がる。
「ひ、ひぃぃ、あ、あいつ、空中で動きを変えた。空を飛べる魔力もないくせに・・・なんで空のオレを叩き落とせるんだぁ?」
脚力だけで飛翔を超越するミコの跳躍力を、プランクデーモンは理解できずにいた。
疲弊した体力と消耗した魔力。そして乱れた精神。莢魔の壺に巣くう高位の魔物は、生まれて始めて命を脅かすほどの強者と、それにもたらされる死に直面していた。
「尻尾、どこだ・・・」
「ひぇっ!で、でたぁ!」
瓦礫の中で仰向けになっているプランクデーモンの正面に、ミコが現れた。
墜落するプランクデーモンの後の空中を、走って追いかけてきたのだ。
追い詰めるミコは鬼の形相で、四肢には獣撫の黒い爪が輝いていた。
「尻尾かえせぇ!」
叫びを上げて、ミコは爪を振り乱した。四肢に三本ずつ、計十二本の爪が嵐のように魔物の巣を荒らす。
「ひゃああ、た、助けてぇ!」
乱れ舞う刃を、プランクデーモンは精一杯逃げ回った。
大きく小さく、様々な仕草で身体を動かし、必死に躱すが、爪が身体の傍を通過する度に肉が削がれていくのがわかる。
多数の肉片と血が飛び散り、壁や床に赤い模様を描く。
肉が削れ血が流れた分だけ、プランクデーモンの身体が萎む。
さんざん逃げ回った頃には、巨大だった体躯はすっかり大柄の人間程度になってしまっていた。
逃げ回り続けた果て、這いつくばるプランクデーモンの手になにかが当たった。
見ると、それはミコから抜けた尻尾とそれを掴む中将軍のセティだった。
プランクデーモンは、セティを攻める際に尻尾を手放して落としており、倒れたセティがそれを手にしていたのだ。
「し、尻尾。尻尾だ!これがあれば、あいつも大人しくなるはず・・・」
絶望の中にあったプランクデーモンの命に、一筋の希望が訪れた。
尻尾を掴むと、セティの手から奪い取ろうと強引に引っ張った。
必死に生に執着する行動に出るプランクデーモンの後方で、ミコは己を失ったまま暴れまわっていた。
すでにその目に敵の姿は写っておらず、ただ尻尾を求めるだけの暴走機関と化していた。
「うぉおおおおお!尻尾!どこだ!かえせぇええ!」
身体の動きに従って、ミコは爪を振り回し辺りを刻み続ける。
「は、はやくしなくちゃ!あいつがこっちに来ちゃう!おい、この手を放せ!はやく!はやく!」
尻尾を掴んだまま、セティは手を放す気配はない。
そんな自身の窮地に、プランクデーモンは思わず声を荒げてしまった。
その声につられて、ミコは二者のもとへ歩み寄る。
「う゛う゛・・・んな゛ぁぁぁ~」
「あ、あ・・・」
喉を鳴らし、プランクデーモンの背後に立つミコ。その両腕と手は大きく広げられ、先端の爪はギラリと輝いていた。
ミコは獲物を仕留めにかかっていた。もちろんそこに意思はない。ただ本能のままに動いていた。
「ま、待て。尻尾は、ここにあ・・・」
「に゛ゃっ!」
必死に訴えかけた声はミコに届かなかった。
広げた腕を閉じ、胸の前で交差させると、六つの鋭い斬撃がプランクデーモンを賽の目に刻んだ。
形を失った身体は、ただの肉片と血になって床に転がった。この状態になっては、さすがの高位の魔物といえども絶命するしかなかった。
「は、はは、ざまぁ・・・」
地に伏したまま、セティが微笑みながら呟いた。
瀕死に追い詰められ虚ろな意識の中で、できる限りの抵抗をし、それが功を奏したからだ。
プランクデーモンの残骸で作られた血の池に、無言のままミコがたたずむ。
「な、なん、だ?」
様子のおかしいミコに、セティが目を凝らす。
片目が腫れ上がり視界は明瞭ではないが、わずかに震えているようだった。
「う、う、うわぁ~~ん!ミコの尻尾ぉ~どこ~?なくなっちゃたぁ~!わぁぁぁぁぁん」
天をあおぐと、ミコが大声で泣き出した。大粒の涙を流し、口を広げ、手を振り回す。
「はぁ・・・?怒った、と、思ったら・・・今度、は、泣くのかよ・・・むちゃくちゃだな・・・」
セティの言葉通り、とりとめの無いミコの挙動は、気分屋の猫の気性そのものだったのだ。
「びゃああああああ!ママ~ママ~!」
さらに激しく泣くミコ。その騒音に耐えかねたセティが瀕死の身体にムチ打ち上半身を起こした。
「マヂで・・・いい加減に、しろ、よ・・・この、バカ猫」
泣き叫ぶミコの後方から、這いずりながらセティが近づく。その手には尻尾が握られていた。
「そ、そんなにほしけりゃ・・・くれてやるっ、つーの!」
残された力を振り絞って、セティがミコの穴に尻尾の付け根の部分を押し込んだ。
「みゃっ!」
突然の挿入物に、ミコは声を上げて驚いた。顔と目を刺激のあった場所へ向ける。
「マ、マ?」
目線の先には探し求めていたもの、尻尾があった。ミコの顔から不安の色が消え、安堵に染まる。
直後、全身が脱力してその場に倒れ、ミコは眠ってしまった。
「くぅくぅ・・・ママ・・・」
「ママじゃ・・・ねぇし。・・・くそ、このままじゃ、マヂで死ぬ・・・はやく、来いよ・・・くそが・・・」
限界を迎えたセティの意識が遠のいていく。かすかに漏れる声からは、誰かを待ち求める言葉が聞き取れた。
先ほどまでの騒動とはうって変わって、魔物の巣だった場所には沈黙が訪れた。
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