第233話 「加護の申し子 リリー・コールド」(ストーリー)
莢魔の壺の空に、上級冒険者達が消える。
リリーによって目的の素材を手に入れた依頼人の上級冒険者達は帰還魔法で近くのギルドへと帰っていった。
あとには、ミコ、シズクヴィオレッタ、リシャク、リリーが残る。
「よし、んじゃあ行くか。あと一キロも歩けば、混命の淵だ。気ぃつけろよ、あそこの魔物は洒落んなんねぇのばっかだからよ」
荷物を担ぎながら、リリーは用心を促す。
四人は歩き出した。
「なぁ、リリー。お前が使っている、あのうるさい武器はなんだ?ミコはあんなの見たことないぞ」
道中、ミコがリリーに尋ねた。
「そうだな私も見たことない。なんなのだあの武器は?」
口から出した『ウンパンツノゼミ』の背に乗ったリシャクも、興味津々で尋ねた。
「さぁなぁ、私もよくわかんねぇんだよ」
「どういうことだ?」
リリーは遠くを見ながら素っ気なく答えた。
答えを一同は理解できなかった。その顔を見て、リリーは説明を始める。
リリーは多数の加護を併せ持つ、前例の無い加護の所有者であり、その数は本人でも把握しきれず、現段階で判明している数は四つで、この時点で個人の所有数の最多記録となる。
そして判明しているのは、『闘争の加護』『破壊の加護』『具現の加護』『工具の加護』のみ。
その事に対しては、「ま、それ以外は生きてりゃそのうち解んだろってことだな。はっはっは」と、リリーは豪快に笑い飛ばした。
加護について語ったところで、次にリリーはミコが尋ねた武器について語った。
リリーが扱う武器は、その全てがリリーの闘争心が加護によって具現化したものだというのだ。
そしてその形状も名前もリリーが意識したものではなく、感覚で加護の発動に従っているうちに形をとり始めたというのだ。
リリーは戦いの天才だった。そのため、自分でもよく解っていなかったのだ。
「んで、さっきの武器がチェーンソーって名前なのは解ってんだけどさ、使い方が合ってるかはよく解らないんだよね」
そう言いながら、リリーはまた笑った。
「てことはあんた、直感だけで特級冒険者になったんか?ごっついなぁ」
「おいおい、それだけじゃねぇぞ。ちゃんと人命救助やったり、ギルドへの貢献度も高いんだからよ。感覚だけでやってねぇよ」
「でも、よく解ってないんだろ?」
ミコが鋭く突っ込んだ。
「ま、まぁな、はは、は・・・まぁいいじゃねぇか。私が強いのは確かだからさ」
話に一区切りがついたところで、四人は『真黒い森』を抜け、三の層『混命の淵』へと辿り着いた。
◆
「う!なんやここ、空気悪すぎるやろ!」
混命の淵に踏み込んだ瞬間、鼻をついた嫌悪感に、シズクヴィオレッタは咄嗟に袖で鼻と口を塞いだ。それだけ瘴気が充満していたのだ。
「ああ、この瘴気は人間にはキツいな。地獄と変わらないぞ」
むせるシズクヴィオレッタの横から、リシャクが顔を出して空気を吸った。その顔はどこか心地よさげだった。故郷に地獄を思い返しているのだ。
「うぅぐ、ぐぁ、あああああああ!ま゛ぁあ゛あ゛あ゛あああ!」
ミコが低い唸り声をあげ始めた。
毛と尻尾が逆立ち、目が血走っていた。
「おいミコ、どうした?」
ミコの様子の変異ぶりに、リリーが声をかけたが、届いている様子はなかった。
「まずい、瘴気にあてられてる!暴走するぞ!」
リシャクが叫んだ。
野生の獣のように感覚が鋭いミコは環境や空気の変化に敏感であり、あっさりと影響を受けてしまう。リシャクはそれを、一角楼で目の当たりにしていた。
あのときにはサイガがいたため、一手に引き受けてくれたが、今暴走をされては全滅は免れない。
「くそっ、人間に使うのは不安があるが・・・お前なら絶えられるだろう、恨むなよ!」
リシャクは覚悟を決めた。一言の詫びをいれると、口を開いて舌を飛ばすように伸ばした。先端が針となって、ミコの首筋に刺さる。
「み゛ぁう゛!?」
首に舌が突き刺さった直後、ミコは急速に鎮静化した。目が虚ろになり、脱力して、寝起きのような気だるげな様子になった。
「ふ、ふみゃ・・・うなななな・・・」
力なく鳴くと、ミコは眠ってしまった。
「ふぅ、なんとか鎮まったか。人間一人なら即死する鎮静効果のある、『ダウナーモスキート』の唾液を打ち込んだんだから当然だな」
「そ、即死?そんなん大丈夫なんか?」
「こいつは以前も暴走したことがあるが、その時も即死級の睡眠魔法を用いて眠らせたが、数時間後にはピンピンしてた。だから大丈夫だろう」
鎮静剤の効果を聞き、シズクヴィオレッタは軽く狼狽を見せるが、リシャクが一角楼での出来事を例に出して落ちつかせた。
「う、み゛ゃ、う゛う゛ううう・・・」
ミコが眠りながら唸った。苦悶の表情で悶えていた。
「なんや、えらい苦しそうやないか」
「どうやら、鎮静効果に耐性が出来てるみたいだな。身体が抵抗してるんだ」
リシャクは淡々と言ってのける。
「に゛ゃあ゛~~ぐぐぐぐ・・・」
「ああ、あんな苦しそうにうなされて・・・あかん、見てられへん!」
ミコの容態に限界を迎えたシズクヴィオレッタが、傍に駆け寄る。
苦しむ顔に手を添えると、頬を撫で、背をさする。
「安心しぃ、ウチがずっと一緒にいたるさかい。なぁ・・・ええ子やから、ねんねしよな」
穏やかな口調と優しい手つき。ミコの顔から苦しみが消え、ついには寝息をたてて安眠してしまった。
「くぅくぅ・・・ママぁ・・・」
囁くような寝言と共に、ミコは頬に当たるシズクヴィオレッタの指を、咥えた。
手を両手で掴むと、チュパチュパと音を立てて吸い始めた。
「はぁぁぁぁ・・・、か、可愛ぇぇぇ・・・ウチのことママや思て指吸ぅてるわぁ・・・」
ミコの赤ん坊のような仕草に、シズクヴィオレッタは脳が痺れた。
頬を赤らめ、言葉と全身を震わせて喜びを表す。
「おう、いい加減にしとけよ。さっさと行かねぇと、魔物共が襲ってきちまうぜ」
シズクヴィオレッタの戯れに焦れたリリーが、声をかけた。
「堪忍な。あんまりにも可愛かったもんやから、夢中になってもうたわ」
頬を紅潮させたまま、シズクヴィオレッタはミコを抱えて振り向いた。顔は緩みっぱなしだった。
あきれ顔のリリーとリシャクのもとに近づきながらも、シズクヴィオレッタは発言を続ける。
「ウチの指に吸い付く顔があんまりにも愛おしかったもんやから、名残惜しかったんや。堪忍な」
謝罪を述べながらも、その目はミコに釘付けになっていて、まるで説得力はない。
「でも、ほんま可愛ぇなぁ。そんなウチの指がええんなら、なんぼでもあげたんのに」
いよいよ酔狂なことを口走り始めたシズクヴィオレッタ。リリーとリシャクは、いよいよ顔がひきつり始めた。
「だったら腕ごとオレにちょうだい」
三人のだれとも違う声が響いた。暗く、悪意と殺意と邪気を孕んだ、言いようもない不安を招く声だった。
次の瞬間、三人の上方から巨大な掌が迫ってきた。魔物の手だ。
「くそっ、来やがったか!アゼンダシールド!」
リリーが『工具の加護』と『具現の加護』で、ヘルメット状の盾『アゼンダシールド』を発生させた。
アゼンダシールドは四人を覆いつくすと、魔物の攻撃を受け止めた。
掌を叩きつけられたアゼンダシールドが地面にめり込み、地表が捲れ上がる。
「このやろう!なんて馬鹿力してやがる!?」
「ひゃひゃひゃひゃ!無駄だよ、無駄!壊れちゃえ!」
魔物の強烈な掌の攻撃が再びアゼンダシールドを襲った。
たった二度の攻撃で、シールドに亀裂が走り砕け散った。その衝撃で四人は、それぞれ四方に飛ばされ、土煙が舞い上がる。
「あ、あかん!リリー、リシャク、今の攻撃でミコがおらんようなってるわ。ミコ、どこや?」
狼狽しながら、シズクヴィオレッタ手放したミコを求めて煙の中からその名を呼ぶ。
次第に煙が落ちつき、視界が晴れてくる。そして、そのなかに浮かび上がった光景を目にしたとき、シズクヴィオレッタを始めとした三人は驚愕し硬直した。
巨大な人型の魔物が、ミコの頭を鷲掴みにして持ち上げていたのだ。
さらに、ミコの四肢はリシャクの鎮静剤の影響で垂れ下がっており、結果その姿は首吊りのようでもあった。そのことが悲惨さを際立たせていた。
「オドレ、なにしてくれとんじゃボケ!その手ぇ放さんかい!」
シズクヴィオレッタの怒りが一瞬で頂点に達した。
鞘だけをその場の置き去りにする、超高速の前進による抜刀を行いながら、シズクヴィオレッタはミコの頭を掴む魔物に急接近した。
「くたばり!」
怒りの一刀が巨大な魔物の脛に迫る。
混命の淵に巣食う高位の魔物との戦いが始まった。
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