第232話 「特級冒険者 リリー・コールド」(バトル)
ルゼリオ王国中央都市グランドル。国内最大の都市を中心として、国土を十字に走る大街道。
その道の一つ、中央と北端を繋ぐ北方道。その北端にはこの国で最も危険な地の一つ、『莢魔の壺』と呼ばれる直径五キロメートルの窪地がある。
莢魔の壺は、常に魔の瘴気が立ち込め、溜まり、平地の数百倍の濃度を誇る。
そのため、魔物のなかでも狂暴かつ高位の個体が集う地となっている。
毒の魔物、毒の気を食らい、自らをあらゆる猛毒の坩堝とする『ポイズンフェンリル』。
命を宿した巨大な人形の鉄鉱石の塊『大鉄人兵』。
獲物に巻き付き、圧殺し、頭から砕いて食らう大ムカデの怪物『オオグチヒャクアシ』。
処刑された殺人鬼の肉体に堕ちた神獣の魂を宿した『デスカロン』。
一体だけでも、上級冒険者未満は手出し無用の危険度の高い魔物が、溢れる瘴気を求めて集い溢れ返っているのだ。
そんな莢魔の壺には、己の実力の向上を図る者、貴重な魔物の素材を求める者など、多くの上級以上の冒険者達が集っていた。
莢魔の壺 第二層(外径から約二キロ地点)、『真黒い森』。
特級冒険者『リリー・コールド』は、上級冒険者でも準備万端の数人がかりの、綿密な作戦をもってようやく捕獲、討伐できる魔物相手に、たった一人で立ち回りを続けている。
リリーは、魔具などの素材収集を目的とした冒険者達の引率を勤めていたのだ。
「そうらぁ、トドメだぁぁぁ!」
気勢の一声と共に、大型猪魔獣『ギガボア』の頭部にリリー・コールドのチェーンソーが振り下ろされ、岩よりも頑丈なその頭を真っ二つに割った。
飛び散った返り血が、リリーの少女のようなあどけなさの残る顔を赤く染める。
ギガボアの五メートルを越える巨体が、轟音をあげながら崩れ落ちた。その振動で、周囲の木々が激しく揺れる。
「おーい、片付いたぞ。さっさと解体しちまいなよ」
チェーンソーを肩に担ぎながら、リリーは後方で様子をうかがっていた上級冒険者の一行に声をかけた。
この冒険者達は素材のための高位の魔物の討伐をリリーに依頼し、リリーは修行がてらにそれを引き受けたのだ。
隠れていた冒険者達が姿を現し、魔物の解体作業を始めた。
「なんや、一人で片付くんやったら、うちら要らんかったんやないの?」
冒険者達と共に物陰から現れたシズクヴィオレッタが、ギガボアの血で染まった一帯を見回しながら呟いた。
「なに言ってんのさ、ここまでは依頼。こっから先は、中央都市に発つ前の大掃除さ」
「掃除?」
「そうさ、姫に協力するために私が莢魔の壺からいなくなったら、中央からのおこぼれにあずかれなかった、はぐれの魔物が外に出てくるかもしれないからね」
莢魔の壺の中央、森の奥に視線を向けながら、リリーは語る。
「だから、そうならないように、中央にいる高位の魔物をあらかた片付けて、壺全体の魔物達を中央に引き付けておく必要があるのさ」
言い終わると、リリーは視線をシズクヴィオレッタに向ける。
◆
莢魔の壺は、太古に起きた大規模な魔力噴出で作られたカルデラ内に出来た円形の窪地であり、そこには外から中心に向かうにつれ、一から三までの層が存在する。
一の層。腐泥の原。
下位の魔物の血肉と土が混ざりあって出来た、不浄の湿地帯。
中央部で繰り広げられる、高濃度魔力を含んだ瘴気の奪い合いに敗れた魔物達が、ここで息絶え、朽ち、泥へ溶け込むという行程を数十年以上繰り返した結果、土地自体が、怨嗟と瘴気に満たされた。
二の層。真黒い森。
数十メートルを越える木々が生い茂り、太陽光を遮る闇の森。
暗い空間では視界が制限されるため、魔物達はおのずと警戒心とその他の感覚が研ぎ澄まされていく。
この地の段階で、魔物は上級冒険者の手に余る。
三の層。混命の淵。
二の層の生存競争を生き抜いた、最強格の魔物のみが住まう地。
空気は淀み、高濃度の瘴気と魔力が入り混じって、臭みとも不快感ともつかない独特の悪質さを持つ。
魔物達は格と共にある程度の知性を有するため、無駄な争いが起こらない
◆
「で、内側の高位の魔物がいなくなれば、空いた席を狙って外側の下位がやって来るって算段か。だけど、そう上手くいくのか?」
そう尋ねてきたのは、地獄の将、蠱毒の主リシャクだった。その口の中では、捕獲され食された瘴気に冒された虫が蠢いていた。
「まだここでは影響は感じられないかもしれねぇが、中央から涌き出てきやがる瘴気の純度は魔物にとって中毒性がかなり強ぇんだ。だから、席が空けば必ず魔物は集まる。まぁ、来なかった来なかったで、残らずやっちまえばいいんだけどな。はっはっは」
豪快にリリーは笑い飛ばした。
自信満々に語ってはいるが、あまりに力任せな予想と解決案に、シズクヴィオレッタはため息をついた。
「はぁ、ミコはええとして、虫娘に脳筋女、なんでウチの周りはこんなんばっかなん?」
落胆するシズクヴィオレッタの後ろでは、ミコが呑気に大アクビをしていた。
「!みんな、動くな!」
なにかに気づいたリリーが、静かに警告を発した。一瞬で緊張感が生まれる。
「・・・どないしたん?」
近づいたシズクヴィオレッタが、背中合せの体勢でリリーに尋ねた。
「囲まれてる。すまん、油断してた」
「なんやて?自分、ここ慣れてんのとちゃうん?一年近くここで魔物狩り続けてる聞いたで」
「ま、まぁ、そうなんだけどよ、六姫聖や四凶みてぇな、同格と会えたんで、なんか浮かれてたみてぇなんだわ。ごめんな」
「はぁ?なんやそれ?アホちゃう?」
「まぁそう言うなって。どうやら、囲んでるのは『アサシンゴブリン』だ。私達なら、依頼人守りながらでも戦えるだろ?」
「しゃあないな、やったるわ。ほんで、数は?」
「一、二ぃ・・・大体、二十ってところだな。大丈夫。私達なら楽勝だ」
そう言うと、リリーはチェーンソーを再起動させた。駆動音と共に心臓も高鳴る。
◆
「ギィィィィ!」
その名の通り、小柄で軽やかな身のこなしで五匹のアサシンゴブリンが頭上の木の枝から飛び降りてきた。手には打製の黒曜石のナイフを握っている。
リリーとシズクヴィオレッタ同時に手にした武器を振り上げて一匹ずつ斬り落とす。
振り上げた武器を下ろすことなく、二人はそれぞれ左に向かって武器を払い、二匹目を狙う。
チェーンソー腹を裂き、刀が首と腕を切断する。一瞬で四匹が死んだ。
五匹目が少し遅れて飛来するが、リシャクの口から突き出された、金属のように硬質化した長い舌で胸を貫かれて迎撃された。
リシャクの舌は補食の機能を持つため、伸縮、硬化が自在なのだ。
「ほらな、私達なら余裕だろ?」
あっさりと第一波を始末し、リリーは笑った。
「そうやけど、今ので敵さん警戒しだしたんとちがうん?明らかに気配が大人しなったで」
「そうだな。気を付けろよ、あいつらは連携しやがるからな。ていうかよ、六姫聖のあいつはどこ行った?いなくなってんじゃんかよ!」
指摘されて、シズクヴィオレッタは初めて気づいた。寝ていたはずのミコの姿が、いつのまにか消えていたのだ。
「あ、あれ?ミコ、どこ行ったん?」
シズクヴィオレッタが声を上ずらせた。彼女はミコに対して強い執着を持っていた。
思わず敵を忘れて辺りを見回す。
「おい、敵に集中しろよ!まだいるんだぞ!」
軽く取り乱すシズクヴィオレッタ落ちつかせようと、リリーが声をかけた。
その直後、樹上から何かが大量に落ちてきた。
何かは地面を叩き、重く鈍い音を響かせる。
音が続いた。連続して十四回。
「こ、これ・・・ゴブリンの頭か?」
落ちてきた物体を目にしたリリーが声をあげた。
落ちてきた十四の物体はその通り、アサシンゴブリンの頭だった。
頭を追いかけるように、大量の血が雨のように降り落ち、次にゴブリンの身体が落ちてきて大きな音で地面を叩く。今度の数は十五だった。
先程の五匹と合わせるとリリーが予想したのと同じ二十だった。
三人が呆気にとられている側に、着地音もなく一つの人影が降りてきた。
ミコだった。右手には頭巾を被ったアサシンゴブリンの頭が持たれていた。
「こいつがリーダーか?」
尋ねながらミコが無造作に頭を地面に投げ捨てる。
「あ、ああ、そうだな。この格好は間違いない、こいつがリーダーだ」
知能の低い魔物は、群れに対しその権威を示すために人間の真似をすることがあり、アサシンゴブリンは顔を隠すことでそれを示していた。リリーはそこから判断したのだ。
「あ、あんたがやったのか?六姫聖」
「ミコだ。名前で呼べ。ミコもリリーと呼ぶ」
「ああ、わかったよ。で、これはミコが?」
「森に入った時から、ずっと周りにいてこっちを見てた。鬱陶しかったから黙らせたんだ。ふぁぁぁぁ・・・」
一狩りを終えたミコは、大きく口を開けてアクビをした。
「すごいな、ほとんど一瞬で首を落としたのか・・・」
リリーがゴブリンの骸を眺めて感想を漏らす。
「さすが超獣やな。この環境にしっかり適応してるわ」
納刀すると、シズクヴィオレッタはミコに歩み寄って顎下を撫でた。
ミコはゴロゴロと喉を鳴らし顔を擦り付けた。
イメージイラスト(AI)※あくまでイメージなので、他のイラストと差異があったりしますがご容赦ください。
○特級冒険者 リリー・コールド
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