第23話 「それぞれの思惑」(ストーリー)
ナルの飛び去った空にいつまでも視線を送り続けるセナとエィカを正気に戻させ、一行は出発の準備に取り掛かった。
サイガがキマイラの炎によって発生した煤やナルの魔法の副産物の霜を払い、装備品を一通り収納したところで、セナの絶叫が響いた。
サイガとエィカが何事かとセナのもとに駆け寄った。
「どうしたセナ?」
尋ねた二人の目に飛び込んできたのは、涙目になったセナと炭の塊と化した荷物だった。
「どうしよう・・・着替えも食料も・・・お金も全部なくなった・・・」
「あの激戦の中だ仕方がない、無事なものだけでも拾い上げよう」
「そうですね、今は出来ることをやって、早く市に入りましょう」
三人は炭を掻き分けて荷物の救出作業に入った。
この時、三人は自分達を襲ったゲーツ一行のことを忘却していた。
戦いのどさくさに逃げ出したのだが、魔物と死闘を繰り広げ、余韻抜けきらぬ三人は気にも留めていなかった。
サイガ一行と別れて、西を目指し空を翔るナルは再び耳に手を当てた。新たな通信を始める。
「シフォン様、ナルです。ただいまお時間よろしいでしょうか?」
ナルの通信の相手は六姫聖の主、王女シフォンだった。
少しの間をおいて、王女シフォンから返事が返ってきた。
「・・・ありがとうございます。報告です。ただいま、先日のクルーエ領主殺害の件の調査のため、クルーエ領への出向の途中、クロスト西の街道上で大型の魔物と遭遇しこれを討伐したのですが、その際に共闘した者が、その出で立ちや技法から、異界人の可能性があります」
ナルが言葉を止めた。通信先の王女シフォンからの返事を聞いている。
「はい、振る舞いや物腰から、敵対する危険性は低いと考えられます。接触を図られてもよろしいかと」
数秒の沈黙が挟まる。
「ありがとうございます。彼らは東を目指していたので、今日はクロスト市に入ると思われます。それでは引き続き任務継続のため、クルーエ領ハーヴェの村のロルフ村長のもとを訪ねます。失礼します」
ナルは通信を閉じると、全身に魔力を走らせ、西に向かって加速した。
ルゼリオ王国中央、旧都グランドル。
そこにそびえ立つ荘厳な城の城主の間に、ナルの報告を受けたばかりの王女シフォンの姿があった。
王女の身柄は王都にはない。
王都はグランドルより東南の地、フォレスに十年ほど前に遷都した。それ以来、旧都グランドルには王女であるシフォンが主の座におさまり、王が関わるほどでもない国内外の職務を処理している。
「異界人ですか。姫、いかがなさいますか?」
シフォンの後ろにひざまずき、彼女のその滑らかな薄紫色の髪を櫛で梳かしながら、六姫聖の一人、リン・スノウが尋ねた。
「そうね、ナルの慧眼なら見誤ることもないでしょうし、接触を試みてみる価値はあるでしょう。リン、行ってくれますか?」
「はい、姫様。ちょうど夕刻からクロストで任務の予定でした。それでは、予定を早め、直ぐに西に立ちます。異界人は確認出来次第、接触を図りますか?」
「思惑は明かす必要はありませんが、それとなく便宜を図ってあげてもいいでしょう。いくつかの権限は状況に応じて行使を許可をします」
「かしこまりました。それでは、リン・スノウ、出立いたします」
リンは髪から指を離すとバルコニーに向かって歩き出した。その途中、足を止めて振り返る。
「姫、髪が少々痛んでおります。あまり無理をなさらぬようご自愛ください。姫の身はこの国に生きる民、全て者の宝ですので」
「ふふ、そうね。心得ておきましょう」
「では、失礼します」
バルコニーに出たリンは西に向かって飛び立った。
その速度はナルほどではなかったが、瞬く間に西へと消えた。
「・・・オイルでも塗ろうかしら・・・」
空に消えるリンの姿を見送りながら、髪を撫でてシフォンはつぶやいた。
同日同時刻、場所は変わって旧都グランドルより東南の地、現在の首都フォレスの王城のとある一室。
白い壁紙に白い光、電気の存在しないこの世界で、唯一、蛍光灯で明かりをとる部屋。
部屋の中には魔物の体の一部が入れられたフラスコやビーカーが並び、加熱、冷却、真空、電気と様々な条件で反応を試し、その結果を細かに記された経過観察と共に陳列される。そして、それに目を通しながら、ぶつぶつと独り言をつぶやく人影が一つある。
「失礼します!ドクターウィル様、ご報告があります」
「なんじゃ、やかましい!」
白衣に身を包んだ男が扉を荒々しく開けならが報告を叫ぶと、ドクターウィルと呼ばれた老人が老眼鏡を外しながら振り返った。
広い額の総白髪を後ろに流し、口ひげも白い。眼光は鋭く、いかにも偏屈を地でいくような雰囲気を出す。
「現在、国内に放たれている観察用の魔物、被検体三号の反応が途絶えました。死亡したものと考えられます」
「三号?三号といえば、あのヒュージキマイラか。あいつはまだ死ぬような時期ではなかったはずじゃろう」
「はい、反応が消失した場所がクロストの西、四キロの地点の街道上なのですが、さきほどその位置で、六姫聖の一人、ナル殿が魔物を撃破の後、清掃部隊の派遣を依頼したとの記録があります。おそらくこれが三号だと思われます」
「ナル・ユリシーズか。あの女に見つかったのなら、さもありなんだな」
ウィルは顎をさすりながら口を歪ませた。
「しかし、不可解なことじゃな、検体には人間に近づかぬように脳を弄ってあるのに、よりにもよって人通りの多い街道にでおったか。何か異常があるのかも知れんな・・・。おい、脳に仕込んである記録媒体はどうなっとる?」
「は、現在、派遣予定の清掃部隊に、息のかかったものを紛れ込ませております。回収に成功すれば、魔法を用いて転送いたしますので、夜には到着すると思われます」
「ふむそうか。なら、到着しだい持って来い、解析の準備も万端にしておけ」
「はい、失礼いたします」
部下の男は忠実な態度で部屋を後にした。
男に指示を出したウィルは老眼鏡をかけなおし、机の上に並べられた魔物の体の一部に対する実験を再開した。