第226話 「野蛮。故にその命は強く」(バトル)
砲滅の魔神タタンギィルは、中将軍バイラを食し吸収することによって、破壊のみに生きる邪神らしからぬ知性を手に入れた。
それはセナと分身体がある程度の会話を行ったことからも明らかだった。
そして分身でそれならば、本体はより高い知能とそれの活用をこなす。
さらに厄介なことに、タタンギィルの本体はバイラの知能のみならず、姿までも手に入れていた。
砲滅の魔神タタンギィルは、今や広範囲の殲滅力と狡猾知能、上級冒険者並みの戦闘力を併せ持つ、死を司る神シラに勝るとも劣らない位にまで昇格を果たしていた。
「はっはぁ!どうしたどうしたぁ!避けてばかりじゃあ勝てんぜぇ!」
バイラの顔をしたタタンギィルは、バイラの声と口調で笑う。
タタンギィルの本体は、セナと交戦した分身同様、身体のあらゆる箇所から魔砲を放つことができる。
接触した手足。振り回すクックリ刀。かざした指先。開いた口。発した声。
その一挙手一投足が全て攻撃となっており、サイガは常に死と隣り合った緊張感の中にあった。
中将軍だったバイラの肉体は、異常なまでに高い機動性と俊敏性を持つ。
元が上級冒険者級の身体能力だったところに加えて、邪神の肉体が混ざりあった状態のそれは、人間の限界を超越していたのだ。
タタンギィルが、脱力させ、だらりと下げた左手の指を払うように動かすと、全ての指から魔砲が一発ずつ投じるように放たれた。
魔砲は声、つまり音の攻撃のため、その姿形を視認することはできない。
だがサイガは、タタンギィルの仕草と速度、指の角度から、攻撃の位置を見切り完全に回避した。
バイラを吸収したタタンギィルの攻撃は、精密さを増した分、戦闘経験の豊富なサイガにとって予測が容易なものとなっていた。
「下手に知恵をつけると、かえって戦いやすいな。これなら、さっきまでの野蛮な状態の方が厄介だったぞ」
魔砲を躱しつつ距離を詰めたサイガが、タタンギィルの眼前に降り立った。
「終わりだな」
サイガが右手に握った逆手の忍者刀を振り上げた。
「しまっ・・・」
その短い一言すら言い終わる前に、忍者刀はタタンギィルの顔面を縦に両断した。
顔を割られ、タタンギィルの全身から力が抜け棒立ちになる。
だがまだ、サイガの攻撃は終わらない。敵はこれまで何度も再生を繰り返してきた邪神。その身が消滅するまで油断はできないのだ。
左手に握られた魔法剣に炎が宿った。炎を呼び出したのはメイの炎を封じた特製の魔法珠で、その炎の規模はまさにメイの炎そのもの。地上に太陽を再現したような熱と光だった。
脱力していた身体が、メイの魔力に反応した。
割れた顔を前のめりに突き出すと、魔法剣の左腕に向けてクックリ刀を振り下ろす。
「遅いぞ、愚鈍め!」
言い放ち、サイガは加速した。タタンギィルの反応を見た後に、さらにそこに反応し速度を増したのだ。
反撃への、加速を用いた更なる反撃。
タタンギィルにそれを上回る手段はなかった。
魔法剣が通過した後の空をクックリ刀が斬る。そしてそのときには、すでに灼熱の刃は邪神の腹を焼きながら横一文字に切り裂いて通りすぎていた。
「『灼狐炎尾』(しゃっこえんび)。名付けるとしたらそんなところか」
サイガは呟いた。
「ここ、こ、こ・・・」
タタンギィルが何やら声を出しているが、割けた顔では発声がままならない。
「断末魔もあげられぬとは、声を武器にする貴様にとっては皮肉な最期になったな」
サイガが言い終わると同時に、腹部の傷口から炎が立ち上った。
上半身が爆炎に包まれ、サイガはたまらず距離をとる。
「さすがメイの炎だな油断していたら巻き添えをくらうところだ」
距離をとってなお、炎の光と熱波はサイガの身体にその存在を示してきていた。
炎は強力だった。
魔法珠から離れた状態でありながら、タタンギィルの身長の何倍もの高さで燃え上がり、天へ向かっていた。
炎に包まれた上半身を振り回すように悶えながら、タタンギィルは炎に抵抗する。
が、神すら焼き尽くす業火は徐々に抵抗する力を奪い、腰から上を再生不可能な灰塵へと変えていく。
数分経過すると、砲滅の魔神タタンギィルは上半身を失っていた。
「下半身だけになってまだ立っているのか。やはり、まだ完全に死んではいないようだな」
そのサイガの言葉通り、タタンギィルは生きていた。
残された下半身は細かく震え始めると、次第にその勢いと激しさを増していった。まるで怒りで震えるような動きだった。
「不気味なやつだ。微塵切りにして燃やし尽くしてやるぞ」
決着をつけるために、再びサイガが左右の武器を構えた。その直後だった。
「ちくしょう!ちくしょう!ちっくしょおおおおおお!やってくれたなくそったれぇええええ!」
耳をつんざかんばかりの絶叫が響いた。聞きがたい醜い声は、屋外でありながら密室の中のように激しく乱反射する。
思わずサイガは攻撃を中断して両耳を塞いだ。
「な、なんだこの声は?一体どこから聞こえてくる?・・・まさか・・・」
言いながら、サイガはタタンギィルの下半身を見た。
下半身は動きを変えていた。
断面の肉が盛りあがり、蠢き、何かの形を成そうとしている。
蠢きが激しさを増し、形が整いだした。
そして現れたのは、例の口だった。
タタンギィルの口。おぞましい声を発する、邪悪の権化。その口が下半身の断面に生えたのだ。
今やタタンギィルは、下半身と口だけの、神とはほど遠い醜悪な姿になり下がっていた。
「まさか、この口が喋っているのか?」
生えた口を疑いの目で凝視するサイガ。警戒も怠らず、刀を構える。
「あぁそうだよぉお!てぇめぇにぃ上半身消し炭にされたからぁよぉ、こんな情けねぇザマを晒す羽目にぃなっちまったんだろうがぁああ!」
空気を振動させるほどの怒声で、下半身だけのタタンギィルは叫んだ。
「なんなんだよぉ!あの炎はぁ!?身体が燃え尽きちまってぇぇ、再生できねぇじゃあねぇかぁあ!ちぃくしょおがよぉぉぉおお!」
怒りに任せて叫ぶ声は、タタンギィル、バイラのそのどちらの名残をみせない。
「ずいぶんと様子が変わったな。どうやら、メイの炎がかなり効いたようだな。なら、その残ったわずかな命、終わらせてやろう」
わめき散らすタタンギィルに止めを刺さんと、サイガは再び魔法剣にメイの業火を宿らせた。
地上の太陽が輝く。
「消えろ!」
深く踏み込み、炎の尾を引きながら、サイガは魔法剣を走らせる。
魔法剣が決着のためにタタンギィルに触れようとした瞬間、炎が消えた。
それだけではない。刃も消え去り、柄を握る手と身体が、喚く邪神の前を通過したのだ。
サイガの一撃は空振りに終わった。
あまりにも不意の出来事に、さすがのサイガといえど対応できずにバランスを崩した。
攻撃の勢いに引っ張られ、体勢が前のめりになる。
「空振り?おれが!?一体何が・・・」
起こった事態を受け入れきれず、サイガは左手の魔法剣を見た。
「や、刃が・・・消えている?」
サイガは目を疑った。魔法剣の刃は完全に消失していたのだ。
「ざぁまぁねええええええなぁああああ!魔力が強すぎてぇぇ剣が耐えれてねぇじゃあねぇかぁあああ!ぽぉぽぉぽぉぽぉ!さっきの炎でぇ、とっくに限界で砕け散ったんだよぉぉぉ!」
サイガが全く見当のつかなかった刃の消失の原因を、タタンギィルは即座に言い当てた。目は無くとも魔力の流れで感じ取ったのだ。そこは邪神といえども、やはり神格の所業だった。
「お、おご、ぽぉごぉおおおぽぉぉ・・・」
邪神の腰の口が不快な音を発し始めた。口が内側から大きく膨らむと、何かが奥からせり上がってくる。
「おごぽぉぉぉぉ・・・」
吐き出されるように現れたのは、黒く禍々しい球状の物体だった。それは微かに脈打っていた。
「?なにをするつもりだ!?」
「こ、この身体はぁ、も、もう使えねぇえ・・・だったぁらぁ、い、いらねぇえええ!」
黒い球状の物体が喋った。声はタタンギィルのものだった。
「ぶ、分身はぁ、あ、あっちかぁ・・・」
タタンギィルの下半身が向きを変えた。その先はセナとタタンギィルの分身が交戦した場所。
セイカの蘇生の儀が行われている場所だった。
「ぶ、分身に乗り換えて・・・あの女を食って回復だぁ。ぐぐぐぐ・・・げぽぉああっ!!」
目論見を宣言すると、タタンギィルの口が黒い球体を勢いよく吐き出した。
セイカのもとへ向かって高速で飛翔する。
「分身に乗り換えだと!?くっ、させるか!」
飛び去る球体を追いかけるためにサイガが走り出そうとするが、右足に違和感が生じ動きが止まった。
「!?今度はなんだ?」
見ると、右足に脱け殻となったタタンギィルの身体が綱状になって足に絡み付いていた。
「ぽぉぽぉぽぉ・・・お前はぁ逃がさなぁぁぁぁい」
「こいつ悪あがきを・・・」
「死ぃねぇぇぇい!」
足から跳び移るように全身に絡み付くと、タタンギィルはサイガを巻き込んで自爆した。
「くそ・・・」
サイガの言葉は爆音にかき消された。
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