第225話 「セナ、怒りの一撃」(バトル)
「う、くっ、ティル?なんでここに・・・?」
「なんでもなにも、あんなに派手に暴れたら、ただ事じゃないってわかりますよ。あ、動かないで、まだ傷は塞がってませんから」
傷の痛みが和らいだことで、セナは意識を回復させた。それと同時に激しい痛みに襲われる。
「痛ったぁ。くそっ、あいつ、散々やってくれたね。痛くて動けないよ」
「だから動いちゃダメですって。背中が穴だらけにされてるんですから。回復が終わるまでもう少し待ってください」
苦痛に呻くセナの傷口に、シャノン特製の魔法珠を当て傷を癒す。効果は顕著に現れており、殆どの傷は深傷から出血程度には回復していた。
「・・・あいつはどうしたんだい?」
「よくわからない技で吹っ飛ばしました。木に潰されてるんで、しばらくは動けないはずです」
「な、なんで自分の技がよくわかってないんだい・・・うっ!」
ティルのおぼろげな報告に、セナの顔が曇る。少し背中の痛みがぶり返したようだった。
「ぽ!」
大きな声が聞こえた。直後、積み重なってタタンギィルの動きを封じていた木々が粉々になって飛び散った。
「どうやら、ゆっくり回復してる余裕はなさそうだね」
セナは痛みに耐えながら鉄鞭を手に取り立ち上がった。
魔法珠による回復を続けながら、ティルも立ち上がる。
粉微塵になった木が舞い落ちるその中で、タタンギィルはゆっくりと立ち上がった。ゆらゆらと全身を揺らしている。
「ティル」
「なんですか?」
顔は前に向けたまま、セナは背後のティルに話しかけた。
「たぶんだけど、あいつ接近戦をしかけてくるよ」
「な、なんでそんなことわかるんですか?」
「さっきからのあいつの動きに気になることがあったんだ。それが私の考え通りなら、あいつは距離を詰める動きに出るはずさ」
「気になることって、何ですか?それ」
「それはね・・・あっ!」
当然の疑問をティルが口にし、セナが答えようとしたところで、タタンギィルが動いた。
両手を拳に固め、タタンギィルは両腕を天に向かって掲げた。その長さは明らかに先程までよりも延びており、自身の身長を上回っていた。
「・・・・・・ぽぉ!」
掲げられた両手が、真下に振り下ろされた。
それは形容するなら、スレッジハンマーを叩きつけるような動作だった。
両の拳が地面を叩いた。
打点を始まりにして、セナ達に向けて魔砲が地面をほとばしる。
シンクホールを崩落させた攻撃に、指向性を与えたものだった。
魔砲は地面をめくり、木々を根こそぎひっくり返しながらセナとティルに迫る。
「どこが接近戦なんですか?こんな攻撃みたことないですよ、どうすればいいんですか!?」
意外すぎる攻撃に、ティルは一瞬で狼狽した。
「落ち着きな。この程度、なんとかできるだろ!」
「落ち着け。なんとかしてみせろ!」
ティルの情けなさにセナとバルバロッサが同時に同じような叱責を飛ばした。
「なんだよ、二人して。なんとかって言ったって、どうすればいいのさ?」
「ガイノスシールドを地面に突き立てろ。衝撃には衝撃で応じるのだ」
「わ、わかったよ」
バルバロッサに言われるまま、ティルはガイノスシールドを地面に突き立てる。
衝撃波が盾の目前に迫った。
「ダイアークラッシュ!」
ティルが叫ぶと盾から衝撃が発生し、邪神の放った衝撃波と衝突した。
「ぐ、ぐぅぅぅぅうっ!」
せめぎあう衝撃と衝撃によって、盾と持ち手が激しく揺れ、ティルはそれを必死に押し止める。
「くそぉ、負けるかぁ!ダイアークラッシュ!」
衝撃の勢いに抗うために、ティルは再びダイアークラッシュを放つ。その甲斐あって、魔砲の衝撃はダイアークラッシュと対消滅を果たした。
「や、やった!打ち消したぞ。やりましたセナさん!」
こらえきり、被害を無におさえたティルが、笑顔で後ろのセナに振り返った。その顔は歓喜に満ちていた。
「ちょ、バカ!目を離すんじゃないよ!前!前!」
ティルに反して慌てるセナ。その目と指は、まっすぐ正面、ティルの後ろを示していた。
「え、前?」
能天気な声を出しながら、ティルが指差された方向に顔を向けた。
次の瞬間、顔に激しい痛みが生じた。
痛みは前面から、貫通するように後頭部まで抜けていった。
何が起こったのか、ティルは理解できなかった。
ティルの身体が大きくのけぞった。
顔は天を仰ぎ、鼻血が弧を描く。明らかに鼻骨が砕けていた。
「あが・・・」
大きく意識が乱れる。殴られたことも理解できる。出血していることも。そして、のけぞった身体をセナが支えてくれていることも。
「セナしゃん、なにふぁ・・・」
「何が起こった?」と尋ねようとするが、歯は折れており、空気も鼻で詰ってうまく声が出ない。
「このバカ、だから言っただろ。接近戦を仕掛けてくるって!」
セナは怒りに任せて叫んだ。
このセナの一言で、ティルは理解した。タタンギィルは発生させた衝撃波を追って、自らが第二波として接近していたのだと。
そして、あの長い腕の一撃を顔に叩き込まれたのだということを。
「ぽぉ、死ね」
砲滅の魔神が顔の口を向けてきた。魔砲の発射準備だ。二人まとめて葬ろうとしている。
「いい加減にしろ!そいつはもう、飽き飽きなんだよ!」
セナが飛び出した。
右に握った鉄鞭を全力で振り下ろすと頭頂部に叩き込む。
「ぐじゃっ」という音をたてて、頭部が中央からひしゃげる。
「ぼぉ」
狙いを途絶させられた魔力が、歪んだ口の端から弟と共に漏れる。
「まだまだぁ!こんなもんじゃ終わらないよぉぉぉぉおおお!」
気合いの声をあげながら、右足を一歩踏み込ませた。
鉄鞭がさらにめり込み、ついには首に達する。
「ぼぉぼぉぼぉぼぉ・・・」
力の加護による力任せの追撃にタタンギィルは戸惑った。
どう動いていいかわからない両手が、罠にかかった鳥の翼ように左右の空を掻く。
「おおおらぁあああああああ!背中の傷の怨みごと、まとめてくらぇええええ!」
さらに深く右足を踏み込み、上体を落とし、鉄鞭を邪神の身体に食い込ませる。
ついに鉄鞭は腰にまで達していた。
中央に押し込まれる形で変形をしたタタンギィル。
そのあまりの変形により両手の自由は利かず、万歳のような姿勢になった。
「だりゃあ!」
最大の気合いを込めた、駄目押しの一手。
ついに鉄鞭は邪神の身体を縦に通過し、その先端で地面を叩いた。
セナは力の加護の鈍器による一撃のみで、邪神を強引に切断してのけたのだ。
縦に両断された砲滅の魔神タタンギィルの身体が、左右にわかれて地面に倒れた。
これまで何度も再生してきたタタンギィルだったが、今度は再生する様子をみせない。
割けた身体は、わずかに震えるだけだった。
「はぁ、はぁ・・・再生しないね。死んだのかな?」
静かに横たわる左右の半身を見下ろしながら、セナは呟く。
だがここで気づいた、ティルが重症だったのだ。
「ティル、平気かい?」
「は、はい。僕だったら大丈夫です。幸い、鼻の骨が折れただけみたいですから、シャノンさんの魔法珠でなんとかなりました」
魔法珠で回復を続けるティルの傍にセナは寄り添う形でしゃがみこんだ。
「だけどすごいですね、まさか強引に真っ二つにしちゃうなんて・・・しかも、再生できないように限界まで追い詰めるなんて・・・」
「ち、違うよ!さすがに力の加護にそんな効果ないよ!」
純粋なティルの一言をセナは即座に否定した。
「こやつが言っていた通り分身だとすれば、本体ほどの機能が備わっていないのだろう」
バルバロッサが口を開いた。
「やっぱり、そういうことかな。こいつ、遠距離攻撃もできなさそうだったから、おかしいとは思ってたんだ」
「あ、だから接近戦を仕掛けてくるって言ってたんですか?それならそこまで言ってくださいよぉ」
セナの真意を知り、ティルは相変わらずの情けない声を出した。
張り詰めていた緊張の糸がゆるんだ。
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